『落研ファイブっ』第一ピリオド(20)「大臀筋の匠再び」
八月第一週の午後五時。
小田急江ノ島線高座渋谷駅改札前に、三元と松尾を除いたメンバーがいかにも暑さにやられた顔でたたずんでいた。
いつもはハイテンションの多良橋ですら、言葉少なに送迎バスを待っている。
〔粟〕「わざわざ遠路はるばる暑い中ありがとうございます」
マイクロバスから降りてきた平和十三学園ビーチサッカー部監督の粟島は、妙につやつやとした顔でぐったり気味の『落研ファイブっ』メンバーを案内した。
マイクロバスに揺られることおよそ十分。
平和十三学園ビーチサッカー部グラウンドはビーチサッカー専用グラウンドが三面と、国内でも屈指のスケールだ。
〔天〕「すごいっすね。ここまでビーチサッカーに力を入れている高校って珍しいんじゃないですか」
〔粟〕「それが悩みどころなんだよ。同世代で近場の練習相手が限られてね。他校のビーチサッカー部にも施設を貸して地域のレベルを底上げしないと、部活として成り立たないのがジレンマで」
〔服〕「それで同好会レベルの僕たちを呼んでくださったんですね」
〔粟〕「『同好会レベル』だって。看板に偽りがあるんじゃないのかい。君たちはトップレベルに上がれる素質大だよ」
粟島はヌートリアのような顔をほころばせた。
※※※
平和十三学園ビーチサッカー部の一年生十五名との合同トレーニングが始まったのは午後六時。
夏至を一か月半ほど過ぎた西日は目を焼くほどに強く、シャモはサングラスを掛けた。
〔仏〕「ここ西日直撃」
〔シ〕「スノボのゴーグル持ってくりゃ良かったじゃん」
〔仏〕「捨てたし」
〔シ〕「捨てるなし」
〔仏〕「いらない思い出はバンバン捨てる主義」
〔多〕「そんな事言うなよゴー君」
スノボ時代の仏像ファンでもある多良橋が、冗談めかして、しかし悲しそうな目をして茶々を入れる。
仏像がまるでミルクティー色のオス猫のごとく多良橋からふいっと目を逸らすと、粟島が号令を掛けた。
〔粟〕「一並高校一人につきうちの部員二人付いて。大臀筋に効くスクワットとストレッチを伝授してあげて」
〔粟〕「さあ皆で太陽の恵みを享けたぷりっぷりの桃に負けないぐらいの大臀筋を育てよう」
粟島は大声を張り上げた。
〔粟〕「『ぷりっぷりの桃がお尻になっちゃったあ』。はいっ、大きな声で復唱して。頭にぷりっぷりの桃を思い描いて。蜜がたっぷりぴっちぴちだよ」
粟島は体操のお兄さんのように張り切っている。
〔粟〕「桃がお尻になっちゃったあ。はいリピート・アフター・ミー」
〔餌〕「桃がお尻になっちゃったあ♡」
餌は最高潮にノリノリである。
〔粟〕「中腰で胸の前に手を合わせて、ハートを書くように肩甲骨から大きく動かす。恥骨ロケットお空にどぴゅ―っ。はいリピート・アフター・ミー」
〔餌〕「恥骨ロケットお空にどぴゅーっ⤴」
餌は絶好調にノリノリである。
〔仏〕「こんな練習毎日やってておかしくなりませんか」
仏像はスノボの練習の要領で中腰になりながら、平和十三学園ビーチサッカー部の部員に声を掛けた。
〔平A〕「監督の言う通りにすると、不思議と固まった筋がほぐれて可動域が広がるんです」
〔平C〕「多分、イメージのわきやすい言葉を使うのが得意なんだと思います」
平和十三学園ビーチサッカー部の面々は、粟島に心酔している。
助けを求める目で仏像が多良橋を探すと――。
〔多〕「はいrepeat after me♡」
多良橋(たらはし)と餌はやはり似たもの同士だと、仏像は深いため息をついた。
〔飛〕「えええっ。むずむずしますっ。変な感じ」
他方、飛島はゆるく膝を曲げた状態でレクチャーを受けていた。
〔平C〕「仙骨を意識すると、体幹がしっかりしてきますよ」
〔平D〕「上半身と下半身が一体で動く感覚をつかむには」
〔飛〕「そうか。この骨が滑らかに動くから、松田君は」
何かをつかんだらしい飛島は、しきりに仙骨を前に送り出す動きを練習し始めた。
〔粟〕「毎日続けることが大事だよ。頭の中にぷりっぷりの桃をイメージして、毎日大きく育てようね」
飛島が何かに開眼したかのようにトレーニングにいそしむ中、シャモと餌は『波動砲!』と叫びながらふざけあっていた。
〔粟〕「良いね! 君お尻の使い方最高だよっ。そうここもっと」
アニメの真似をして中腰になった餌の尻に、粟島が両手をあてがう。
〔多〕「あっ!」
多良橋が気づいた時にはすでに手遅れであった。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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