『落研ファイブっ』第一ピリオド(4)「うさぎ軍団」
〈日曜日 鵠沼海岸〉
夏至近くの鵠沼海岸は、朝七時過ぎにはすっかり日が高い。
〔多〕「対戦相手が来るまで練習するぞ」
〔餌〕「今回は桂先生が紹介してくれたチーム相手でしたよね。何時に来る予定ですか」
〔多〕「八時半。キックオフは九時」
〔仏〕「だったら集合時間もっと遅くしろって」
ぼやく仏像に構わず三元を荷物番に据えて、多良橋は柔軟体操を始めた。
〔シ〕「今日は日光女子軍団を呼ばないのな」
横で柔軟をする餌にたずねるも、餌は何ですかそれとにべもない。
〔シ〕「前にここで練習試合をした時、加奈ちゃんとその友達が来ただろ」
〔餌〕「加奈先輩は天河君にくっついて試合を見に来てましたけど、女子軍団なんていませんでしたよ」
〔シ〕「うそだーっ。大騒ぎして下野君に絡んでたじゃん! 下野君めっちゃ嫌がってたもん」
〔下〕「えっ、呼びました」
松田の背中を押していた下野が振り向いた。
〔下〕「公園に来てた幼稚園位の女の子集団になつかれたけど」
〔松〕「シャモさん疲れすぎて変な夢見ちゃっただけなんだよ。あんまり構わなくていいから」
〔シ〕「松田君冷たいっ」
〔仏〕「何言ってんだ。松田だって忙しい中顔を出しているんだ。優しい奴じゃねえか」
松尾はシャモの方を向きながら大きくうなずいた。
〔シ〕「松田君は午後から新百合ヶ丘だっけ」
〔仏〕「新百合ヶ丘ってどこ」
〔松〕「柿生の近くです。柿生小OB会の柿生」
〔下〕「柿生小OB会はあの後もビーチサッカーやってるんすかね」
虐殺スコアで叩きのめした挙句棄権に至らしめた張本人である下野が、松尾の足首を持ち上げながらたずねた。
〔桂〕「お早うございます。相変わらず早いですねー」
長袖Tシャツにカーゴパンツ姿の桂の後ろに、わらわらと幼稚園児から小学生ぐらいの子供たちが数人の大人と共につき従っている。
〔赤〕「はーしーらーなーい! ちーちゃんそれポイしなさいっ」
赤うさぎエプロン姿の若い男性が、空き缶を拾ってしゃぶっていた子供に駆け寄った。
〔子〕「いーやー!!」
〔ピ〕「痛い痛い痛い!」
〔緑〕「こらーっ。先生の髪を引っ張っちゃダメでしょ。ごめんなさいは」
〔仏〕「オイちょっと待て。いくら俺たちが初心者とは言え、今日の相手はこの幼児共なのかよ。練習ってより体のいい子守じゃねえか」
ピンクうさぎエプロンの髪を引っ張り続けるガタイの良い幼女に、目につくものをとりあえず全部舐める幼児の姿――。
〔天〕「うおーいっ。どすこーい!」
〔子〕「きゃっきゃきゃ」
〔シ〕「まさか天河君子供耐性高い?」
〔長〕「セントーン!」
〔子〕「もう一回! もう一回!」
園庭と化したピッチそばで駆けずり回る子供たちに囲まれながら、仏像はすがるように多良橋を見た。
〔多〕「今日の対戦相手の」
〔仏〕「子供じゃねえか!」
その声に、子供三人にのしかかられていた、うさぎエプロン姿の長身の男性が振り向いた。
〔キ〕「おばようございばずう!!」
うさぎエプロン姿の長身の男性は、戦場の勝ち名乗りのごとき大音声であいさつをした。
〔桂〕「今日の対戦相手、『うさぎ軍団』の皆さんだよ」
〔キ〕「キャプテンの浜崎でっず。本日ば貴重なお時間を割いで頂きばじで、誠にありがどうございばずっ!」
〔餌〕「湘南弁ですか。ほぼすべての文字に濁点が振られているような」
〔長〕「そんなしゃべり方をする湘南民は僕の知る限りはいないよ」
〔桂〕「子供たちの体作りの一環としてビーチサッカーを取り入れる事にしたそうだ。それでまずは先生たちが練習をされるそうだ」
〔服〕「サッカー歴のある先生はおられるのですか」
〔キ〕「二人おりばず。みんな、あづまでええええ」
呼びかけに応じてうさぎエプロン姿の男性が四人、子供たちを引きつれて集まって来た。
〔キ〕「赤うさぎと青うさぎがサッカー経験者でず。赤うさぎばインハイベストエイト。青うさぎはサンフルーツ広島ユース出身で」
〔下〕「ものすごい経歴。お二人ともどうしてうさぎコスプレを」
〔赤〕「学童クラブの制服なんです」
〔青〕「学童クラブの指導員を所定時間こなすと、単位がもらえるから」
〔下〕「そういうキャリアパスもありか」
下野がつぶやいた。
〔仏〕「ほかのお三方もスポーツ経験者で」
〔キ〕「僕ばデニズ、緑うさぎば柔道黒帯、黄うさぎばボクジングでインダーバイに出場じまじだ」
〔桂〕「職業柄優しそうに見せてるけど、身体能力に運動センスはかなりのものだよ」
へえと感心したように五人を見る一同の中で、松尾の目は紅一点のピンクうさぎに向いていた。
〔シ〕「えっ、彼女タイプ」
〔松〕「いいえ、どこかで見たような」
松尾はそれきり彼女から目線を外して、話の輪に加わった。
※※※
〔子〕「先生がんばってーっ」
桂と児童の保護者が即席の審判となると、ピッチに笛が響き渡った。
落研ファイブっのスタメンはゴレイロ(GK)天河 フィクソ(DF)服部 左アラ(MF)下野 右アラ(MF)餌 ピヴォ(FW)長門である。
〔シ〕「餌はともかく、他は勝ちに来ているフォーメーションだな」
〔仏〕「相手は相当な肉体派と見た。ならば相手が慣れる前に肉体派をぶつけて点数稼いどきたいじゃん」
〔三〕「お前らスタメン外されて悔しくねえのかよ」
〔シ/仏〕「全然」
三元はイヤホンで『青菜』のおさらいを始めた。
〔仏〕「文化祭は『青菜』を演るの。時季外れだろ」
〔三〕「いや、来月末に老人ホームの慰問会があるからその時にでも」
〔シ〕「まだちゃんと慰問に行ってんだ。すげえな」
〔三〕「半分以上顔つなぎだよ。俺、成績良くねえし勉強嫌いだから、進学しても仕方ねえと思って。調理師学校に通って『味の芝浜』を継ぐかも」
〔シ〕「あんだけ先が無いだの継ぐ義理はねえだの言ってたじゃん」
〔三〕「まあ色々思う所もあってな」
〔シ〕「そうか。卒業まで後十か月を切ったんだもんな」
シャモは感慨深げにピッチを見渡した。
※※※
ピッチ脇では保護者数名とピンクうさぎが、走り回って暴れる子供たちに神経をすり減らしていた。
〔飛〕「こっちのバトルの方がビーチサッカー以上に消耗しそう」
〔松〕「シャモさん達ちゃっかり安全圏に逃げ込んで」
ポップアップテントに陣取った三人を恨めしそうに見ると、松尾は三脚を子供たちから守りつつノートにペンを走らせた。
〔飛〕「あっ、ニア!」
〔松〕「突かれたっ」
二人が頭を抱えた瞬間、天河の右脇をすりぬけたボールがネットを揺らす。
〔子〕「ギャーっ! みっちーっ!」
〔子〕「うわーっ」
暴れていた子供たちの目が青うさぎに集中し、青うさぎは子供たちの祝福に答えて手を振った。
〔松〕「これ僕らが勝ったら子供の夢を奪うって事にならない。ひどい心理戦もあったものだ」
〔飛〕「勝って負けて負けて勝って――。人生シーソーゲームだよ」
潮風に吹かれる飛島の横顔を松尾がちらりと見ると、長い笛が鳴った。
〔多〕「一点ビハインド。あっちは交代要員がいない。走り回らせてバテさせて、第三ピリオドで二点返して勝利だっ」
多良橋はシャモと仏像を呼び寄せた。
〔多〕「第二ピリオドメンバー ゴレイロ(GK)天河 フィクソ(DF)政木 左アラ下野 右アラ服部 ピヴォ岐部。岐部にボールを集めろ。岐部はとにかく潰れろ」
〔シ〕「ダセーっ。こんなんじゃサッカーやってますって合コンで自己紹介しても、女の子呼べないじゃん」
〔多〕「献身的で泥臭く働ける男に惚れてくれる女の子の方が後々幸せよん」
多良橋はにやりと笑うとおや、と首を傾げた。
〔多〕「あれ、岐部って彼女出来たって騒いでなかったっけ」
はっと目を見開くシャモの隣で、仏像がないないと半笑いを見せた。
〔餌〕「あー外されたっ。悔しーっ。まだハンドスプリングスローも決めてないって言うのにっ」
〔松〕「今日はまだスローイン自体がありませんね」
〔餌〕「そうなんだよね。あのうさぎ軍団、ただモノじゃないよ」
〔松〕「それにしては『落研ファイブっ』も良くしのいでると思いませんか」
〔餌〕「でも『良くやった』じゃ結果にならないもん。ピッチの上には勝者と敗者しかいない。そうでしょ松田君」
〔松〕「その通りです」
〔飛〕「ドローはありますよ」
〔松/餌〕「そう言う事じゃないんだよ」
強い口調で口を揃えて言われた飛島が思わず首をすくめると、第二ピリオドを告げる笛が吹かれた。
〈第二ピリオド〉
〔下〕「後ちょっと何だけどな」
うさぎ軍団のキャプテンはテニス経験者らしく、フィクソの位置で下野や服部のボールをマイボールにしていた。
〔下〕「ゴレイロはパンチングで逃げる癖があるから、打ちまくれば勝機はあるんだけど」
ボクシング経験者の黄うさぎはフットワーク良く飛び跳ねながらボールを待っている。
不動でどっしりと構える天河とは対照的なスタイルである。
〔下〕「緑うさぎは仏像さんの二倍近くはありそうなガタイだし」
ネコのようにしなやかな元スノボワールドジュニアチャンプの仏像とは対照的に、相手ピヴォの緑うさぎは柔道黒帯らしく巌の如き体格でそびえたっている。
〔シ〕「下野君っ、ニアっ!」
『逆張りのシャモ』の叫びに、下野がファーに走り込んだ服部にボールを上げると、黄うさぎが弾いたボールを仏像がきっちりと蹴り込んだ。
〔子〕「うわーっん」
〔子〕「先生かわいそーっ」
〔子〕「かわいそーっ」
〔子〕「いじめ良くないですっ!」
ドローに持ち込んだ喜びも束の間、幼児独特の甲高い声で責め立てられた仏像は、思わずスコアをつける松尾に目で助けを求めた。
〔松〕「後三点! 完全制圧っ!」
〔シ〕「さすが野獣眼鏡。ねぎらいの言葉も無く後三点取れと」
〔下〕「良く言ったまっつん。後三点、完全制圧っ」
シャモを除いて士気が跳ね上がったメンバーを見て、すぐに多良橋はシャモに変えて長門をピッチに投入した。
〔シ〕「何であいつらモチベバク上がりしてんだ。せっかく一点取ったのに褒めてよ。俺じゃないけど。仏像を褒めてあげてよ」
松尾はシャモに取り合わず、じっと目を見開いて戦況を凝視した。
大柄でがっしりした長門がピヴォに入ると、落研ファイブっは愚直なまでに長門にボールを集める。
〔多〕「Go for it!」
多良橋が叫ぶと、下野のシュートをキャッチした黄うさぎがロングスローで中盤を省略した。
〔仏〕「させるかよっ」
オーバーヘッドでボールをカットするも、服部との競り合いに勝った青うさぎがボレーシュートを決めた。
〔仏〕「くっそ!」
〔服〕「ドンマイ! 行ける行けるっ」
試合は落研ファイブっの一点ビハインドのまま第三ピリオドへともつれこんだ。
〔多〕「服部君フル行ける」
〔服〕「やらせてください」
学校ではあまり目立たないタイプの服部は、曲者の武将のごとく無人のピッチを見渡してフル出場を志願した。
〔多〕「伴、戻るか。それともせっかく飛島君が来てくれたから飛島君を出すか」
〔餌〕「出ますっ。怪我をした時以外は飛島君にポジションを譲る気はないっ」
飛島はほっとした表情でうなずいた。
〔多〕「天河君、長門君。引き続き同じポジションで頼む」
うむっと二人がうなずくと、多良橋はじっと仏像を見た。
〔多〕「出たい、それとも」
〔仏〕「俺が出るとしたら下野君を下げるだろ」
〔多〕「そうなる」
下野は捨てられそうな子犬の目で多良橋を見上げた。
〔多〕「左アラ、服部。フィクソ政木。下野君はすこし温存」
〔下〕「えっ俺出来悪かったっすか」
下野がショックもあらわに多良橋を見た。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
https://note.com/momochikakeru/n/n45a896869a93
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