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『落研ファイブっ』第一ピリオド(30)「男の秘密」

 みなとみらいのラグジュアリーホテルには不釣り合いな、パンパンのスポーツバッグを下げた餌。

〔餌〕「止めてよ、恥ずかしい」

〔父〕「また大きくなった。さすが俺の子だ。日焼けしてもカッコいい」

 ロビー前で明らかな未成年にぎゅうぎゅうと抱き着く中年男性の姿であったが、餌が童顔すぎてどう見てもただの夏休みの小学生と父である。

〔父〕「今日は暑いから、中で食べよう」
 合宿帰りの着古したTシャツ姿に気後れしているえさを見て、父はホテル内のショップで上下一式を買いそろえて着替えさせる。
 めったに着ないドレスシャツ姿で、餌はフレンチレストランの客となった。

〔父〕「学校はどうだ。あの大荷物なら、友達と泊り旅行でもした帰りか」
〔餌〕「うん。今サッカーやってるんだ」
 餌は内心の動悸どうきを抑えながら答えた。

〔父〕「吹奏楽は辞めたのか」
〔餌〕「クラリネットは好きなんだけど、部活が肌に合わなくて」
〔父〕「サッカーの方が大変そうじゃないか」
〔餌〕「サッカーって言っても、ビーチサッカー。部活みたいに厳しくなくて、友達数人と、サッカーが好きな顧問こもんの先生と一緒にワイワイやってる」


〔父〕「ランチで良いな。今日の肉は鴨のロースト、魚はイサキのポワレだって。どっちにする」
〔餌〕「おいしい方」
 その言葉に父は相好そうこうを崩すと、ランチを肉と魚一つづつで、メインは両方息子にサーブしてやってくれと頼んだ。

〔餌〕「父ちゃんまだ食欲不振なの。この前だって豆腐サラダしか食べなかったじゃん」
〔父〕「そんなお年頃なの。男性更年期だんせいこうねんき
〔餌〕「早いよ」

〔父〕「そんな事言っても、元々そんなに食べる方じゃねえ。知ってるだろ」
〔餌〕「そうだよね。粗食そしょくだったね確かに。えっ、これ食玩しょくがんサイズ。小っちゃ」
 餌の目は、そっと置かれたアミューズ(前菜)に注がれた。


 肉と魚をぺろりと平らげた餌がデザートテーブルに案内されると、入道雲にゅうどうぐもをかたどった飴細工あめざいくがあしらわれたソルベがやってきた。

〔餌〕「父ちゃん、こう言うのは食べるんだ」
〔父〕「胃もたれしないからな」
〔餌〕「僕もいつか、こんな所に女の子と来たいな」
 桃のソルベの香りを口いっぱいに広げながら、餌はうっとりと一枚板のテーブルを撫でた。


〔父〕「言うようになったな。彼女はいるのか。サッカーやってるならモテるだろ」
〔餌〕「それが全然。それに今は同じ世代の女の子はホントにどうでも良くって」

〔父〕「年上好みか。血筋だな。あてはあるのか」
〔餌〕「あてって言うか。今通ってる美容外科の院長先生が、後何年か後にストライクゾーンに入りそう」
〔父〕「美容外科だって。そんなの母ちゃんが許してくれるのか」
〔餌〕「後輩の叔母さんだし、友達&学生価格でかなり安くしてもらったから」
〔父〕「後輩の叔母さんって、そりゃいくら何でも年上過ぎやしないか」
 父は思わずピーチソルベを皿に落とした。

〔餌〕「その後輩と一緒にビーチサッカーの試合に出るんだよ。ほら」
 餌はスマホをタップして、八月最終週の試合の公式サイトを開いた。
〔父〕「ずいぶん立派な大会じゃないか。これにお前が出るの。その体で」
〔餌〕「これでもゴールやアシストいっぱい決めてるよ。大戦力だもん」
 へえそりゃすごいと言いながら、父はスマホの画面に見入った。


 またしてもえさのポケットに現金をねじ込むと、父親はホテルショップで買ったゼリーを母親への土産として渡した。

〔餌〕「やっぱり父ちゃんから母ちゃんに直接渡そうよ。父ちゃんと会ってるのを誰かに見られて、パパ活だと勘違いされたらしいんだよ。母ちゃんは僕には何も言ってこないけど、かなり心配しているらしいんだ」

〔父〕「だってお前の父ちゃんだからパパ活に決まってるだろ」
〔餌〕「そういう事じゃなくて。その、少年売春的な意味での」
〔父〕「悲しいね。父が子に久方ぶりの再会で小遣いやるのが、そんな目で見られる世の中になっちまったとは」
 父はしばし考え込んだ様子だったが、首を横に振った。

〔父〕「母ちゃんには会えねえ。決心が鈍る」
〔餌〕「決心って何だよ。母ちゃんだってきっと父ちゃんの事」
〔父〕「里心が湧くと寝首を掻かれる。切った張ったの世界に生きる男の宿命よ」
〔餌〕「まさかとは思うけど、父ちゃん。まさか本当にマフィアのかしらになっちゃったの」
 ゼリーの袋片手に、餌は上目遣うわめづかいで父を見上げた。

〔父〕「今の俺は、ハゲタカの死肉をむさぼるハイエナよ」
 父親は、まったく俺もちたもんだぜと自嘲じちょうした。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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