『落研ファイブっ』第一ピリオド(3)「藤崎しほり達」
〈月曜日 放課後〉
〔多〕「この前の練習試合は途中で中止になって残念な限りだが、今週末の天気は今の所問題なさそうだ。今度こそ一勝出来る様に特訓だ。で、日曜来れない奴手を上げて」
〔松/飛〕「午前中だけでも良いですか」
〔多〕「今度の練習試合は午前に終わるから良いよ。その代わり集合時間は朝七時」
〔仏〕「またかよ早えよ」
うんざりとした顔で脱力した仏像に服部が同意した。
※※※
〔多〕「ゴレイロ(GK)からピヴォ(FW)に当てて落とす。この形を徹底的にマスターしよう」
〔シ〕「当てられ方が分かんねえよ。フィクソ(DF)役入ってよ」
〔多〕「うろうろ拾いに行かなくていい。ポストポスト。潰れて」
仏像が敵フィクソ役になると、シャモがはたいたボールを下野と餌が拾っては無人のゴールに入れる。
〔多〕「次、長門君ピヴォで」
服部が敵フィクソ役になると、シャモの時とは比べ物にならない位迫力のある肉弾戦が繰り広げられた。
〔多〕「飛島君良いね。その走り込みが囮になる。センスあるよ。天河君、今度は高めのスローで配球してみようか」
〔天〕「高めっすか。うわっ、すっぽ抜けるな」
配置を変えて何通りか試しているうちに、多良橋がメモをとる松尾に声を掛けた。
〔多〕「松田君、ピヴォで。動きたくてうずうずしてるだろ」
〔松〕「バレましたか」
〔シ〕「おいおいおい、松田君怪我したらマジでヤバいじゃん」
〔松〕「コンタクトプレーじゃなければ大丈夫です」
天河に変わってゴレイロに入った長門からボールを受けると、松尾は胸でボールをトラップした。
〔多〕「球離れ早く! そう。服部君いいね」
〔松〕「うわっ、勝手が違いすぎる」
イメージ通りに体が動かずもどかしい思いをしながらも、松尾はボールを受けてははたく。
〔多〕「よし、松田君お疲れ。この後はスローインの練習に移ろう」
〔餌〕「ハンドスプリングスローっ」
〔仏〕「懲りろよ。止めろって」
練習試合で、ハンドスプリングスローをしようとしてファールを連発した餌に仏像が突っ込んだ。
〔松〕「餌さん、まさかフリップスローを会得したんですか」
〔仏〕「何それ」
〔下〕「フリップスローがハンドスプリングスローの正式名称っす。あんなの試合でやろうとする人初めて見たっすよ」
〔仏〕「ボールを地面につける前に転んでやがったけどな」
〔服〕「学習能力があるんだかないんだか。めげないで何度もトライするのはすごいよ」
〔シ〕「お前らが金沢八景で青春してた間に五体の坊主が出来上がっちまったんだからな」
餌の『ハンドスプリングスロー』がいかなる物だったか察しがついた松尾が苦笑いをすると、丸坊主頭のシャモがやってられねえと吐き捨てた。
〔三〕「ばあちゃんと板さんが坊主頭になっちまったもんだから、父ちゃん母ちゃんが戻ってきてひっくり返ったわ」
〔餌〕「ほぼ『大山詣り』通りの展開ですよね」
〔下〕「そんな落語があるんすか」
〔松〕「らしいよ」
松尾と下野はじゃがいもに青のりを薄くまぶしたようなシャモの頭をしげしげと見た。
〔シ〕「俺はみつるばあちゃん達をだましてねえからな。金沢八景で竜巻発生のニュースを見て勝手にバリカンで刈っちゃったんだもん」
〔仏〕「シャモの頭は大山の宿に泊って朝起きたら丸坊主だったんだろ。寝ぼけてるにもほどがあるって。そんなバカなわけあるか」
〔シ〕「それがあったんだよ。マジでホラーだわ」
ぶるりと震えるシャモに、一同半笑いで答えた。
〈練習後〉
〔仏〕「宗像はもう俺たちの知る宗像じゃねえんだよ」
〔三〕「そうは言っても、あのポスターは。あんなの二度と社会復帰出来ねえレベルだぞ」
帰宅路をぞろぞろ歩く一団の話題が元顧問の宗像の近況に移った所で再びがっくりと肩を落とした三元に、仏像が非情に告げる。
〔松〕「普通の人間どもには計り知れない深謀遠慮でもあるのでしょ」
〔シ〕「松田君、ちょっと時間ある」
松尾が三元の気も知らずのんきに笑っていると、シャモが松尾の制服の裾を引っ張った。
※※※
いつもの特急に乗るメンバーと駅で別れると、シャモは松尾を連れて海沿いの神社へと向かった。
〔松〕「シャモさん、用事って一体何ですか。皆の前では話せない事でも」
〔シ〕「えっとな。どう話したら良いんだか。あ、そうだ。松田君ってGW合宿の時に実家に帰ってたじゃん。実家に帰ってどこかに出かけたりした」
〔松〕「そうですね。上毛高原きらめきメモリアルパークぐらいでしょうか」
呼び出された意図が分からないまま要領の得ない問いを投げかけられた松尾は、首を傾げつつ答えた。
〔シ〕「へえ。遊園地か何か。八景島みたいな」
〔松〕「いえ、霊園です」
それきり会話が途切れたまま、二人は海沿いの神社の鳥居をくぐる。
〔松〕「シャモさんって信心深いんですね。この前の練習試合も大山の神社に行くからって休んだし」
〔シ〕「信心深いと言うか何と言うか。その件で松田君に確認したいことがあるんだ。えっと、あの。藤崎しほりって知ってる」
〔松〕「竜田川千早さんの新芸名ですよね」
〔シ〕「そうじゃなくて、元々いた藤崎しほり」
シャモは深刻そうな顔でじっと松尾を見つめる。
〔松〕「元々いたって言われても。藤崎しほりさんを知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らないですね」
〔シ〕「松田君はちゃんとしほりちゃんの事覚えてるの」
お茶をぐびりと飲んで答えた松尾に、シャモが思わず食いついた。
〔松〕「えっ、何の話ですかっ。覚えてるも何も、何でシャモさんが藤崎さんの事を。いやちょっと待て話が見えない。僕たちが指す『藤崎しほり』が同姓同名の別人だって事も」
困惑する松尾に、シャモは大山に出向いた本当の理由を説明した。
※※※
〔松〕「そんなバカな事ある訳ないじゃないですか。僕はその『藤崎しほり』さんとシャモさんがいちゃついている所を見た唯一の証人なんですか。そんな事言われたら、藤崎さんと会いづらくなる。参ったな」
面倒な事態になったと松尾はためいきをつく。
〔シ〕「松田君の言う藤崎さんの写真ってある。その藤崎さんは何歳」
〔松〕「ほとんど面識が無いに等しい方なので写真は有りません。確か僕より八歳ぐらい上ぐらいだったかと。今度の日曜午後に顔合わせをする事になっています」
〔シ〕「何それ。両家顔合わせ」
〔松〕「そんなバカな。藤崎さんを含めた数人で、新百合ヶ丘で顔合わせです」
シャモはそれきり黙り込んだ。
〔松〕「シャモさんは、その『元々いた藤崎しほりさん』とまた出会いたいのですか」
松尾の質問に、シャモはしばらく言葉を選んでいた。
〔シ〕「どうだろう。何が何だか分からねえまま事が運んでいくのが受け入れられなくて。せめて本当にしほりちゃんを好きになってから一緒になりたいと思って。それで大山に行く事にして。一夜明けたら世界が変わってて」
〔松〕「藤崎家からもらった結納金五千万円はスポーツくじの当選金に化け、日曜日のはずの練習試合は土曜になっていて」
〔シ〕「『鶴巻中亭』に一緒に泊ったはずの餌と三元に滝沢さんが、最初から泊っていない事になっていた」
〔松〕「そして横須賀に住んでいたはずの天河さんが鶴見に住んでいて、エロカナシーサーとバカップルになっていた」
〔シ〕「おかしいだろう。俺本当に頭がどうにかなりそう」
そもそも俺ら三人は春合宿でも鶴巻中亭に泊まったはずなのに、その記録も記憶も消えていたんだよとシャモは頭を抱えた。
〔松〕「せめてこの一件を創作落語とかのフィクション仕立てでアウトプットしないと、シャモさんの神経が蝕まれかねませんよ」
〔シ〕「創作落語と言えば、白蛇の下りは葛歌麿師匠が創作落語に仕立てたらしい。えっと、俺が大山に行く前の世界をA、土曜の朝からの世界をA1とすると分かりやすいか」
〔松〕「『世界線が変わった』事にリアリティを持たせないでください。シャモさんが今いるここだけが、シャモさんの真実です。しっかりしてください。明晰夢を見ていたんだと思って割り切ってください」
地面に足で線を描きかけたシャモを、松尾が制した。
〔シ〕「だったら何で『世界線が変わった』日に竜田川千早婆さんが『藤崎しほり』になるんだよ」
〔松〕「偶然ですって。考えるだけ無駄。大して寝ましょ」
松田君って本当にスーパードライだよねとシャモが食い下がるも。
〔松〕「比婆さんの忠告を無視したのはシャモさんですよね。もしシャモさんの言う通り『世界線が変わった』なら、変える決断をしたのはシャモさん自身でしょ」
〔シ〕「松田君って、時々仏像以上に冷たいよ」
さすが野獣眼鏡だわとつぶやくと、シャモは神社の向こうに広がる黄金色の海を眩しそうに見た。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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