『落研ファイブっ』(53)「初陣」
『 落研ファイブっ』の記念すべき初戦とあって、うどん粉病Tシャツの赤色バージョンの即席ユニフォームに身を包んだ面々は記念撮影を行った。
〔多〕「スタメンはピヴォ岐部、右アラ伴、左アラ下野、フィクソ政木、ゴレイロ天河。控え長門、服部」
〔仏〕「サンドソックスつけてえんだけど」
ぼやきながらも素足になってビブスを受け取った仏像に、加奈がゴー様かっこいいーっと叫んだ。
〔仏〕「餌の友達だろ。餌を応援してやれっての」
〔餌〕「僕は加奈先輩の下僕扱いだから」
〔下〕「さっきから生霊怖いんだけど。シャモさんに一目惚れしたんですよね。何であんなに無表情なんですか。何で瞳孔開いてんすか」
〔仏〕「気にすんな。気にしたら負けだぞ」
シャモは氷のような藤崎しほりの眼差しを気にする事も無く、入念にストレッチを行っていた。
〔熊〕「柿生川小OB会が渋滞に捕まってるらしいから、先に俺らの試合から始めようか。落研は見学してな。落研は審判出来る奴いねえな」
〔多〕「済みません初心者なもので」
〔熊〕「そしたら、主審と第二審判をでっちゃんから出せる」
審判団を含めると七人ものキングサイズがピッチに入ったため、ピッチが異様に狭く見えた。
〈『奥座敷オールドベアーズ』対『でかでかちゃん』〉
試合は十分を経過してなお両チーム無得点のまま推移している。
〔仏〕「嘘だろ。物理法則に反してやがる」
〔長〕「蝶のように舞い、蜂のように刺す牡丹鍋」
笹かまぼこのワンポイントをあしらった、XLサイズの白いユニフォームが目にまぶしい。
〔シ〕「猪みたいななりして良くあれだけオーバーヘッド出来るな」
命知らずの清八とばちばちやり合うのは紅一点の下松。
三元を縦横に拡大コピーしたような体形にも関わらず、オーバーヘッドにばねの利いた跳躍を武器にデュエルを制しつつある。
〔下〕「決まったっ」
ゴレイロの権助も指先で反応したものの、ボールは無情にも権助の指をすり抜けてゴールネットを揺らす。
阿波踊りのようなゴールパフォーマンスを披露した下松は、ここで大神と交代した。
〔熊〕「取られたら三倍返しでお礼参りだっ」
熊五郎も獅子奮迅の働きをしてはいるものの、幅広の体が審判含めて七人陣取るピッチ内でスペースを見つけるのに苦労しているようだ。
〔餌〕「『あの絵』を使わないんでしょうか」
GWの日帰り合宿で見た人知を超えた光景を思い出しながら、餌はシャモにたずねた。
〔シ〕「あれはそもそも人じゃねえから、試合じゃ使えないって言ってただろ」
〔餌〕「でもこれ公式戦じゃなくて練習試合ですよ」
〔仏〕「あの時は対戦相手分の人数が足りなくて使っただけだろ。普通の練習試合なら必要ないし」
事情を知らない人が聞いたらみつるの愛読誌『ゆんゆん』そのものの内容だが、『落研ファイブっ』がGWの日帰り合宿で実際に目にした光景である。
〔天〕「FKきたっ!」
〔柿〕「済みませーん。間違って辻堂まで行っちゃいましたー」
ファールからのFKを熊五郎がさすがの貫禄で直接決め、一対一となった所で大きな声がピッチ中に響き渡った。
〔熊〕「おーい、やっと来たか遅いぞ」
渋滞の上に湘南あるあるな間違いを犯した柿生川小OB会の面々は、息せき切ってピッチに駆け寄った。
〔熊〕「こちらさんが今日の初戦相手の『落研ファイブっ』さん」
〔柿〕「若いねえ。学生さんでしたっけ」
〔多〕「横浜の一並高校の草サッカー同好会です」
〔柿〕「上司の母校だわ」
引率の多良橋が説明すると、赤縁サングラスにマッシュルームのような金髪の男性が腹を揺らしながら笑った。
〈『落研ファイブっ』対『柿生川小OB会』 第一ピリオド〉
〔柿七〕「神奈川県の県花って知ってる」
集中力を削ぐ戦略なのか、七番が左アラの下野にどうでも良い質問を投げつけるも、下野は全くの無反応でボールをシャモにつないでいる。
〔柿七〕「俺、禁酒中なの」
〔仏〕「下野っ」
ぶつぶつとつぶやく男を気に留める事も無く、クリアボールを胸トラップすると――。
〔青〕「ゴールっ! 先制点は『落研ファイブっ』背番号七番 左アラ下野広小路の強烈なミドルシュートっ」
撮影をしつつ試合実況をする高度な技を青柳が披露した。
〔仏〕「シャモ、そのままつぶれて」
〔シ〕「仕方ねえ。勝ち数を積むのが先決だ」
つぶれ役に徹するシャモを、お百度参りこと藤崎しほりは相も変らぬ無表情でにらみつけている。
〈対柿生川小OB会 第二ピリオド〉
〔軍〕「ゴー様ファイトおおっ♡」
エロカナ軍団が叫ぶ中、第二ピリオドからは先発のシャモに変わって長門がピヴォに、餌に変わって服部が右アラに交代した。
〔三〕「ほぼ落研の気配が消えた」
〔シ〕「プロレス同好会+元U15サッカー日本代表候補に、陰キャ部活に潜伏する元スノボ全米・ワールドジュニアチャンプ。このメンツ身体能力高過ぎ」
相手方のメンバーは、それでなくとも体力の衰えた四十代が入れ替わり立ち替わりで交代するので、連携も何もあったものではない。
先に一試合目を終えた奥座敷オールドベアーズとでかでかちゃんの面々も、初心者同士とは思えない一方的な試合展開に見入っていた。
〔柿一〕「十六対〇ですよマスター。ははは」
点差が開き過ぎて自分で可笑しくなったのか、全く機能していないゴレイロがマッシュルームのような金髪を振り乱してけたけたと笑う。
〔柿四〕「あはは、あは、あはははは」
『談話室マスター』のマスターである柿生小四番とゴレイロの声が空しくピッチに響く。
多良橋は青柳と三元を呼び寄せると、天河と交代させた。
〔多〕「しっかり三元を撮ってやってくれ」
〔青〕「任せてください」
〔三〕「『不動』のゴレイロでも良い」
どこか不安げな表情の三元が天河と交代すると、一分もしない間に柿生川小OB会が思わぬ手に出た。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2023/11/23 一部再改稿
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