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アンジュルムと一輪のバラ


竹内朱莉さんの卒業が決まっていた春ツアーの半ばからアンジュルムを好きになったから、最近のアンジュルムしか知らない。2024年11月28日に惜しまれつつ卒業された川村文乃さんのことも、そんなに長くは知らなかった。
そんなわたしにとって、川村文乃さんは「アンジュルムがもっと愛されるために努力を惜しまない人」という印象だった。川村文乃さんが作ってくれるツアーの日程表をカメラロールに保存して、いつでも見られるようにお気に入り登録したし、川村文乃さんがメンバーの卒業のたびに作成していた動画にほっこりしながらも目頭を熱くしたし、高知公演で遠征したときには彼女のインスタを大いに参考にした。
能動的にアンジュルムを愛し、周りの人々を愛し、そして愛されたアイドル。
川村文乃さんがアンジュルムのために行っていた数々の活動や、「マグロを見たらわたしを思い出して」と笑ってアイドル人生を完結させた美しい姿に、わたしは幾度となくサン=テグジュペリの『星の王子さま』を思い出していた。
『星の王子さま』には、一輪のバラが登場する。王子さまの住む小さな星に、あるときどこかからやってきて芽吹いたそのバラは、美しいけれどわがままで、小さな王子さまにあれこれ自分の世話をさせていた。
あるとき、バラを残して旅に出た王子さまは、幾つもの星を経て、最後に地球に降り立つ。そこで彼は、美しいバラの花園を見つける。この世にたった一輪しかないと思っていた特別なバラが、地球にはたくさん咲いていて、珍しくもなんともないのだ、ということを知った王子さまはとても驚き、がっかりする。けれど結局は、自分が故郷の星で世話をしたバラがいちばん綺麗だったと思い直す。王子さまが世話をしたのは、小さな星に咲いたあの花だけだから。
王子さまは、花園のバラに向かってこう語りかける。

「きみたちのためには死ねない。もちろんぼくのバラだって、通りすがりの人が見れば、きみたちと同じだと思うだろう。でもあのバラだけ、彼女だけが、きみたちぜんぶよりもたいせつだ。ぼくが水をやったのは、あのバラだもの。ガラスのおおいをかけてやったのも、あのバラだもの。(中略)だって彼女は、僕のバラだもの」

新潮文庫版『星の王子さま』サン=テグジュペリ(河野万里子 訳)

失望から立ち直った王子さまは、地球で仲良くなったキツネにこう教わる。

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」

川村文乃さんは、アンジュルムを大切に思って、アンジュルムのために、と色々な努力を重ねていた。その努力は、川村さん自身がアンジュルムをさらに愛するための時間でもあったのでは、と思う。川村文乃さんがかけた時間の分だけ、アンジュルムは川村文乃さんにとって特別なものになったのでは、と。

ここからは少し個人的な話になる。
わたしは今の職場が特段好きというわけではない。そしてこの気持ちは、この先もおそらく変わらないと思う。なぜならば、わたしは今の職場に対してほとんど何の働きかけもしていないからだ。上司に現状の不満を打ち明けてその打開策を提案するとか、同僚とのコミュニケーションを増やして風通しを良くするとか、今いる場所を好きになるためには、好きになれる環境にするための努力が必要で、ただじっとしていれば好きな職場に生まれ変わる可能性は、限りなく低いだろう。考えて動いて、時間をかけた分だけ、職場はわたしにとって好ましい場所へと変化し、やがてかけがえのない居場所のひとつへと昇格するのではないかと思う。
もちろんそれは個人個人の人間関係でも、さっきのバラのように趣味でも何でもそうなのだけれど、職場をかけがえのないものにするのは、他のことよりも難しく感じる。それは、わたしにとっての愛すべき場所が、必ずしも誰からも愛される場所になるとは限らないからだ。しぬほど働いてたくさんお金が欲しい人もいるし、適度な労働で生活に困らない程度の給料が貰えたらそれでいい人もいる。誰しもにぴったりとあった労働条件なんて存在しないし、仮に組織に所属する全員に受け入れられる職場があったとしても、その会社が提供するものに社会的評価が伴うとは限らない。
自分個人も、従業員も、顧客も、みーんなを満足させるのはとても難しい。
組織において現状を打破する試みは、複数の他者からの否定という恐怖を伴うものだと思う。
現状維持でさらに嫌われる可能性は低い。でも、さらに愛される可能性も、低い。
職場を変えるような働きかけには、相当の覚悟が要る。すでにある程度出来上がっている場所なら、なおさら。それを、誰からも愛される形でやり遂げた川村文乃さんは、本当にすごい。
何の変哲もない職場とアンジュルムを重ねるなんてすごく不届きだと思うけれど、そう考えると、ますます川村文乃さんに尊敬の念が強まる。

2024年11月29日以降のこの世界。アイドルとしての川村文乃さんは、もういない。パープルに照らされた武道館の真ん中で、彼女を愛したファンに向かって「大好きだよ、ばいばーい!」と笑って、煙とともに魔法のように消え、思い出の中で永遠になった。
卒業後、表舞台に立つことはないと宣言した川村文乃さんは、きっとこの世界のどこかで、今後その能力を存分に発揮してゆかれるのではないかと思う。もちろん、けっして彼女を探すことはないけれど、彼女の新しい活躍に想いを馳せ、今日も幸せでいてくれるかな、と願うとき、わたしはまたも『星の王子さま』のことを思い出す。
王子さまはラストシーンで元いた星に帰ってしまうのだが、地球で友達になった主人公に、こんな言葉を残してくれる。

夜になったら星を見てね。ぼくの星は小さすぎて、どこにあるのか教えられないけど。でもそのほうがいいんだ。ぼくの星は夜空いっぱいの星のなかの、どれかひとつになるものね。そうしたらきみは、夜空ぜんぶの星を見るのが好きになるでしょ……ぜんぶの星が、きみの友だちになるでしょ。

この世界のどこかで、川村文乃さんが自分らしくご活躍されているかも、と思うと、朝電車に乗って普通に働くわたしの世界まで、きらきらしてくるような気がする。背筋を伸ばして出社したくなるような、前向きな気持ちだ。

夢に見てた自分じゃなくても 真っ当に暮らしていく

アンジュルム『46億年LOVE』歌詞


川村文乃さん。
目の覚めるような歌声、アンジュルムを好きになるたくさんの仕掛け、あなたの愛の発露のすべてが大好きでした。永遠を教えてくれたこと、きっと忘れません。大好きです。


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