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『落研ファイブっ』(21)「鱈もどき」
〈キャンピングカーにて〉
〔多〕「政木と三元が家まで乗って帰るのか。分かった。ギューギューだが他の奴らは三崎口まで我慢しろ。政木、助手席」
助手席に仏像を乗せたキャンピングカーは、三崎口駅に向かって走り始めた。
〔仏〕「ピクリとも動きゃしねえ」
〔多〕「後一時間早く出るべきだったか」
相模湾を照らす夕日は、ぎゅうぎゅう詰めのキャンピングカーも赤く染め上げている。
〔餌〕「お楽しみの所失礼します多良橋先生」
運転席の後ろからノック音が聞こえた。
〔多〕「どうしたの。おトイレ我慢できないの」
〔餌〕「そうじゃなくて。ここから歩いて三崎口に行った方が早いって」
〔多〕「参ったな。とりあえずこの先のガソリンスタンドで降ろすからちょっと待ってて。まさか全員降りるの、三元も」
〔餌〕「その方が良いだろうって」
車の動かさなぶりを考えると、それが正解ではあるのだが――。
〔多〕「俺のキャンピング用具の片付け要員が」
〔餌〕「そこの仏像を存分にお使いください」
〔仏〕「冗談じゃねえよ三元残れよ」
〔三〕「最近頻尿ぎみだし。ちょっとこの混み具合じゃ不安」
三元がまたも年齢詐称を疑わせる一言をつぶやいた。
〔シ〕「片付けヨロ。お疲れ。先生も安全運転でね」
三崎口方面に歩いていく部員および放送部に手を振ると、仏像はお手洗いに行ってくると言い残して車から離れた。
〔多〕「先に晩飯食おう。この先二時間ぐらい車に缶詰にされる位なら、ここらで飯食って時間潰して高速が空いてから帰った方がマシ。どうせ晩飯一人で食う予定だったんだろ」
〔仏〕「俺は構わねえけど。おっしゃる通り今日もぼっち飯の予定だったし」
〔多〕「まぐろにする。それとも他に食べたいものは」
〔仏〕「渋滞が回避できれば何でもいい」
その返答に、多良橋はしばらくハンドルを指でリズミカルに叩いた。
※※※
菓子パンと飲み物を一つづつ買うと、親子のような二人は海に面した公園へと歩いた。
〔仏〕「彼女と一緒に来るべき場所じゃねえか」
カップルだらけのベンチで明らかに場違いな自分たちに、仏像はため息をつく。
〔多〕「せっかくだから夕日に照らされる相模湾を見たいじゃん。ね、ゴー君」
〔仏〕「あんたにゴー君って言われると調子狂うんだよな」
仏像はやだやだと言いながら、ジャムパンの袋を開けた。
〔多〕「ゴー君を初めて見た時は、こんなに小っちゃかったのに」
〔仏〕「もっと育っとったわ」
仏像の腰あたりに手をかざして目を細める多良橋に鼻をふんと鳴らしながら、仏像はジャムパンにかじりついている。
〔多〕「それにしてもゴー君のフォロワーになった時には、まさかゴー君が一並中に入るとか夢にも思わなかったよな」
〔仏〕「そりゃこっちのセリフだっての。『たーちゃん二十五歳丸の内OL』さんが一並高の変態教師だとか分かる訳が無い。何ネカマやってんだ。フリー画像から拾ってきた裏垢女子的な写真をいつまで使うつもりなんだよ」
〔多〕「俺も色々とストレスが溜まってましてね。あと二年したらソロキャンプに付き合ってよ」
〔仏〕「それソロキャンプじゃねえ」
茜に染まる相模湾を見ながら、二人はブラックコーヒー缶を飲んだ。
〈歩き組〉
〔餌〕「絶対歩いて正解でしたよ。何だこの車の列」
〔青〕「三崎口方面行きですらこの混みっぷりだから、先生たち家に着くまで何時間掛かるんだろう」
国道沿いをだらだらと歩いていると、三元が『三崎のまぐろ』ののぼりが立つ一軒の食堂に目をつけた。
〔三〕「三崎と言えばまぐろだよ。食べて帰らなけりゃ」
〔シ〕「あの店でなくても良いんじゃ」
〔三〕「歩きたくねえんだよ」
〔シ〕「ジジイかよ」
〔餌〕「あーっ、あれか松田君ご愛用のスーパー」
餌が『ページヤ三崎口駅前店第二駐車場』と書かれた看板を指した。
〔飛〕「伝説のページヤですね。チョコカスターいちご味はあるかな」
〔餌〕「気になるよね。行こうよ」
〔シ〕「お前らまぐろ食わねえの」
〔餌〕「飛島君と後で合流します。チョコカスターいちご味食べたい人」
〔三〕「食うっ」
〔青〕「食べたいですね。シャモさんも食べるって」
〔餌〕「オッケー。じゃ、行って来ます」
餌と飛島はページヤに向かって駆けだした。
〔三〕「若いって良いなー」
〔シ〕「お前一つしか変わらねえんだよ」
シャモが呆れたようにため息をつくも、三元の目はあるメニューの張り紙に釘付けになっていた。
【新商品 江戸前の味覚『鱈もどき』】
〔三〕「俺のカンは正しかった。ここにする」
〔シ〕「珍しく三元と同じ意見だ。俺もここが良いと思った」
『逆張りのシャモ』が良いと言った事に青柳は一抹の不安を覚えつつも、上級生二人に続いてのれんをくぐった。
〈食堂にて〉
〔三〕「御米師匠の『棒鱈』は面白かったな。へえ、落語ファンなのかね」
港町の大衆食堂と言った風情の店に掲げられた小柳屋御米師匠のカレンダーに、三元のテンションが明らかに上がった。
〔女将〕「メニューどうぞ」
〔シ〕「もしかして落語ファンなんですか」
小柳屋御米師匠のカレンダーと鱈もどきの写真を指さして、シャモが女将さんにたずねた。
〔女将〕「あら落語好きなんですか。この子はうちの甥っ子なのよ」
〔三〕「ええーっ。来て良かった。僕は小柳屋御米師匠の大ファンなんです。先日もにぎわい座で御米師匠の『二階ぞめき』を見て来た所です」
〔女将〕「あらーっ! お父さん、お客さんは昌也ちゃんの大ファンなんだって。若いのにねえ」
〔主人〕「らっしゃい。じゃ何かい。『鱈もどき』を食いに来たのかい」
奥から漁師町の大衆食堂のオヤジらしい初老の男が顔を出した。
〔三〕「はい。表の張り紙に目が行きまして」
〔主人〕「そりゃ良いや。皆学生さんかい」
〔三〕「高校の落語研究会の集まりです。横浜から来ました」
〔主人〕「へえ、浜っ子かい。落語はにぎわい座で見るのかい」
〔女将〕「こないだにぎわい座で、昌也ちゃんの高座を見たってよ」
〔主人〕「お前ファンの前で『昌也ちゃん』は無いだろうよ。ちょうど良いや。落語研究会御一行様に『鱈もどき』はサービスしてやるよ。その代わり、ちょいと感想を聞かせてくんな」
〔女将〕「先週皆と同い年ぐらいの男の子二人連れがお昼時に来たんだけど、『鱈もどき』だけ残していってね。若い人の口には合わないのかねえ何て話してた所だったのよ」
張本人である仏像がこの場に居たら『あの店で鱈もどきは絶対頼むな』と忠告の一つもしただろうが、仏像は多良橋と車で仲良く缶詰中である。
〔三〕「お勧めは何ですか。鱈もどきとまぐろを食べに来たんですが、まぐろの種類が多すぎて」
〔主人〕「めばちのカマ焼きでも一つ頼んで皆でつついたらどうだい。学生さんなら一人千円までって所かね。それならカマ焼きの他には漬け丼か引っ掻き丼、バクダン丼、金目やアジ定食もおすすめだよ」
〔三〕「ではカマ焼きを一つに俺は引っ掻き」
〔青〕「金目干物定食」
〔シ〕「漬け丼お願いします」
あいよ、と主人がメモを取ると同時に引き戸が開いた。
〔餌/飛〕「お待たせしました」
〔シ〕「何する」
〔餌/飛〕「バクダン丼」
〔シ〕「お前ら地味に仲良くなってんじゃん」
〔餌〕「同じ背格好同士としては相通じるものもありまして」
〔飛〕「エッチな話には同意しませんが」
飛島は三元の隣に座ると、ごくりとお冷を飲んだ。
〔餌〕「チョコカスターいちご味は期間限定で、代わりにチョコカスターバナナ味があったんだけど」
〔飛〕「最後の一個を取ろうとしたら、幼稚園児が」
〔シ〕「幼稚園児相手ならしゃーない。負けて勝つって奴だ」
〔三〕「無駄骨お疲れ」
〔飛〕「それが無駄骨でも無かったんですよ。ほら」
飛島はページヤのレジ袋から何やら取り出した。
〔シ〕「もはや伝説の『ページヤ』のエコバッグ」
〔飛〕「あまりに不評で、今ある在庫が十円で投げ売りされていました。新型エコバッグは可もなく不可もない普通の品です」
〔三〕「だからって何でそんなに買い占めたのよ」
レジ袋一杯に詰められた『ページヤ』のエコバッグに、三元は呆れた顔をした。
〔飛〕「松田君が大スターになったあかつきには、この『ページヤ』のエコバッグにプレミアが付くって餌さんが」
〔三〕「まず松田君は何の大スターになるんだよ。花粉眼鏡で顔を隠さないといられないレベルのシャイボーイが、どうやって人前に立つんだよ」
〔餌〕「脱いだらスゴイってやつですよ。花粉眼鏡取ったらスゴイ! みたいな」
〔シ〕「でも人前嫌いな子なら仏像コースになるじゃん。仏像なんてむしろ人前超オッケー俺カッコいいー! だった奴なのに、トラウマ級にカメラ嫌いになっちゃったし」
〔飛〕「政木先輩って隠しカメラを学校に仕込まれた他に何かあったんですか」
飛島が眉をひそめた。
〔三〕「もはや犯罪のオンパレード。聞いただけで胸糞悪くなるから知らない方が身のためよ」
〔シ〕「妄想力豊かな金持ちマダムの狂気を、中三にしてあいつは知ったよね」
〔餌〕「クラウドファンディングで海外遠征費用を捻出したのが、完全にあだになったんですよね」
三人のため息に、青柳が大きくうなずいた。
〔青〕「政木君とクラスが一緒だったから大変でしたよ。隠しカメラが教室につけられてないかって探したり、体育の時間に更衣室を確認したり。トイレ時もカメラの確認をして。スパイ大作戦の世界でした」
〔飛〕「そこまで酷かったんですか」
〔シ〕「結局政木家は自宅バレして、マンション売って引っ越したからね」
飛島はうわあ悲惨とつぶやきながら首をすくめた。
(2023 11/16 一部改稿)
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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