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【取材記事】世界一周がしたい。その気持ちに正直になった女性の話

世界一周ときいて、どんなイメージが浮かぶだろうか?危なそう?お金がかかりそう?いつかしてみたいけど今じゃない?

わたし自身も、いつか世界一周したいという夢があったものの、まずは英語圏にがっつり住んでみようと思い、今はアメリカでオペア留学という住み込みのベビーシッター制度を使って働いている。

2024年4月、アフリカ支援の夢、世界一周の夢を忘れないように。とPOOLOという旅好きが集まるオンラインコミュニティに入会した。

今回の女性はそのコミュニティで出会った。通っていた時期もコースも違うけど、卒業生コミュニティで「推し用のXアカウントで繋がっている気がする」とDMをもらってから話をする仲に。

そんな彼女の名前はHaruさん。世界一周がしたい。英語力をつけよう。そう思い、仕事を辞めてフィリピンに語学留学にいくことをきめている。

今日は彼女の人生を垣間見てみよう。(8月末取材時の内容です)


人見知りの女の子が、旅にハマり、人生が変わり始めた

国際系の大学を卒業し、学童支援員として4年4ヶ月働いた。7月に退職し、現在はフィリピン留学と、その後の世界一周に向けて準備をしているHaruさん。

「来週から、フィリピンでの語学留学を控えています。正直あまり実感はなくて、昼間は勉強して、夜は友人と遊んで、そんな生活を送っています。」

コスモスのような雰囲気で、話す度に画面越しからでもいい匂いを分けてくれそうな女性だった。そんな彼女は、幼いころから人見知りで、自分で決断できないという悩みを抱えていた。

「わたしは人見知りで人前に出るのが苦手で、自分で決めることができないタイプなんです。ハンドボールをしていたときも、どうすればチームがもっと良くなるのかという話し合いで意見を出せず、『それいいね』と周りに合わせて発言していました。決めてくれる人についていく。そんな子どもだったんです。」

初対面の人に声をかけるのもすごく緊張した。そう話してくれたHaruさん。そんな彼女が旅を始め、世界一周をしようと決断するまでにどんな奇跡があったのだろうか。

バックパッカー中のHaruさん

「本格的に旅を始めたのは、大学生のころです。サークルの先輩がひとり旅の話をしてくれて、ゲストハウスに泊まってみたいと思ったんです。はじめてのひとり旅で金沢と名古屋に行って、ゲストハウスである女性に出会いました。

その方はヒッチハイクで、ひとりでアフリカを縦断してたそうなんです。旅の経験をたくさん聞かせてくれて、ワクワクが抑えきれない自分に気づきました。

そこからタビイクでインドに行ったり、東南アジアを中心にバックパックしたり、卒業旅行でインドに戻ったり。長期休みの度にリュックひとつでどこかに行っていましたね。」

ひとり旅はもちろん、全て自分次第。今まで誰かの案にのって、人に決めてもらう人生を送ってきた彼女にとって、それは挑戦でもあり、自信をつける手段になっていった。そして、いろんな国や地域を回って、もっと世界が見たいという欲が生まれた。

「ひとり旅で自分で考えて行動する楽しさを知って、誰かと一緒にじゃなくて、自信をつけるためにひとりで世界一周がしたいと思うようになりました。」
  
一方で大学卒業を控えて1ヶ月バックパッカーをしたとき、英語が話せない悔しさを知った。

「わたし全然英語が話せないんです。旅先でも気づけば日本人と仲良くなったり、頑張ってコミュニケーションをとっても、何となく楽しい。インスタ交換して終わる。みたいなことが多々ありました。深いつながりを作りたいけど、言葉がわからない。そんな悔しさを抱えていました。」

伝える側になりたい。と幼いころに通っていた学童保育所に就職した

大学4年生になると、卒業後の進路を考えるようになった。国際系の大学に進み、途上国開発や青年海外協力隊に興味があったものの、スキルや語学力に自信を持てずに断念。日本で子どもの教育に関わってみたいと感じたとき、幼いころに自身が学童保育に通っていたころを思い出した。

「自己分析をしたとき、今のわたしの大きな要素って、小学生のころに通っていた学童保育での経験が強いんじゃないかなと感じたんです。

チャリティーで募金活動をしたり、お年寄りに席を譲ったり、人に優しくするという根っこの部分は、学童での経験から来ていると気づき、今度は伝える側になりたいと思い、自分が通っていた学童に就職しました。」

アフリカ旅を聞かせてくれた女性のように、今度は自分が子どもたちにワクワクを届けられる存在になりたいと学童で4年4ヶ月働いた。そこで、子どもの世界がいかに限られているのかを痛感した。

退職のとき仲間や子どもたちから

「4年ちょっと働いて、この仕事は種まきだなと強く感じました。色々伝えたくて学童に入ったけど、小学生にとって海外は遠い世界の話で、家と学校がみんなの世界の全て。外の世界を見る、知るという発想さえ持っていない子がほとんどでした。」

子どもたちにとっては、知っても知らなくても、学校と家庭という世界は変わらない。何かを伝えたいと思っても、押し付けになるんじゃないかと悩む日々が続いた。

「わたし自身、子どもの頃は海外への興味なんて全くありませんでした。でも、もっと早くに知れていたら感じるものや、見える世界が違ったんじゃないかなと思うことがあるんです。

だからこそ、バックパッカーとしてみてきた世界や経験を、子どもたちに伝えたい。そう思っていました。」

子どもたちの世界がすごく限られていることにも、本人たちは気がついていない。誰かひとりだけでも、遠い先の話になっても興味を持つきっかけになってほしい。と話し続けた。

全員に届かなくていい。って思うとすこし楽になった。人間関係も良好で、仕事が楽しくなっていたものの、学生時代から夢だった世界一周も頭の片隅にずっといた。

POOLOに入り、職場環境が変わり、世界一周への夢が動き始めた

仕事も楽しいけど、夢も挑戦したい。そんな思いから、自分理解と仲間を求めて2023年の3月にPOOLO LIFE 5期生になった。そしてその年の4月、人事異動で部署が変わり、働く意味がわからなくなった。

「異動で環境が大きく変わったんです。わたしは自分が学童でたくさんの経験をして、そこでの時間が子どもたちに大きな影響を与える可能性があると感じていました。

だからこそ、毎日新しい発見をして、キラキラした目で話してくれる子どもたちに対して、いままでのような愛情をかけれないことに恥ずかしさとモヤモヤが募り、ほかにふさわしい人がいるんじゃないかと考える日が増えたんです。」

仕事へのモチベーションが下がる一方で、世界一周は当たり前。そんな価値観の人が多いPOOLOでの生活は夢へのハードルをぐんと下げた。

POOLO仲間と大運動会

「暇さえあればPOOLO仲間と話しました。たくさん話して、これからどんな人生を送りたいのか考えたときに、やっぱり世界一周がしたいと日に日に思いが強くなったんです。

コロナでどこにも行けない状況が続いた影響だったり、もともとハンドメイドなどの低コストな趣味が多く、貯金は割とあったんです。もうこれは行くしかない。まずは留学に行こう。とじわじわと気持ちが固まっていきました。」

これからの人生。不安を抱えたままワクワクを大切にしていきたい

2023年10月ごろに退職を決意して、今年の7月に退職。不安はあるけど、後悔はしていない。

「まずは3ヶ月フィリピンの田舎に留学して、帰国後は日本のゲストハウスで住み込みで働いて資金と人脈を作ろうと思っています。

東北を旅したとき、ゲストハウスのオーナーに旅の工程を相談したら『まずは日本にいるうちに、世界中に友達を作ったらいいよ。その国をもっと知ることができるから』って言ってもらったんです。

世界一周は4月出発で考えていて、時間もあるのでまずは日本で人脈作りをと思っています。」

フィリピン留学中のHaruさん

覚悟を決めた目で強く語ってくれたHaruさん。仕事を辞める、世界一周に行くことへの不安はないのだろうか?

「不安はふとしたときにやっぱりよぎりますよ。仕事を辞めるときは、社会のレールから外れる不安がありました。平日にショッピングモールに行くと人が少なくて、みんな働いているのに自分は何をしてるんだろうって思うこともあるし、貯金残高を見てもう当分増えることは無いんだな。って悲しくなったりもします。

でもだからこそ、いまある自由時間をどう使うかを意識しています。続ける方が楽な性格なので、このままじゃダメだっていう気持ちと、新しく始める不安はずーっとあります。」

いろんな気持ちを見せてくれた。

迷うけどやっぱりやりたい。Haruさんのこれから

「世界一周は1年間、帰国後のしばらくの間の生活費を残して、予算は300万前後で考えています。

ウユニ塩湖は絶対に行きたくて、あとはいろんな国のお祭りを見たいです。東北のねぶた祭りに行ったとき、いままで全く知らなかった青森の独特さだったり、地方の祭り文化を強く感じたんです。

長い間かけて準備して、数日間に全てを捧げる。そんな暮らしがカッコよくて、国内外問わずもっといろんなお祭りをみて、非日常の中の楽しみを全身で味わいたいです。

具体的なルートは決まっていませんが、いろんな人に相談してアドバイスをもらって、やりたいことを言い続けるとみんながどこかに繋いでくれるので、とにかく言い続けてもっとクリアにさせようと思っています。」

刺激だらけのねぶた祭り

夢のキラキラをわけてくれて

わたしもPOOLOに入って、世界一周が当たり前になった。Haruさんのように推しのアーティストが同じだったり、以前オペアをしていた人だったり、別のコミュニティに入っていた人だったり、まさかの繋がりがたくさん生まれた。

みんな夢があって、思い出したい、忘れたくなくてこのコミュニティに入っている。そして、ひたすら話すことで自分に大丈夫だという暗示をかけ、実行していく。

また、仲間の夢を聞いて、自分も動きたいとソワソワして気がついたら仕事を辞めている。笑

たったひとつのコミュニティが、期を超えて繋がりをくれて、世界中に散らばる仲間たちに会いにいく口実をくれた。

Haruさんの世界一周への道は、新しい選択をする仲間に対して応援したい気持ちと、自分自身へのガソリンにもなってくれた。

「世界のどこかで会おう」

この合言葉を、これからもPOOLOで言い続けるのだろう。


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