同性愛って変?個人的に明かしたかった「気持ち悪さの根」 その1
初めまして、ももちです。
noteというので思いの丈を語ったりできる、っていうのは楽しいですよね。
せっかくなので、このノートを拾っていただいた方に少しだけ質問をします。
同性愛って、どう思いますか?
世の中にはLGBTから始まって、LGBTQになって、さらにLGBTQ+になって、挙げ句の果てにはLGBTTQQIAAPになっています。長い。
LGBTQっていうのだけで全ての性別が語れるわけではありませんが、これらの中で所属が多いマイノリティってだけでも以下のように
L→レズビアン(女性の同性愛者)
G→ゲイセクシャル(男性の同性愛者)
B→バイセクシャル(性別関係なしに恋できる人)
T→トランスジェンダー(心と体が一致しない人)
Q→クエスチョニング(自分の性別を確定したくない人)
が存在するわけです。
無論これらは全て、道徳に悖る存在ではない。それは誰しもが、何を以て生物学的な性愛を持つか、その対象が何であるかという話でしかないからです。言ってしまえば法律に反する存在ではない。(ただし国によっては法律で違反とされているところがあります 例:スーダン イラン サウジアラビア等)
ですが、我々は。この場合の我々、私を含めた異性愛者は何故彼らを気持ち悪く思ってしまうのでしょうか。
生物学的には少数派であり、人間の未知に対する忌避感が勝って存在事態に拒否感を感じるから?それとも、社会的な行為ではなく子供を作らないという行為に対する怒りから?同性で恋人になるという本来のカップルとは違う慰みのように思う行為に嫉妬しているから?(最後のはあまり関係ないとは思いますがゼロではなさそう)
私個人が最近ネットでよく聞くこれらのマイノリティという存在についてはあまり興味はありませんでしたが、どうもずっと騒がれていると、ただ何も特技の無い人間でさえ興味が出てきます。
なので今回はマイノリティについての話を軽く、もしよろしければご覧いただきたいと思います。文字数が長くなると読みづらいので、今回は二回に分ける予定。
ただ、私の調べた範囲かつ私見も含まれるためあまり確証のある話ではないことは注意。
また、今回は同性愛・バイセクシャルを主軸に話をしていきたいと思います。今後は別のマイノリティについても話してみたいです。
1:一般的なエロいという感情との大きな乖離
うーん。私の場合は同性愛に対する嫌悪感を初めて抱いたのはこれだったんじゃないかな。
というのも、我々はまず人の裸を見る時ってどのような感情を抱くでしょうか。
「わあ!この人エロいなあ!」
どこにそのエロさを感じるかは人それぞれですが、基本は裸を見る時はそんな感じではないでしょうか。私は胸が大きい人が大好きです。
しかし、それらを発言する際はあくまで大半の場合"その肉体美に対する賞賛"か"自分が発情した時の発言"かの二択だと私は考えています。
無論前者であれば、その褒め言葉が公序良俗に対しての考慮が足りていないという点を除けば基本は問題ない。性別関係なく肉体として仕上がっている、この一点に尽きるのですから。
しかし、後者の場合。つまり誰かが自分が性的興奮を得た場合に発言する時、果たしてその矛先が自分が感じているものと大きく乖離していたら?
人々には性癖、というものがあります。
私は先ほどちょっと隠しましたが、胸の大きい女性が好きです。別の方なら、お尻の大きい女性の方が好きと答えるでしょう。所謂"性的興奮を感じる引き金"として性癖という単語があるのです。フェチズム、とも言いますね。
かのナポレオンだって臭いフェチが有名。
ナポレオンの例は今回の主題とは少しズレてしまいますけど、人には大抵そう言った性癖があるものです。
しかしマイノリティ、LGBTQの人々は、異性愛者からすれば性癖の範疇を超えたようなものに癖を見出すのです。
2:興奮するものの違い
無論、我々にも性癖があるように、マイノリティの方にも性癖というのが確実に存在します。
ですが、異性愛者とは前提が違う。
例えばゲイのコミュニティでは、一例ではありますが以下のような人間が好まれたりします。
この人を例に出しますが、体毛が深く、ずんぐりむっくりな体の人をベア系と言います。
これらは男らしさの象徴として、ゲイの間では人気のジャンルとなっています。仮に体毛が薄くとも、ずんぐりむっくりな体型だと好まれる時もあるそうです。
ただ、これらって一般的、という範囲だとあまり好まれる様子ではないですよね。アニメを見てもアイドルを見ても細身というより普通の体型が多い。おそらくは巷で言われる"清潔感"と言う常識からは離れた存在だと言えるでしょう。
特にアニメは昔から同性愛者に関しては寛容な面が大きいのですが、それでもやはりこのベア系などを題材にしたものは少ない。一般的な露出は、ほぼ無いと言っていいと思います。
ということを考えれば、性的対象として、というより"同族の究極系"に興奮するのでしょう。マッチョが好きなゲイの方も居ますが、これは分かりやすく鍛え抜かれた筋肉を持ったシュワちゃんのような人も美しいので好きな人多いですよね。
その時点で、異性愛者の興奮にとって大きな前提となる子孫を残すと大きく乖離する。
つまりこの美醜に対する差、というより生物という生き方から大きく外れた性癖を持つのに子孫を残す時と同じような興奮感を覚えてる感性に、マイノリティに対する本能的な忌避感を覚えるのでは無いでしょうか。それが、生物の方針に迎合できた人間、マジョリティと呼ばれる異性愛者が感じる気持ち悪さだと思います。
3:この二つを考えてみたら…?
ここまでまとめてみると、どうして気持ち悪いと思うのか、少しずつ分かってくるのではないでしょうか。
我々と前提は違う、というのは当たり前にしてそもそもの感じ方に子孫を残すという本能的なものが抜けているように思いますよね。異性愛者からしたら大きな穴に見えるでしょう。
無論、繰り返しますが今の社会子供を産んで貢献するのが必ずしも正しいとは限りません。社会の発展が進むにつれて、娯楽が増え、幸せの取得先が増えた以上、古きものが正しくあり続けることは最低限生き続けるのに必要な基本的人権以外には無いのです。
では、なぜそれでもLGBTQ+に対する批判や白い目というのは続いてしまうのでしょうか…?
正直なところ、答えは一つです。
ネットの発達において、悪事は瞬く間に拡散され、テレビの権威は地に落ちたと言っていいでしょう。
その中では勿論、趣味趣向による不当な扱いを糾弾する声も高く理由もなしに迫害されているのを止める声もありますが________
マイノリティ側の暴挙、というのも有り得るのでは無いでしょうか。
次回、同性愛って変?個人的に明かしたかった「気持ち悪さの根」 その2
で、話します。もう少しお待ちくださいね。