『落研ファイブっ』(22-2)「棒鱈じゃん(下)」
憧れのエゾウコギなめ茸監督に出会えた青柳は、撮影班に加わりたいと直訴した。
〔監督〕「高校二年生じゃ起用できないじゃん。俺も捕まりたくないじゃん。撮影班? どっちにせよ未成年は現場に置けないじゃん」
〔青〕「やっぱり撮影現場の見学も無理ですよね」
〔監督〕「成人したら来たらいいんじゃん」
そう言うと、監督はショッキングピンクの名刺を青柳に手渡した。
〔三〕「エゾウコギなめ茸ってどんなセンス」
〔飛〕「部長のツボが分からないです」
困惑する飛島と、期待した鱈もどきが大外れな上にジャンジャン語御一行様に店がジャックされご立腹の三元は、カマ焼きを食べたらすぐに店を出ようと決意したのだが――。
〔女B〕「パンダ君かーわーいーいーっ。むぎゅーっ、ハグっ!」
〔あさぎ〕「みのちゃんツーショ撮ろーっ」
〔シ〕「ちょっと今日はプライベートなんで。俺まだ高校生だし。ついでにあの童顔パンダはまだ十六歳なんで、あれはちょっと刺激が強いんじゃないかと」
〔餌〕「温かい、柔らかい、温かい、柔らかい(*´з`)」
エンドルフィンが脳内に大量分泌されたらしい餌は、顔を柔らかな曲線の狭間にうずめながら、花占いのごとく二つの単語を交互に繰り返していた。
〔青〕「監督の最新作『男女池背脂地獄変』の、チャーシューが吊るされるシーンのですね、タコ糸の結び目にズームインしてからのローアングルからの煽り撮りの、あの紅麴のテカリがサッシ戸に反射して」
〔監督〕「君分かってるじゃん。特別にドラマパートだけは撮影見に来ても良いんじゃん」
〔青〕「ありがとうございますっ」
〔監督〕「なめ茸組に正式加入したら『ありがとじゃん!』なんじゃん」
〔飛〕「あれは似非横浜弁じゃなくて、なめ茸組の符丁だったんですね。深い」
〔三〕「深くねえよ」
魔空間に適応しかかった飛島を、三元が現世に引き戻す。
〔女将〕「カマ焼きお待たせ。おにぎりはサービスねー」
三元と飛島は礼を言って、ジャンジャン語御一行様に取り込まれたユダどもに構わずカマ焼きとおにぎりを食べ始めた。
〔三〕「ん? 電話?」
三元のスマホの画面には仏像のアイコンが出ていた。
〈男二人のキャンピングカー〉
〔仏〕「三元今どこ。誰からも帰宅連絡がないって矮星が心配してるんだけど。聞こえねえっ。ちょっと待てそのコールは」
仏像がスマホのスピーカーをタップした。
『青柳君! 青柳君! ウミウの代わりにユーキャンフライ!』
『やばい超受けるじゃん! 青柳君なめ茸組に青田買いで良いじゃん!』
『パンダ君超いい匂いするじゃん!』
『みのちゃんのサイン欲しいじゃん』
〔多〕「多良橋だ。今どこにいる。誰といる。すぐ答えろ」
スピーカー越しに聞こえてくるどんちゃん騒ぎに、真面目な高校教師の顔になった多良橋は地を這うようなデスボイスで三元に問いかけた。
〔三〕『三崎口駅近くの食堂でまぐろ丼を――。『三崎のまぐろ』ののぼりが立って鱈もどきの張り紙がしてある国道沿いのうわーっ』
三元が叫び声を上げると同時に、スピーカー越しに女の悲鳴がとどろいた。
『ぎゃーっ。おっさん危ないじゃん!』
『うるっせえ、じゃんじゃんじゃんじゃんうるせえっ! 臭えんだよ! 便所の芳香剤頭からぶちまけてんじゃねえぞこのくそ女どもがっ! こっちゃスロットで一日八万やられてむしゃくしゃしてんだ』
『熊谷さん金目の煮つけだよ! 冷めないうちに食いな』
『こんなうるさい所で飯なんて食えるかよ! ええい、クソガキどもも一緒にこうしてやるっ』
〔多〕「すぐ行く! 店の電話番号教えろ書いてあるだろ」
〔三〕『ええとっ、ちょっと待って』
〔仏〕「三元っ、その店の鱈もどき、辛くて食えたもんじゃなかっただろ。ご主人と総白髪のおばあさんの食堂だろ」
〔三〕『うん、それそれ。赤いのぼりで通り沿い』
〔仏〕「分かったすぐ行く」
〔仏〕「多良橋先生。その店なら分かります。今の道の空き方ならすぐに着くと思います」
仏像は電話を切ると、真顔で多良橋を見た。
〈食堂にて〉
〔飛/三〕「先生、店の中が大変な事に」
五人分の荷物を抱えて店の外で震える飛島と三元を仏像に任せ、多良橋は勢いよく店の引き戸を開いた。
〔女将〕「いらっしゃい。今日はちょっと臨時閉店になっちゃ、へーっくション!ったの、クション!よ」
床に白身魚のような物が点々とぶちまけられる中、十人分のくしゃみの音と粘膜を刺す刺激臭が多良橋を襲った。
〔多〕「良いからお前らすぐ店を出くっしょん! 支払いは俺がするから。お代っくしょん!」
〔主人〕「金は要らねっくしゅん、えや。お客さん方の服を台無しに、ぐっしょん、しちまって俺がクリーニング代を、ひゃっくしょん、出すのが筋ってくしょん!」
〔多〕「それじゃ、とりあえず一万円置いていきますから。ほらお前ら車にっくしょん!! すぐ帰るって言うから信頼して降ろして、くっしょん、やったのに一体何をしてるんだっくしょん!」
〔青〕「なめ茸監督っくしょん! ありがとっくっしょん」
〔監督〕「ありがとじゃんくっしょん」
〔あさぎ〕「みのちゃんっくしゅん。サインありがとっしょん!」
〔女B〕「パンダくんっっしょん! また遊ぼうっしょん(^_-)-☆」
〔いちご〕「サイン会っしょん、大人になったらっしょん」
〔餌〕「森崎いちご様にお会いっしょん、出来て感無量っしょん!」
〔女将〕「ありがとうっしょん。またおこしくださいっしょん!」
〔熊〕「ぐべーっしょーんんっ!」
〈帰り道〉
〔仏〕「俺と松尾が食った時も不味くて辛くて食えたもんじゃなかったが、あんなに刺激臭はしなかったぞ。わずか一週間で更に劇物に進化させた訳。何があったんだよ」
汁物の匂いを全身からまき散らして歩く三人と距離を取りながら、仏像は三元にたずねた。
〔三〕「余りのうるささと料理の遅さに、熊谷さんって常連のおじさんが激怒しながらトイレのドアを開けたんだ。そうしたら勢いが付き過ぎてトイレのドアが吹っ飛んで。それで熊谷さんが暴れ始めて、四人分の土鍋ごとオヤジさんをぶっ倒して」
〔飛〕「特製薬味の大びんのふたが開いちゃって」
〔シ〕「コショウならぬ謎の薬味が入って喧嘩も収まって一安心って――」
〔三/シ/仏〕「リアル『棒鱈』かよ」
〔餌〕「お後がよろしいようで」
そんな騒ぎは落語の中だけにしてくれよと、仏像はため息をついた。
〔餌〕「一週間前と言えば、仏像が忘れ物をしたと言いながら松田君と一緒に特急から降りた後、ラインの既読も全然つかなかった日です。その後三崎口デートでファイナルアンサー」
〔仏〕「下見だようっせーな。ほら、頭に鱈もどきがくっついたまんまだぞ」
餌は髪にくっついた鱈もどきをむしり取ると、無言で仏像のゆるやかなウェーブヘアになすりつけた。
〔仏〕「何すんだ!」
〔餌〕「ちょっとぐらいは汚れ役をやってくれてもいいじゃん」
〔仏〕「マジで心配したんだぞ。多良橋先生からも何か言ってやってください」
〔多〕「政木きゅん、いつもその呼び方で呼んでっ。超萌えるーっ」
〔仏〕「たまに真面目に教師やったと思ったらすぐこれだ。やっぱりあんたなんか矮星で十分だ」
五人をキャンピングカーのリビングに詰め込むと、仏像は助手席に乗った。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/7 「22 棒鱈じゃん」分割および一部改稿)
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