『落研ファイブっ』(29)「迷監督現る」
〈金曜日放課後〉
【草サッカー同好会(旧落語研究会)ビーチサッカー練習場建設予定地】の立て看板を見た一同は、間の抜けた顔で眼前の光景を見た。
〔飛〕「荒地を開墾する所から始めろと」
部員が卒業して部員ゼロ人となった園芸部が残した農園は、タンポポや見慣れない雑草に、自転車のホイールやパイプ椅子等が乱雑に散らばっている。
〔山〕「耕作放棄地再生ドキュメントで一本取れるぞ。青柳君が喜ぶ最高の映像素材だ」
サッカー部の山下が皮肉気につぶやく。
〔多〕「確かに山下君のいう通りだ。放送部に映像撮らせようっと」
白いタオルを帽子代わりにした多良橋は、ひょいっとロープをまたぐと校内へと戻っていった。
〔仏〕「あっ、逃げやがった」
〔三〕「よっこらしょういちっと。助っ人さんにサッカー部さんも休んじゃえば。カメラ待ち休憩って事で」
地面にどっかりと座った三元がスマホをスピーカーモードにすると、小柳屋御米師匠の『らくだ』が流れて来た。
〔仏〕「粗大ごみ組と雑草を刈り込む奴と、草の袋詰めと運搬にメンバーを分けるか」
〔シ〕「草刈り機がありゃ早いんだけどな」
〔天〕「粗大ごみの片づけはプロレス同好会中心でやります。サッカー部さんからも何名か出してください」
〔三〕「とりあえずここに三十枚ゴミ袋がある」
何とはなしに役割分担を進めているうちに、放送部の顧問である山崎と放送部を伴って多良橋が戻って来た。
〈迷監督現る〉
〔山崎〕「『荒れ果てた土地の再生に、生徒と地域の皆さんが力を合わせる感動の物語が今、始まる』。良い。実に良い」
〔仏〕「言うほど荒れてないだろ」
ぼそりと仏像が突っ込むのにも構わず、放送部顧問の山崎は声を震わせている。
〔山崎〕「いいかい青柳君。荒れ果てた地に一面の麦畑が広がる。そして青き衣をまとった乙女が金色の野に降り立ちて――。うううっ(涙)」
〔多〕「お言葉ですが、ねずみ色の砂場にショッキングピンクのビブスをまとった野郎どもが降り立つ予定です」
〔山崎〕「いいかい、これはドキュメント調の映像作品なのだよ青柳君。放送コンクールはこれでいこう」
ねずみ色の地に野郎どもが降り立つのが気に入らなかったらしく、山崎は脚色と演出を青柳に指示する。
〔仏〕「地域の人はどこで調達するんですか山崎先生」
〔多〕「それはもう依頼済みだよ。青柳君を釣る最凶兵器をもう忘れたのか」
〔仏〕「熊五郎さんかよ」
〔山〕「応援部の部長の爺さんな。ちょっと見てみたい」
〔仏〕「熊五郎さんが来るなら俺ら要らなくね。あの怪力の爺さんが全部やるだろ」
〔多〕「熊五郎さんに気持ちよく働いて頂ける環境を整えるのが、迎える側のマナーだろ。瀬谷の五闘将のうち芋名人の八五郎さんがトラクターを持ち込みで来てくれるから、大分楽は出来るぞ」
〔三〕「って事は明日は応援部も来るのか」
〔多〕「そうなるな。三元、明日分はもう間に合わないだろうから、味の芝浜で日曜分の仕出しを頼めるか」
〔三〕「この時間なら明日の分も、おにぎり程度なら何とかなると思うけど」
多良橋は助かったと言いながら、土日の仕出しを【味の芝浜】の跡取りに頼んだ。
※※※
〔多〕 「山崎先生、動線確保させてください!」
〔山崎〕「光源! 西日が後三十度ぐらい左によってくれりゃ良いんだけど。あのプレハブが影作って邪魔だな。壊すか」
〔多〕 「先生落ち着いて」
どこから調達したのか、チェーンソー片手にプレハブ小屋に進む山崎を、多良橋は慌てて止めた。
〔山崎〕「飛島君! ケーブル!」
〔飛〕「えええっ!」
多良橋と山崎を代わる代わる見て、放送部員かつ草サッカー同好会助っ人(松尾代理)の飛島はおろおろするばかりである。
〔シ〕「山崎先生ってあんなキャラだったっけ」
〔青〕「彼の中に何かが降りて来ると、監督モードになるんです」
〔仏〕「なめ茸とどっちがすごい」
仏像の問いに、メインカメラを操作していた青柳の手が止まった。
〔青〕「なめ茸『監督』。呼び捨てにして良いお方じゃないから」
それだけ言うと、青柳は再びカメラの操作に集中した。
〔シ〕「あのチェーンソーで草刈ってもらえばすぐじゃん」
〔仏〕「絶対嫌がるって。生徒がちまちま草刈るシーンが撮りたいはずだもん」
プレハブ小屋を破壊するのを断念した山崎は、仏像とシャモに草を刈るシーンを撮ると告げた。
〔山崎〕「政木君、三角ホーはちょっと『エモさ』に欠ける。こっち使って」
山崎は小鎌を仏像に手渡した。
〔仏〕「こんなの使ってたら一日じゃ終わりませんよ」
〔山崎〕「ちょっと。ワンショットで良いから!」
〔仏〕「やらせじゃん。嫌だ」
ぷいっと横を向くと、仏像はカメラを避ける様にしゃがみ込んで草抜きを始めた。
〔多〕「済みません山崎先生、あの子カメラ苦手なんで。ご存じですよね」
〔山崎〕「仕方ないな。じゃ、君で良いや」
山崎は、カタバミと格闘していた松尾に小鎌を持たせた。
〔多〕「済みません、その子も諸事情でカメラNGなんで。とりあえず作業させてください。政木、三角ホー使っていいから」
仏像は黙って立ち上がると、多良橋から三角ホーを受け取って作業を再開した。
〈粗大ごみ組〉
〔山〕「誰がタイヤ捨ててくんだよ。しかもコレ大型トラック用だよな」
ボヤキながら三人がかりでせーのと声を掛けて台車にタイヤを乗せると、山下はふーっと膝に手を掛けてため息をついた。
〔天〕「けしからん奴もいたものだ。不法投棄じゃないか」
〔長〕「プロレス同好会で使わせてもらおうか」
プロレス同好会の天河が二本目のタイヤに手を掛けると、長門が意外な事を言い出した。
〔天〕「どこに置くんだよ。部室は用具で一杯だぞ」
〔長〕「だから砂場の脇に置いとけば、ビーチサッカーの練習にも使えるしプロレス同好会も使えるじゃん。キックとかチョップとか。ほらっ」
言うや否や、長門は「セントーン!」と叫んでタイヤの山によじ登った。
〔天〕「そこからセントーンは止めろ! 怪我するぞっ」
天河が背中から落下しようとする長門を背負い投げし、服部大我が両手を横に振った。
〔山〕「手伝うのか遊ぶのかハッキリしてっ」
一並の壁ことサッカー部の山下の怒気に、プロレス同好会のスター選手役二人とレフェリー役は大きな体を小さくしながら、タイヤの山を片付け始めた。
〔下〕「この自転車かわいそう」
プロレス同好会が真面目に片付けを再開したのを見て山下が安心したのもつかの間、廃棄自転車に下野が目を輝かせた。
〔下〕「チェーンとフレームとサドルを取り換えて、それからあとランプも」
〔山〕「買った方が早いだろ」
〔下〕「まだ使えるし。ゴミ扱いするんかわいそうっす」
リスのような目を丸くして訴える元サッカーU15日本代表候補の下野と、隙あらばプロレスごっこにいそしむプロレス同好会にはさまれて、山下は多良橋の口車に乗った事を心底後悔した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/10 分割および一部改稿 2023/11/19 一部再改稿)
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