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『落研ファイブっ』第一ピリオド(8)「平和十三学園」

〔餌〕「あれ、松田君今日は出席だっけ」
〔松〕「水曜の代出だいしゅつをここで」
 平塚駅のコンコース、土曜日朝八時。
 スカイブルーのボタンダウンシャツにチノパン姿の松尾が、バックパックを背負い直しながら答える。

〔シ〕「何その大荷物」
〔三〕「忙しいんだろ。多良橋たらはし先生のお遊びに付き合わなくっても良いのに」
〔松〕「初公式試合前の最後の練習試合には顔を出さないと」
 シャモと三元さんげんの心配をよそに、松尾はひょうひょうとしたものである。


〔餌〕「そう言えば下野しもつけ君たちは」
〔松〕「先入りして自主練しているそうです」
〔仏〕「あいつら俺らより家が遠いじゃん。何時起きだよ」
 仏像があー嫌だと言いながら髪をかきあげた。

〔仏〕「矮星わいせいは車で直行してるってさ。俺らもそろそろ行こうぜ」
 海岸に向けて真っすぐな道路を歩いていると、同じ年頃の男子達がぞろぞろと海岸目指して歩いているのが見えてきた。

〔三〕「背中にビーチサッカーって書いてあるぞ。あいつらが今回の対戦相手か」
 ビーチサッカー平和十三と背中に大書されたそろいの芋ジャージを着込んだ一団は、二十人近くはいそうな陣容じんようだ。

〔シ〕「ついにビーチサッカーガチ勢とご対面か。長門ながと君に全部任せよっと」
〔三〕「それにしても俺らの対戦相手は、どいつもコイツも女子の応援がいないよな。気を利かせて連れて来いよ」
 えさが連れてきた奴らはうるさいだけだったけどなと心の中で思いつつ、シャモはちらりとスマホを見た。


※※※


〔多〕「Hey Guys! お前たちっ集合」
 下野しもつけ達と一緒になって砂浜を走っていた多良橋たらはしが振り向いた。

〔シ〕「ビーチサッカー勢らしい他校の生徒は手前で折れましたが、本当にここで良いんですか」
〔多〕「良く気付いたな。正解だ」
〔下〕「先生が場所を間違えて伝えただけ」
〔仏〕「マジかよ。しっかりしてくれ」
 脱力しながら荷物を砂浜に降ろした仏像の肩を、シャモがぽんと叩いた。

〈練習試合会場にて〉

〔多〕「粟島あわしま監督、お久しぶりです」
 中肉中背の男は、満面の笑みで多良橋たらはしに近づいた。
〔粟〕「お久しぶりです多良橋たらはし先生。こちらの男の子たちが先生の教え子の」
 一同は、粟島あわしまに頭を下げた。

〔粟〕「みんなピッチピチでもぎたての桃みたいっ。元気いっぱいだね」
 ぎょっとする間もなく、粟島あわしまは芋ジャージを脱いだ面々を呼んだ。

〔仏〕「興福寺の十二神将を思わせる」
〔三〕「いやむしろ南総里見八犬伝の」
〔シ〕「十三人いるから、一人ユダがいんじゃね」
〔松〕「それかへび使い座」
 めいめい好き勝手な感想を言い合っていると、多良橋がぽんぽんと手を打って注目を促した。

〔多〕「こちらは平和十三学園ぴんふじゅうそうがくえんビーチサッカー部の粟島あわしま監督」
〔シ〕「平和って書いてあるじゃん」
〔多〕「読みはピンフ」
〔長〕「麻雀マージャンかよ」

〔シ〕「十三じゅうそうって難読地名クイズに良く出て来るよな」
〔仏〕「俺の父親が若い頃にJR大阪駅から梅田駅に行こうとして、なぜかたどり着いた場所だ」
 仏像がしげしげと『平和十三ぴんふじゅうそう』と大書された芋ジャージを見た。

〔服〕「まさかここまで練習試合のために大阪からわざわざ来たんですか」
〔粟〕「十三じゅうそうは創設者の出身地ってだけ。それにしても君たち本当に良い首筋だ。良い鍛え方してるね」
 プロレス同好会の三人を値踏みするように見ながら、粟島《あわしま》は満足げにうなずいた。

〔餌〕「粟島監督ってネコっぽいね」
〔松〕「いやヌートリアでしょ」
〔三〕「もうちょっと分かりやすい例え無いの」
 ヌートリアって何だと三元さんげんは首をひねった。


※※※


〔多〕「第一ピリオド先発:ゴレイロ(GK)長門ながと フィクソ(DF)政木《まさき》 左アラ(MF)下野《しもつけ》 右アラ(MF)はん ピヴォ(FW)岐部きべ 先発しないメンバーもしっかり相手の特徴を観察する事」
 円陣を組んでそれぞれのポジションに収まると、服部と天河てんがはじっとピッチ内に目をやる。

〔松〕「午前九時現在 薄曇り 気温二十度 南東の風一メートル。砂質は――」
 あれこれとノートにメモをしていく松尾に俺ここまで書くの面倒くさいんだけどと三元はこぼした。

※※※


〔松〕「『逆張りのシャモ』は今日も健在っと」
 ファーにボールを要求したシャモを無視してニアにボールを蹴った下野しもつけの読み通り、こぼれ球を拾ったえさがそのまま先制点を挙げた。

〔多〕「良いね良いねっ」
〔粟〕「守りに入るなっ」
 粟島あわしまげきを飛ばすと、平和十三ぴんふじゅうそう学園のメンバーがびりっと締まる。

〔松〕「敵将粟島あわしま 統率力とうそつりょく七〇 魅力 八〇 武力――」
〔三〕「武将カードのパラメーターかっ」
 およそスカウティングには関係なさそうな情報までノートに書きこんだ松尾に、三元は思わず突っ込んだ。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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モモチカケル
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