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『落研ファイブっ』(75)「驚愕のビフォーアフター(下)」
麺棒の応急措置によって生まれ変わった天河と長門に、三元は信楽焼の狸のような目をさらに見開いた。
〔三〕「後で俺もシュッとするメイクやって! むしろ今!」
〔青〕「時間押してるんで三元さんはフォトショで修正しますから」
三元がごねた甲斐もなく、大会エントリー用の写真撮影は進む。
〔多〕「強そうに撮ってな。腕組みすっか」
〔青〕「いいですねー。腕組みすると構図が作りやすいんですよ」
はいキューと叫ぶと、青柳は何枚もシャッターを切り始めた。
〔青〕「はいお疲れ様ですっ。多良橋先生、確認を」
これ良いじゃんと多良橋が指した一枚は、多良橋が一番若々しく映っているものだった。
〔三〕「俺白目だしこんなの絶対嫌なんだけど」
〔青〕「フォトショ掛けときますから大丈夫大丈夫。じゃ僕らはこれでっ」
逃げる様に青柳と麺棒が退出すると、多良橋は大会に向けての強化計画を公表した。
〔松〕「このスケジュールはちょっと付き合い切れません」
〔飛〕「僕もです」
〔シ〕「俺もこの先『土日の自分』がどうなっているか分からない」
かなりな確率で土日のどちらかが練習試合で潰れると知って、部員と助っ人は不満の声を上げた。
〔天〕「僕もバイトあるんで全部は無理っす」
〔多〕「その代わりに平日の部活代休にしても良いから」
〔服〕「それじゃ練習にならないじゃないですか」
〔多〕「でももう練習試合組んじゃったもん」
〔仏〕「落語研究会にサッカーやらせようってのがどだい無理なんだって」
いい加減気づけよと、仏像は小さく悪態をついた。
〔下〕「サッカー部の自粛が解けるまでは完全出席しまっす」
〔三〕「助っ人の下野君だけが完全出席ってのもおかしな話だから、俺もなるべく出るよ」
〔餌〕「まあ出てやっても良いですよ。良い気晴らしになりますし」
多良橋は三人にありがとうなと言うと、うどん粉病Tシャツを着た一同を見回した。
〔多〕「とりあえず応急処置でこのTシャツで出場するとして、色を決めなきゃな。赤以外に全員分の在庫がすぐ揃う色はどれ」
〔シ〕「濃紺っすね」
〔多〕「じゃ、その二色で。あとはゴレイロ用か」
〔シ〕「三元用のビックサイズを黄色で作ったんで、黄色でどうでしょう」
三元がぎょっとした顔でシャモを見た。
〔シ〕「天河君と長門君なら着れるから」
〔多〕「だったらそれで。他の色はどうする気」
〔シ〕「何とか売りさばきます」
〔多〕「婿入り先にお願いすれば一瞬じゃない」
多良橋はシャモを悩ませる『婿入り問題』を蒸し返す。
〔シ〕「先生まで止めてくださいよ」
〔多〕「悪い悪い。いろいろ大変なんだな」
うつむき加減になるシャモをあわてて取りなすと、多良橋はスーツの上を脱いだ。
※※※
〔下〕「ミニゲームも出来ないのは辛いっすね。せめてあと三人ぐらいいれば学校でも対人練習がはかどるのに」
シュート練習をしながら下野がぼやく。
〔多〕「桂先生を呼ぶか」
〔下〕「まだ怪我が治ってないですよ」
〔多〕「じゃ山下」
〔仏〕「それは止めろって」
餌と服部と三人でパスラリーを行っていた仏像が声を上げた。
〔多〕「今度の練習試合に出れない奴は手を挙げてくれ。松田、飛島、岐部が来れないのな」
出欠簿を開きながら確認をした多良橋は、後数人助っ人が欲しいよなとつぶやいた。
〔多〕「プロレス同好会でもう少し人数引っ張れないのか」
〔服〕「僕ら合コンに釣られて助っ人やってますけど、プロレス同好会は硬派な奴の方が多いんで」
〔長〕「練習試合で土日が消えるとなれば、プロレス観戦に行けなくなるから絶対来ないと思いますよ」
服部と長門が首を横に振る。
〔多〕「桂先生」
〔仏〕「だからまだ怪我が治ってねえよ。応援部は。無理だろうな」
奥座敷オールドベアーズの控えでもある応援部の面々を思い起こして、仏像はため息をつく。
〔多〕「体育系の部活でくすぶってる奴いねえかな。そうだ、野球部どうだ。補欠にもなれなくて三年間アルプス席で声だししてる奴とかいねえか」
〔仏〕「そいつらにどうやって声掛けるんだよ。お前らどんなに頑張っても補欠にすらなれねえからビーチサッカーやれって言うの。人でなしの所業だろ」
〔下〕「そもそもうちの野球部ってそこまで大所帯じゃないし」
二人のもっともな言い分を聞きつつも、多良橋はどこか心あらずだった。
〔多〕「岐部はどうしても来れないの。せめて午前中だけでも」
〔シ〕「それが。俺は来る気満々だったとしても、記憶が無くなって気が付いたら」
〔多〕「ああ、週末は記憶が無いうちに彼女の家に連れて行かれてるかもって奴か。しかしどう考えてもおかしな話だって。一回隠しカメラでも仕込んでみたらどうだ。ウェアラブルデバイスがあるだろ」
〔シ〕「確かに、記憶の無い間の自分が何をやってるのか気になって仕方ない。何でこんな事になっちまったのやら」
シャモはブルーシートをピッチに張りながらうなだれた。
※※※
〔シ〕「三元、柔軟しろよ」
お決まりのセリフを三元に送ると、一団はいつもの特急に乗り込む。
〔仏〕「あれ、天河君横浜方面に乗るの」
〔天〕「加奈さんを新子安駅まで送らなきゃならないので」
〔仏〕「あーそうだった。本当にあの獅子舞の実写版で満足なのかよ」
〔天〕「加奈さんは可愛いよ」
むっとしながら天河はぼそりとつぶやいた。
〔餌〕「良いから加奈先輩とさっさと付き合って。早い所加奈先輩のお守役から卒業したいんだよ」
〔天〕「加奈さんが好きなのは僕じゃないから」
見た目年齢四十代のピュアボーイ・天河龍彦(通称彦龍)は耳まで赤く染めて下を向く。
〔シ〕「良いよなお前らは青春してて。俺なんて」
〔松〕「逆玉の輿じゃないですか。しかもあんな美人と」
〔シ〕「だったら松田君代わってってば」
〔餌〕「松田君って生霊がタイプなの。この前も美人発言してたよね。あれお百度参りで白蛇姫なんだよ。大丈夫」
餌が信じられないものを見るように松尾をのぞき込む。
〔松〕「事情を知らないで見ればただの綺麗な人じゃないですか。シャモさん贅沢すぎ」
〔仏〕「松尾ってあの手の女が好みなんだ。黒髪ロングの、しゅっとした女ね」
仏像がちらりと松尾を見た。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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