『落研ファイブっ』(67)「お血脈」
〔仏〕「『遺伝子情報取られた』ね。自分で嬉々として渡したの間違いだろ」
駐輪場事案の全容を聞いた仏像が、馬鹿じゃねえのと吐き捨てた。
〔松〕「でも『ゆんゆん』な術で操られたとしたら、『取られた』って表現もあながち間違ってはいない」
〔仏〕「そんな詭弁が通用するかよ。『ブツ』が押さえられた以上どうあがいても逃げようがない。おまけに母親が美濃屋に現れて着物を誂る事にしたんだろ。完全に外堀埋められてるじゃねえか」
かくなる上はしほりさんを好きになるように自己洗脳する他しかないでしょうねと、松尾はつぶやく。
〔仏〕「言われてみれば『牡丹灯籠』の新三郎だって、骸骨を若い女だと思い込んで入れあげてたわ」
一年前のシャモがやたらとこだわっていた『牡丹灯籠』の下げ(オチ)を思い、仏像はぶるりと上半身を震わせた。
〔松〕「牡丹灯籠コースは後味悪すぎ。女の子に免疫の無かったシャモさんが一気に事が進みすぎて、頭が追いつかなかっただけ」
〔仏〕「そんなバカな。それで駐輪場で事に及んだとしたら、俺はあいつの友達止めるぞ。女性に対してそんな安っぽい扱いする男は論外だろ」
〔松〕「そこまで理性の働かない男だとは思いたくはないですが、『ゆんゆん』説を絶対に受け入れたくない自分もいるんです」
〔仏〕「そうは言っても、俺たちはGWのYMCA合宿で『奥座敷オールドベアーズ』が物理法則を超越した現場を見てるから。結局そのシーンは発光しちゃって全然撮れてなかったけど」
〔松〕「あれって集団催眠でしょ。そうだと思わせてくださいよ」
仏像と松尾は六十度の位置関係で互いに肩を落とした。
〈水曜日夜 シャモ宅〉
シャッターの下りた店先脇の玄関をがちゃりと開けると、シャモ母が節分の鬼の面のような顔で仁王立ちしていた。
〔シャモ母〕「漢太! 晩飯要らないなら早く言えっていつも言ってるだろ。アタシは先に食っちまったからな。それにしてもこんなドラ息子の何が良いってんだか全く」
〔シ〕「何が良いって」
恐る恐る母親を見ると、シャモ母は本当にありえないよと呆れ顔をした。
※※※
〔シャモ母〕「芝浜さんで食べてきたのにまた腹が空いたのか。まったくこのでくの棒が」
そらまめご飯の残りを温めてサバ味噌煮を解凍したシャモの母は、ため息をついてシャモの前に座った。
〔シャモ母〕「あんた、何か言わなけりゃならない事があるだろ」
シャモは平静を装ってそらまめご飯を食べる。
〔シャモ母〕「しらばっくれるとは情けないね。あんた、昨日の御婦人が誰だか知ってたんだろ」
心拍数が試合以上に急激に上がるのを感じながら、シャモはなおも平静を装おうとサバ味噌煮に箸を入れる。
〔シャモ母〕「土曜に旦那さんと娘さん連れて採寸に来るとさ。三人分の浴衣を仕立てなさるんだとよ」
その言葉にシャモは思わずひいいいいいっと引きつった悲鳴を上げた。
〔シャモ母〕「ああ情けないったらありゃしない。あの娘さんに男にしてもらったんだろ。腹くくりな」
〔シ〕「母ちゃん、何を聞いたんだ。俺、本当に何も覚えちゃいねえんだ」
頭が真っ白になったシャモは、しほりに会ってからの事を完全自供した。
〔シャモ母〕「ここまでバカ息子だったとは思わなんだ。お嬢様の婿としてこのままじゃとても出荷できやしない。これじゃ岐部家の面汚しだ」
シャモの母は『ゆんゆん』のバックナンバーの写真を見せながらパニックになって語り続けるシャモを、突き放したような目で見た。
〔シ〕「お嬢様の婿。だって奥様が店に来たのは昨日の話じゃん。何で昨日の今日でそんな話が出る訳」
シャモは危うくスマホを落としそうになった。
〔シャモ母〕「こっちだって狐につままれた気分だよ。だって藤崎一族ったら、戦前にゃ御目通りも叶わぬぐらいの名家だよ。その上奥様は上海租界の名家の流れだって話じゃないか」
シャモは首がもげるほどにうなずいた。
〔シャモ母〕「そんな家がこんな排ガスまみれの下町の、ハッピや浴衣に芸人さんの男物を扱ってるような店のバカ息子を婿にくれだなんて。こんなとんちきな話があるか」
〔シ〕「だろ。多分あいつら狐が藤崎一族に化けてるんだよ。学校休んで川崎大師にでも行って厄払いしてもらうしかねえって」
〔シャモ母〕「バカお言いでないよ。しほりお嬢様にお手付きしたのはお前だろ」
シャモの訴えをシャモ母はまるで取り合わず、半ば侮蔑の表情すら浮かべてシャモを見た。
〔シ〕「だーかーら、俺は本当に何一つ覚えちゃいねえんだ。狐に化かされたって言われた方がまだしっくり来るよ」
〔シャモ母〕「最低な男だね全く。後輩にも横っ面張り倒して引きこもりになるぐらい最低だって言われたんだろ」
松尾の言葉を引き合いに出して、シャモ母は全く情けないったらありゃしないとシャモをなじった。
〔シャモ母〕「あんたがもう少し分別のある息子なら、藤崎一族にあんたを売り飛ばすのに大賛成さ。そうすりゃ美濃屋だって晴れて店じまいで、跡地にマンションでも立てて大家暮らしとしゃれこむね」
〔シ〕「藤崎一族の財産に突っ立てたストローが俺って事」
〔シャモ母〕「あんたがもう少しまともなおつむで互いに後五歳ぐらい上なら、こんな願ったり叶ったりの話はないよ。そりゃストロー役ご苦労ってなもんで牡蛎でも山芋でも、スイカでもすっぽんでも嫌って程食わせてやるさ」
〔シ〕「母ちゃんからそんな言葉は聞きたくねえんだよ」
すっかり食欲を無くして半分以上そらまめご飯を残したシャモは、げっそりとしながら席を立った。
〔シャモ母〕「しほりお嬢様の採寸と見立てはあんたに任せるとさ。しっかり足の指まで洗って土曜日に備えるんだね」
〔シ〕「採寸と足の指に何の関係があんだ。俺本当に何にも覚えてねえんだよ」
半泣きになりながら湯船に浸かったシャモは、千景のクリニックで半分ほど手入れの終わった脱毛跡をぼんやりと見た。
〈木曜日早朝〉
〔三〕「時次、シャモ君のお母さんから電話」
器用軒のシューマイを『あーん』されながら食べさせられる夢を見つつ至福の表情を浮かべていた三元は、母親の声で眠りから覚めた。
〔三〕「あと五分」
シャモ君のお母さんから! と言いながら母親がゆさゆさと体をゆさぶるも、三元は赤子のようにすやーっと寝息を立てている。
〔み〕「さっさと起きろ! 美濃屋の若旦那が失踪したんだよ!」
見かねたみつるがフライパンを叩いて鋭い声を出した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2023/11/25 改題
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