短編小説「姉」
幼い頃の記憶、それは薄っすらと霞んでいく霧のように、次第に鮮明さを失っていく。
しかし、ある一人の大人は、今でも私の心に深く刻まれている。
パン屋のおじさんと仲が良かった。
ニコニコと笑顔を絶やさず、子供の私へも一人の人間として扱ってくれた。
彼とは公園でよくキャッチボールをした。
「兄弟はいるの?」彼の大きな手がボールを投げ返す。
「えっと、歳が結構はなれた姉ちゃんがいる。」私はボールをキャッチしながら答えた。
「そう、お姉さんとは仲いいの?」
「うん、でもちょっと俺に厳しいんよね。」
彼は微笑みながら、私の返球を受け止めた。
「それは、お姉さんがあなたのことを思ってくれている証拠だよね。」
「・・・うん。あー、明日ね、久しぶりに会社の寮から帰ってくるんよ。姉ちゃん。」
「そうなんだ。いいね。楽しみだね。」
この頃私は彼を慕っていて、よくパン屋を訪れていた。
2日後、姉は何者かに殺された。
葬儀の時、棺のふたは閉められたままだった。
犯人は10年経った今も捕まっていない。
「あぁー、遮ってゴメン。ちょっと良い?
今の話。私、犯人分かっちゃったんだけど。」
「?・・・本当?えっ?本当!?」
「・・・思い付きレベルだから、本気にされても困るけれど。」
「大丈夫。言ってみて。手掛かりはいくつあっても嬉しいよ。」
「・・・あー、じゃあ少しだけ。最初の話に出て来たパン屋のおじさんってさぁ」
得意げに推理を披露する彼女がかわいい。私は心の中で笑った。
でも今、一番楽しんでいるのは間違いなく彼女だ。それがとても嬉しい。
ああ、思い出してきた。そうそう、こんな感じだった。楽しみだね。
彼女は、姉に似ている。
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