義母の涙と義姉の怒号。

そして果物と漬物とスナップエンドウ。
帰省という夢を叶えた結果、私が得たものである。

2022年、秋。
実家から福岡へ戻る車の中で、私と夫は帰宅後の打ち合わせをしていた。
「晩ご飯どうする?私はお惣菜で済ませたいんたけど…」
「俺もそのつもりだった。長女姉の家に母ちゃんを迎えに行く『前』に買いに行こう。」
夫の理解が早く的確で助かったと思った。
1年以上振りの帰省はとても楽しかったが、とても疲れるものでもあった。
帰省した時期柄稲刈りの手伝いもあったし、珍しく夜泣きをした息子の対応もあった。
この後夕飯を作る余力など全くない。
義母を連れてスーパーに行こうものなら間違いなく消費できない量の食材を買い漁る。
それをなだめたり止める気力ももちろんなかった。

そんな私達を待っていたのは、笑顔の義姉(長女)と義母だった。

発車する直前、義姉は何か色々なものが詰まったビニール袋を渡してきた。
「おかあさんに、好きな物、たーっくさん、食べさせてあげてねっ!」
車が動き出してからしばらくの間、義母は異様なほどはしゃいで話していた。
長女ちゃんの旦那さんがどこどこに連れてってくれた、外孫ちゃん達がこんなことを言ったのよ。
…などなど。
夫は短い相槌しか打たず、私も気のない返事しかできなかった。
私の頭の中はビニール袋の中身は冷蔵なのか冷凍なのか、冷蔵庫に入り切る量なのか、そんなことばかりで一杯だったのだ。
やがて義母は無言になったが特に気にもとめなかった。

帰宅後、早速ビニール袋の中身をテーブルに並べた。
柿3つ、りんご1つ、ぶどう1房、複数の漬物、スナップエンドウ1パック。
冷蔵庫に入りそうな量でホッとしたが、腹も立った。
言わずもがな、どれも透析患者に推奨できかねる食べ物ばかりだからである。
透析クリニックからカリウム数値の悪化を指摘されたのはたった数日前のことで
その採血データは写真に撮って義姉達にも送っている。
その上でこんな物を買い込む義母も、買わせる義姉(長女)も、一体どういうつもりなのか。
そう思いながら苦い顔をしている私の耳に届いたのは
「晩ご飯にねぇ、スナップエンドウを食べたいのよ。塩コショウして、炒めて…」
と言う義母の言葉。そして
「俺らは疲れてるし、晩飯はもう準備してある!」
と怒鳴る夫の声だった。
流石に強く言い過ぎだ、と思った。だが何も言わなかった。
夫に対する無言の賛成である。
「そんな言い方しなくても良いじゃない!」
義母はそう叫ぶと自室に戻った。
間もなく、義母が号泣しながら誰かに電話をかける声が聞こえた。
相手はきっと義姉(長女)だろう。息子に怒鳴られたと話しているのだろう。
そう推察した上で、てきぱきと荷物の片付けや息子の風呂入れに取りかかった。
義母の愚痴を聞く最適任者はいつも義姉だ。話を聞いてもらえば落ち着くだろう。
私の役割は夕飯の時に義母と夫を取り持てるよう話をすることだ。

しかし十数分後。
夫に義姉(長女)から電話がかかってきた。
夫は面倒くさそうに通話ボタンを押し、義姉(長女)と話し始めた。
しばらくすると夫は、怒りを堪えきれないといった様子で手を震わせ始めた。
「姉ちゃんいい加減にしろよ、俺らだって疲れとるんや!」
何か様子がおかしい。私はハンズフリーにするように求めた。
すると、義姉の絶叫が響き渡った。
「誰だって疲れる!!!言い訳するな!!!」

その後の彼女の金切り声を掻い摘みながらまとめると、以下のような内容であった。
「おかあさんはあんちゃん達のことも考えて沢山お買い物をしたのよ!」
車内で義母がそれを説明しているのに
「アンタ達は私のおかあさんを無視した!」
にもかかわらず
「帰った途端、買った物をテーブルに並べるなんて、まるで検問じゃない!!!
おかあさんが好きな物買って何が悪いって言うの!?」
『検問』された挙句料理のリクエストを却下され、義母は深く傷付いた。
「おかあさん泣いてたでしょう、気付かなったの!?
何で見に行ってあげないの!?話を!聞いてあげないの!!!
おかあさんは病気なのよ!!
泣いて呼吸困難になったり、心臓が止まったりしたらどうするの!!!
泣いてるって分かってるのに声をかけないなんておかしい!
泣いてる人を励ますのは世間一般の常識よ!」
そもそも、帰省に関する私達のやり方も疑問だ。
「わざわざオンラインで主治医の先生と話させるなんて、そんなに病気が悪いってこと!?
どんな風に受け止めたら良いのか、私はずっと悩んでた!!!」
私はともかく、何故夫は付き添わないのか?
「パパ(義姉長女の夫)だってそう言ってたよ!!!」
…というものであった。

車内での受け答え。『検問』。素早くフォローをしない。
言われて始めて、私にも非があることに思い至った。
余命宣告を受けている者に対し、あまりにも配慮が足りない。それは事実だ。
このnoteを読んでいる方は信じて下さると思いたいのだが、私は日常的にこのような態度を取っていた訳ではない。
この時私はとにかく疲れていたのだ。しかし
「誰だって疲れる!!!言い訳するな!!!」
と言われた直後にどうしてそんなことを言い出せようか?
何より義姉が怖くてたまらなかった。
あえて濁さずに書くが、電話越しの彼女のヒステリックな口調は、とても正常とは思えなかった。

「私の母が何をしましたか?私の母が!?!?
私のおかあさんが何をしたって言うのよ!?!?
おかあさんの命…私のおかあさん…私の…私のおかあさんよ!!!!!!」

泣き叫び過ぎて過呼吸を起こしそうな、この、成人女性にできる唯一のこととして、私は謝罪と反省の言葉を繰り返した。
それは数分間に渡った。
きちんと反省し義母に謝罪する、という約束で、ようやく義姉との電話は終わった。

夫と揃って義母の部屋に向かうと、義母はまだ泣いていた。
それはまた別の地獄であった。
「あんな風に無視されたおかあさんの気持ちが分かる?どんな気持ちだと思う?
あんちゃんがおかあさんみたいな病気になった時、お嫁さんにこんな風にされたらどんな気持ちがするか考えてごらん?」
私は考えてみた。それはとても辛いことだ。
その罰として、帰省の楽しい思い出を台無しにされ、一方的に狂気的に怒鳴りつけられるのは、あまりにも重すぎるのではないか?
とは言え私はただひたすらに謝った。
そう約束したからでもあるが、私が思いやりに欠けた対応をしたことは疑いようのない事実だったから。

義母は快く許してくれた。
「息子にあんな風に怒られる。お嫁さんに無視される。
初めてのことでびっくりして、おかあさんも大袈裟に騒ぎすぎたかな?と思う。
おかあさんも反省するところは反省します。お互い良い勉強と思わないと、ねっ!」

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