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『落研ファイブっ』(25-1)「立夏の夜のわらしべ」

〈味の芝浜〉

〔餌〕「明日からVIOさんですね」
〔三〕「VIOさんっ(笑)。金の亡者はケツ毛とプライドまで売るか。そこにしびれるが憧れねえな」
 松尾の予想通り、早速シャモのあだ名がVIOさんに変更となっていた。

〔千〕『それではまず施術前のカウンセリングを行いましょう。カウンセリングは厳重にプライバシーが守られた一対一の空間で、納得頂けるまでご説明いたします。ではこちらに」
〔餌〕「シャモさん改めVIOさんにまるで不釣り合いな部屋。ってあれ」


〔シ〕『あの、つかぬ事をうかがいますがこちらの施術例写真せじゅつれいしゃしんの男性は』

〔千〕『当院での顔出し無料モニターを体験された、五十代後半の男性です。こちらがフォトフェイシャル初回施術前のお写真』
〔餌〕「まぎれもない宗像むなかた先生ですね」
 あっさりと状況を受け入れるえさとは対照的に、三元さんげんは絶句していた。

〔千〕『こちらが一回目の施術後』
〔餌〕「何とはなしにこざっぱりしてきているような。髪も染めたか」
〔千〕『こちらが二回目の施術後のお写真です』
〔三〕「これはあの『吾輩は昌華まさか(以下略)』」

〔千〕『そしてこちらが二回目の施術後三週間経過時のお写真です』
〔餌〕「何でカウボーイスタイルに変更した。方向性が定まってない」
〔シ〕『興味深い写真をありがとうございます』
〔餌〕「シャモさんかなり心理的ダメージを受けてますね」
 チーズスナックの袋をパーティー開けしながら餌が三元さんげんを見ると、三元さんげんは目に涙を浮かべたままうつむいていた。

〔三〕「ちょっとかわやに行ってくる」
宗像むなかたが落語研究会の顧問として学校に戻ってくる事を支えにしていた三元の心が折れた瞬間を、餌は目撃した。

〈仏像家リビング〉

  
〔松〕「VIOさんっ。千景ちかげおばさんの口車に乗せられてこんな目に」
 医療用レーザーでVIO施術をされるシャモの口からは、断続的なうめき声が上がっている。

〔仏〕「チャンネル登録者数が万単位で減る絵面だな」
 あまりの見苦しさに『みのちゃんねる』から離脱した仏像が隣を見ると、燃え尽き症候群のごとく松尾ががっくりと肩を落としていた。

〔松〕「男達のうめき声とムダ毛の上に、千景おばさんの生活は成り立っている。千景おばさんはわらしべ長者ならぬVIO長者。そして僕はVIO長者にかくまわれた無力な存在」

〔仏〕「パンツからはみ出たわらしべの錬金術れんきんじゅつがVIO脱毛。そうして得た金を例の卒業祝いロレックスコスモグラフデイトナに『わらしべ』る」

〔松〕「いやあああ。僕の卒業祝いロレックスコスモグラフデイトナがそんな汚いわらしべルートの終着点だったなんて。本気で千景ちかげおばさんの家から脱出したくなってきました」
 松尾はふるふると首を振った。

〔仏〕「松尾、強く生きろ」
〔松〕「帰りたくない。本当に泊めてください」
 松田がすがるように仏像を見た。

〔仏〕「松尾、本気でうちに泊まる気だったの。親も帰ってこないし俺は良いけど、千景ちかげ先生が心配するぞ」
〔松〕「僕の横浜暮らしを支える金の出どころは、パンツからはみ出たわらしべっ」

〔仏〕「早まるな松尾。仕送りだってあるだろう。それに千景先生はVIO専門な訳じゃないだろ。リフトアップとか痩身そうしんとか」

〔松〕「千景ちかげおばさんは人のコンプレックスを食い物に。もうあの家に帰りたくないです。泊めてくださいお願いします」
 うわあっと頭を抱える松尾を仏像は見下ろした。

〔仏〕「泊まって良いよ。ただし、千景ちかげ先生に許可取ってから。下宿の身だろ、筋は通せ」
〔松〕「置手紙はしてきました」
〔仏〕「だーめ。今すぐ連絡して」
 自室に入る仏像の後を、松尾はむくれながら追った。

〔仏〕「どうせ連れ戻されると思うけど。とりあえずそのコーヒーまみれのTシャツを脱げ」
 クローゼットから黄緑色のTシャツを引っ張り出して松尾に投げ渡すと、松尾は大人しく着替え始めた。

〔仏〕「風呂は入って来たんだろ。俺まだだからちょっと入ってくる。部屋で適当にごろごろしてて」
 仏像の部屋に一人取り残された松尾は、ベッドに顔をうずめてスマホの電源を切った。


※※※


 仏像が自室に戻ると、松尾はベッドに顔をもたれ掛けさせて眠りこけていた。
 その寝姿をじっと見ると、、仏像は宗像むなかたコレクションから借りっぱなしにしていたDVDをレコーダーにセットした。

「ゴーさんも落語を見るんですね」
 いつの間にやら起きたらしい松尾が、とろんとした目でパソコンの画面を見る。
千景ちかげ先生は」
「忙しいみたい。今掛かっているのが『宮戸川みやとがわ』ってはなしですか」
「うん」
 それだけ言うと、仏像はヘッドホンをしたまま黙って落語に耳を傾けた。

「松尾、お前本当に本当に泊まる気」
 画面に目を向けたまま、仏像が背後の松尾にたずねた。
「迷惑でなければ。たまには千景ちかげおばさんを一人にしてあげないと」
「布団用意してやるから待ってろ。眠そうじゃん」
「ありがとうございます」
 再び一人取り残された松尾は、『宮戸川みやとがわ』を途中から聞き始めた。

「訳が分からないうちに終わってしまいました」
 布団を運んできた仏像に、ヘッドホンを外した松尾がしょんぼりしながら告げた。
「大した話じゃねえよ」
「なのに、ずっと語り継がれるんですね」
「だからこそ、何世代も語り継がれるんだろうな」
 五月晴さつきばれの時期だと言うのに、窓を雨が叩く音が聞こえて来た。

「珍しいな、こんな時期に」
「梅雨入りにはいくら何でも早すぎますよ」
 わずかに窓を開けると、叩きつけるような雨粒が仏像の手を濡らす。

「これじゃ千景先生から帰宅命令が出ても帰れねえな」
「帰る気ないし」
「保護者の言う事は聞けよ」
「だって連絡こないもん。じゃ、寝ますお休みなさい」
 さっさと布団に立てこもった松尾を踏まないようにベッドに入ると、仏像は部屋の電気を消した。
 
 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
 (2023/8/7 「24・25話再構成及び分割」

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モモチカケル
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