『落研ファイブっ』(30)「迷監督二人」
三元と共にスーパーに向かった餌は、ペットボトルの入った袋を両手に下げたままあっけに取られて目の前の光景を見た。
〔餌〕「あんな所に登って何やってるんですか山崎先生」
雑草と廃棄物で覆われていた畑がこざっぱりとしたまでは良かったが。
〔山崎〕「あと十五度右っ!」
チェーンソーで破壊される運命にあったプレハブ小屋の上にカメラを設置した山崎は、メインカメラを操る青柳と何やら打ち合わせをしている。
〔山崎〕「そのコーンをひっくり返さないで!」
〔シ〕「撮影の目印なんだって」
コーンにつまづいた餌に、プレハブ小屋の上から山崎の怒声がとどろく。
〔餌〕「何を撮影する気なの放送部。邪魔なんだけど」
〔仏〕「山下が余計な事を言ったばっかりに」
〔シ〕「耕作放棄地を生徒と地域住民が一致団結して再生させるドキュメント調の映像作品を作って、放送コンテストに出品するんだとさ」
〔仏〕「ドキュメントじゃなくて、ドキュメント調の映像作品、な。もちろん脚色という名のやらせてんこ盛りだ。俺は断ったがな」
〔餌〕「って事は、地域住民役ってもしかして熊五郎さんと芋名人の八五郎さん」
〔仏〕「同じ横浜市民だから良いんだと。随分離れた所にお住いの『地域住民』だけどな」
〔シ〕「そう言えば三元どうした」
〔餌〕「お菓子の買い出しで器用軒にいます。チキンライスを入手次第戻ってくると思います」
〔山〕「|三元《さんげん」さんってシャトルランが二十九回って本当」
あいつ十代にしてメタボ検診に引っかかるんじゃねえかと呆れる仏像につられるように、山下が三元のメタボ疑惑(ほぼ確)を立証するデータを持ち出した。
〔下〕「二十九回って逆に難しくないっすか。だいたいそんなに少なかったら、体育の先生にサボってると思われて怒られそうじゃないっすか」
下野の言葉に、石ころ拾いをしながらサッカー部員がうなずいた。
〔シ〕「それが怒られずに公式記録として残った事で察して。あいつ運動大嫌いなのに、どんどん外堀埋められて結構精神的に来てるだろうな」
〔餌〕「だから僕も三元さんを急かさずに、一人で戻って来たんです」
〔仏〕「何か愚痴ってた」
〔餌〕「いや、『みのちゃんねる』のVIO回で宗像先生四変化を見て涙目になった後から、先生の話をしなくなったんで。多分三元さんの中で、何かがぷつんと切れたんでしょうね」
今度は何をやらかしたんだと、山下がシャモを冷たい目で見る。
〔仏〕「『みのちゃんねる』『VIO』で検索すんなよ。見苦しい映像に脳内をジャックされるぞ。家出少年を生み出した問題の動画だ。な、松尾」
〔シ〕「春日先生が松田君の叔母さんだって知ってたら、絶対あのコラボ話を受けなかったって。本当に悪気はなかったんだってば」
〔松〕「僕の暮らしが何によって支えられているかを知った時の衝撃が分かります。ムダ毛ですよムダ毛。パンツの中のあのもしゃもしゃの。そりゃ家出級ですよ」
〔下〕「まっつんの家はムダ毛屋さんなん」
〔山〕「ムダ毛屋って聞いたことねえよ」
オレンジジュースを紙コップに注いでいた山下の手元が、その一言で豪快に狂った。
〔松〕「シャモさんがすね毛の処理をしに行ったらVIO脱毛を受ける羽目になった回。脱毛を担当したのが僕の叔母さん」
松尾の説明に、下野はそう言う事かと首を縦に振った。
〔下〕「だったら下野家はドラキュラ城。超カッコ良くない」
〔山〕「ドラキュラ城。何だろ」
石ころ拾いをしていた面々も休憩に入り、仏像から飲み物を受け取った。
〔下〕「ヒント;血」
〔山〕「そりゃドラキュラだからな。それ以外にヒントは」
〔下〕「病院」
松尾がいち早くああ、と分かった顔をした。
〔下〕「まっつん答えて」
〔松〕「臨床検査技師」
〔下〕「正解。父ちゃんが検体検査の会社の血液責任者なん。母ちゃんは看護士で採血やっとるから母ちゃんもドラキュラ。下野家はドラキュラ御殿(3DK)」
〔山〕「カッコ内は必要な情報なのか」
〔下〕「リアリティが必要かなと思って。で、VIOって何なん」
〔松〕「それはVIOさんに聞いて」
その言葉にシャモと仏像のタオルがコーラ色に染まった。
※※※
〔多〕「皆ありがとうな。お疲れさん。余った菓子は適当に持って帰って良いぞ。放送部も菓子持ってけよ」
〔三〕「シューマイはここで食べてって」
一時間以上カタバミとの激闘を続けた松尾は、うへああっと謎のため息をついて立ち上がるとお菓子配り係の三元からお菓子とシューマイを受け取った。
〔多〕「山崎先生、明日は放送部は何人来ますか」
〔山崎〕「私を入れて計四名です」
〔多〕「飛島君は」
〔飛〕「済みません。土日はどうしても外せない用事がありまして」
〔多〕「松田君が来るとしても」
僕を餌に飛島君を釣るのは辞めてくださいと松尾が突っ込む。
〔多〕「明日は仕出し係で三元が出席確定だろ。他の皆は」
〔餌〕「土曜日なら大丈夫」
〔松〕「日曜だけなら」
〔仏〕「俺も」
〔シ〕「どっちでもOK」
〔多〕「なら岐部は両日がっつりな」
勘弁してよと言いながらシャモは軍手を脱ぐ。
〔多〕「プロレス同好会はどうする」
〔長〕「明日はプロレスを見るので日曜なら」
その言葉に天河と服部が同意した。
〔多〕「下野君は弟の相手だっけ」
〔下〕「はい。あっ、日曜午後うち来ます」
〔多〕「どうした急に」
〔下〕「うち逗子海岸から家が近いんっすよ。逗子海岸で練習したらどうかなと思って」
〔多〕「それはマーベラスなアイデアだ」
多良橋は大乗り気でうなずいた。
〔山〕「弟はどうすんだ」
〔下〕「近所なんで弟も連れて来ます」
〔多〕「じゃ、日曜は午前中作業してから逗子海岸で練習な。午前来れない奴は逗子葉山駅に集合で」
〔仏〕「自主練だから行かなくても良いんだろ」
〔多〕「良いけど、来た方が楽しいよ多分」
放送部がペグを打つ中、松尾達は泥だらけの服を制服に着替えて下校した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/10 分割改題および一部改稿 2023/11/19 一部再改稿)
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