『落研ファイブっ』(1‐3)「松田松尾」
〔シ〕「何この名前欄。両方苗字じゃんいたずらだろ」
〔三〕「いや。両方苗字のような本名の大落語家がいるだろ。三年も落研に在籍しながら、知らなかったとは言わせねえぞ」
〔シ〕「知らねえよ。俺は三元みたいに詳しくねえし」
応募者のプロフに目を通しながら、シャモが首をひねった。
※※※
松田松尾 一年七組
出身校 群馬県私立聖ウルスラパウロ(中略)ヨハネバルトロメオ聖霊中学校
入部動機 絶対に運動をしたくない
特技 呼吸(一分一呼吸)
好きな食べ物 ページヤの牛三種メガ盛り弁当
怖いもの ページヤのチョコカスターいちご味
地味にイラっとするもの 母校の名前
座右の銘 今を生きる
苦手なもの 母性・束縛・詮索
女の子のタイプ ウザくない子(正直疲れた)
※※※
〔シ〕「『まんじゅうこわい』を知ってるって事だよな」
〔三〕「まあ、アレは『時そば』と同じぐらい有名だから」
怖いものの欄を指さしながらにやりと笑うシャモに、三元は淡々と応じた。
〔仏〕「そもそも『ページヤ』って何。チョコカスターいちご味って結局何味なんだよ。チョコなのかカスタードなのかいちごなのか」
〔シ〕「いちごじゃね。いちご味って書いてあるじゃねーか」
仏像の突っ込みに、耳をほじりながら答えるシャモである。
〔餌〕「学校名が『寿限無』みたいに長くて面白いですよね。(中略)の所、松田君が来たら聞いてみたいです」
〔仏〕「あのな、やっぱりこいつ断った方が良い気がする」
餌が楽しそうに中学校名を何度も繰り返すそばで、仏像が髪をかきあげながらつぶやいた。
〔シ〕「何で。他に新入生は来ないかもよ」
〔仏〕「だってこいつ地雷臭しかしねえ。苦手なものが『母性・束縛・詮索』。女の子のタイプが『ウザくない子(正直疲れた)』って。高一でこの『俺遊び疲れました』感は無いわ」
〔シ〕「それを言うなら仏像のプロフだって大概だろ。『女の子のタイプ 俺のカッコ可愛さを引き立てる七十点の女。怖いもの 修羅場』って。マジで寒い」
〔仏〕「良いのかそんな事言って。お前らの合コン相手を誰が見つけてやってると思ってんの」
先輩を先輩扱いなどしたことも無い二年生の仏像は、三元とシャモの三年生二人相手に合コンを人質に相手取ってすごむ。
〔シ〕「サーセン。政木五郎様は一並高校創立以来のカッコ可愛いイケメンです」
〔三〕「政木五郎様は女子を地引網並みに総取りするカッコ可愛いイケメンです」
〔餌〕「政木五郎様は全自動女子どもホイホイです」
シャモと三元がにやにやしながら詫びを入れるそばで、餌がぷっすすと笑う。
〔仏〕「こいつ俺とキャラかぶりするなら断るから」
〔シ〕「仏像らしくもねえ。仏像級のカッコ可愛いイケメンって正直なかなかいねえし」
〔三〕「仏像ってアイドルになったら天下取れると思う」
〔餌〕「いよっ! 『雪の王子様♡』」
〔仏〕「俺が超カッコ可愛いイケメンなのは認めるが、その呼び名は封印済みだ」
〔三〕「それはともかく、松田松尾君をオリエンテーションに呼ぶからな。良いな」
仏像はしぶしぶうなずいた。
〈翌日 部活動紹介後半終了後 視聴覚室にて〉
〔仏〕「後半戦の部活紹介も全部終わったか。松田松尾本当に来るのか」
〔三〕「さあな。入部志望理由が『絶対に運動をしたくない』だから、案外天文部や美術部にくら替えするかも」
三元は性懲りも無く、【横浜シースターズ必勝弁当】をおやつに食べている。
〔シ〕「匂いがこもるんだよここ。シューマイ臭いって放送部の奴らに嫌味言われるの俺なんだよマジで」
『全部聞こえてますよ』
唐突に、朗々と響く男子の声が聞こえてきた。
〔シ〕「いるなら言ってよ」
視聴覚室後部のミキサー室に向かって手を振ると、放送部の部長である青柳真中がよっこいしょと言いながら視聴覚室に入ってきた。
〔青〕「落研さんの入部希望者は何名ですか。うちは六名です。うちもオリエンテーションで視聴覚室を使いますのでよろしくお願いします」
〔三〕「うちは一人だよ。早めに切り上げるわ。そいつがちゃんと来ればの話だけどね」
〔青〕「人気部活の落研が新入部員たったの一人とは。まったくもって珍事ですね」
青柳が眼鏡を掛け直しつつ返した。
〔シ〕「誰が来るもんか。あの部活説明会の惨状を見てたでしょ、アナウンス係さん」
部活動説明会の仕切りをこなした青柳に、シャモは皮肉交じりに告げる。
〔青〕「でも少なくとも一人は、そんな輩と関わり合いになる意思があるって事ですよね」
〔仏〕「輩ってひでえな。それはそうと、そいつがどうも匂うんだ」
青柳と同じクラスの仏像が、首を横に振った。
〔青〕「政木君の第六感は当たるからな。もし良ければ、僕もオブザーバーとして説明会に参加しても構いませんか」
〔仏〕「いいぜ。俺の嫌な予感が当たるようなら、そいつを放送部で引き取ってくれ」
〔シ〕「そんな事したら今年の新入生がゼロになっちまうだろ。ダメだって。政木五郎様以上のイケメンは現れないって設定で、強気で押してけよ」
シャモと仏像がぎゃいぎゃいと言い合っているうちに、がらりと視聴覚室の引き戸が開く。
〔松〕「群馬から来ました。一年七組 松田松尾です」
新入生の姿に、一同は言葉を失った。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2 読みやすさ優先のため、第一話として投稿していた内容を上・中・下に分けて掲載し直しました(2023/7/29)
※ 一部再改稿(2023/11/30)