『落研ファイブっ』(56)「カミは服部を見放したのか」
まるで教室の電気をつけてくれと言わんばかりの気軽さで、『本物の』サッカー部四番にフィクソでの出場を頼んだ多良橋に、仏像は呆れかえった。
〔仏〕「下野君一人に飽き足らず、サッカー部次期主将に助けを求める気。だったらサッカー部の活動自粛を解くように、理事会に働きかけるぐらいの事はしろってば」
〔多〕「そこは大人の事情ってものがあるの。詳しくはあちらの桂先生に聞いて」
飛島の両親の隣で、サッカー部顧問の桂が何やら話し込んでいる。
〔仏〕「お取込み中みたいだから良いや」
仏像がピッチに視線を戻すと、山下が、『来たっ』と小さく声を上げた。
〔青〕「ゴールっ! 『落研ファイブっ』背番号八番 ピヴォ長門有希。泥臭い、実に泥臭く体ごとゴールになだれ込んでの値千金肉弾! これで三対三のドロー」
二試合目ではメインカメラを飛島に任せ、実況練習に徹する事にしたらしい青柳が、良く通る声と滑舌でプロのスポーツ実況ばりに叫んでいた。
〔山〕「相手チームってプロレスラーかよ。あからさまにデカくて動ける奴揃えてるよな。声聞くまで男女混成チームだとか絶対分からねえ。すげえなあのオバサン」
〔仏〕「『仙台はとこ船』って名前の大衆演劇的な何かのファン同士から始まったチームだって。神奈川地区の中堅レベルらしい」
〔山〕「へえ。高校サッカーと違って、色んな世代の色んな人とプレイするってのも面白いかもな」
〔仏〕「三試合目、マジで出てみる」
〔山〕「桂先生の許可が出たら。政木は出なくていいの」
〔仏〕「一試合目出たからもう良い」
〔山〕「そしたら女子に囲まれるぞ」
〔仏〕「あーそれは絶対嫌」
仏像がうわあと顔をしかめていると、長いホイッスルが鳴った。
〔仏〕「三試合目ってシャモどうする気だろ」
エロカナ軍団と少し離れた所に座っているはずのシャモを目で探すと、仏像は思わずぶっと吹き出した。
〔仏〕「あいつ三崎のマグロみたいになってんな」
下野曰く体感温度が五度下がるしほりの隣で、シャモは微動だにせず固まっていた。
※※※
〔餌〕「おーい、シャモさーん!」
シャモはエロカナ軍団こと日光女子軍団から少し離れた場所で、三崎のマグロそのものになっていた。
〔三〕「土座衛門かよ」
久しぶりに心行くまでスナック菓子や駄菓子と女子との語らいを堪能した三元は、瞳孔が開いたように固まるシャモを見下ろしている。
〔下〕「ひいっ!」
異変を察知してシャモの所に駆け寄った下野が、引きつった悲鳴を上げるなり仏像と山下の所へと駆け寄って来た。
〔山〕「どうした。朝から化け物を見たような顔しやがって」
〔下〕「いる、いるんですよ化け物がそこにっ。あいつ生霊どころの騒ぎじゃねえっす。ぱねえっす。お祓いが必要っすよ」
〔仏〕「だからシャモを人柱に差し出して、俺らは絶対関わらねえ方が良いって言ったろ。下野君生霊のヤバさ知ってたじゃん」
二人の会話に、山下は怪訝そうな顔をした。
〔下〕「生霊がシャモさんに取りついたんっすよ、ほらあそこっ」
〔山〕「どこにも霊なんていないじゃん」
〔下〕「いるじゃないっすか。あの黒髪の大きなリボンつけた女」
〔山〕「あれ人間じゃん」
〔下〕「違うっすよーっ。明らかにシャモさんの生気吸って血色が良くなってますもん。俺あの女のあんな笑顔見るの初めてっすよ」
仏像が止めろと言うのも聞かず、山下は興味本位で冷凍シャモの所に駆け寄った。
〔多〕「岐部どうしちゃったの。女の子の隣でヘブン状態になっちゃった」
〔仏〕「訳アリの女で絶対止めた方が良いと思うんだけど。通称は『生霊/お百度参り』。ロックオンされた時点でもう手遅れかも」
なんじゃそりゃと苦笑しながら、多良橋は時計を見た。
※※※
〔桂〕「第三試合に飛島君を出場させる訳には行きませんか」
下野と山下を回収しにシャモの所へ向かった仏像を多良橋が見送ると、飛島の両親を伴った桂がやって来た。
〔飛〕「今日は放送部枠です。着替えも無いし」
〔青〕「必要な素材は第一試合でかなり撮れたし、ご両親の前で練習の成果を見せたら」
〔飛母〕「汚れたら着替えは途中で買いましょう。大丈夫よ」
〔飛父〕「先生、無理を申し上げているのは重々承知ですが」
飛島の父母は、息子の勇姿見たさで一杯である。
〔飛〕「いきなり無理ですっ。次のチームが段違いで強いのに」
〔飛母〕「あら、あのおじいさま達そんなに強いの」
多良橋が、前年の大会で神奈川地区準決勝に進出したチームなのだと説明した。
〔飛母〕「まあっ。そうでしたか」
感心したようにゆっくりとうなずくと、飛島の母はにっこりと多良橋にほほ笑んだ。
〔多〕「飛島君、第一ピリオドだけでも出てみよう。怪我の無いように気を付けて」
ありがとうございますと頭を下げた両親とは対照的に、飛島は困り果てた顔をした。
〔餌〕「飛島君が僕の代わりに第一ピリオドに出るの。寄りにもよってあの怪物ジジイ軍団相手の試合だよーっ」
シャモの蘇生を諦めて戻って来た餌が、多良橋の指示にええっと大声を上げた。
〔多〕「伴の控えが飛島君なんだもん。実戦経験積ませないと」
ちょっと口を尖らせた餌は、再びシャモの元へと駆け去った。
〔多〕「桂先生、山下君フィクソで借りていい」
〔桂〕「どうぞどうぞ。山下君もいい機会でしょ。サッカー部が活動再開できるまでのトレーニングだと思ってやってごらんなさい」
山下がうなずくと、多良橋は意外なポジションを各人に振った。
〔多〕「第一ピリオド ピヴォ政木 右アラ飛島 左アラ天河 フィクソ山下 ゴレイロ長門」
〔天〕「あれ下野君は」
その言葉に多良橋は冷凍シャモの方角を指さした。
〔女A〕「ぎゃーっ、ひー君かーわーいーいーっ」
〔女B〕「ひー君いい匂いすんねー。どこの柔軟剤かなあ」
〔女C〕「ぽてとあーんしたげるーっ。はいあーんっ」
〔下〕「んぐぐ、うんぐーっ」
〔山〕「下野。生きろ」
エロカナ軍団こと日光女子軍団にほしいままにされ魂が抜けた下野を、山下は哀れみの表情で見た。
〔仏〕「あれ服部は」
〔長〕「ちょっと長めのお手洗い」
〔天〕「脂汗かいてたから、多分第一ピリオドは間に合わないよ」
本人の知らぬところで赤裸々に体調を暴露された服部は、一人冷たい便座でしくしく泣いていた。
〔服〕「紙よ、紙よ、汝は我を見放したるか」
すべてを終えた服部の個室に、からからとペーパーホルダーがあざ笑うような音を立てた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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