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スモモモモモ 「ユスリカの仲人編」
まえがき
川で洗濯をしていたおばあさんは、一体なぜ流れてきた大きな桃を拾ったのか。日本一、有名な昔話のオリジナル前日譚です。
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一 時計じかけのおじいさん
『ある山里に、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ・・・。』
もちろん、実際は、おじいさんは芝刈り以外に、おばあさんは洗濯以外にも、生きるための色々なことをしている。つまり、この老夫婦が、どんなところに住んで、どんな暮らしをしていたか、をまずは説明しようと思う。
まず、彼らが住まいとしていたのは、里と言っても、だいぶ山の奥に入ったところ。言ってみれば、畑や稲作をしているようなところ、谷に作られた集落の片隅、「やあ彦作おじいさん、調子はどうだい?」というような、外へ歩けば、隣近所の村人と顔を合わすようなところではない。
もっと、人より鳥獣の数の方が多い、そうだな、現代なら、少なくとも村から15分は車を走らせた山奥にある。昔のことだから、歩いて1時間はゆうにかかる。いや、2時間くらいかな。だから、まあよっぽどのことがない限り、二人は人里に降りてこないわけ。むしろ、そう言う場所を選択したんだよね。
このおじいさんっていう人は、杣人(そまびと)っていうことをやっていました。
杣人っていうのは、つまり木こりで、木を切って材木を得ていたような人たちのこと。大まかに言うと、今の林業みたいなこと。もちろん、チェーンソーがない時代。
すごく身体的能力に優れていて、山の中をひた歩き、知り尽くしている。
さっき、鳥獣の方が多いほどの山里、と言ったけれど、おじいさんなんかは遠目で見たら、猿そのもの。背丈は小さいから、それでいて、ちょこまかと、木の間をすり抜けていく。
木の種類はもちろん、目の前の木がどんな木かと言うのを、対話して、伺うことができる。立ち枯れている木には見切りをつけ切断し、新たな芽生えを促す。若々しい木に出会うと嬉しそうで、双子のように二股に別れている木には片方を切って、栄養が長男に行き渡るようにする。図体がデカくても、中が間伸びして詰まっていない見かけ倒しの木も見抜く。根っこを見て、幹を見て、葉を見て、枝ぶりを見て、周囲の風を感じ、木漏れ日から日当たりを見て、動物の雰囲気を感じて、環境を知る。
たまに、手を回してちょうど向こうで両手がつくぐらいの木に、3、4本の縦筋の傷がついているのを見つけると「おい、クマ公よ、俺は猟師ではないから黙って聞けよ。その尖った爪で、己の力を試すのはいいが、俺の刃物の切れ味もなかなかなのだ」と言ってみたり。そうやって木と対話するんです。
やあ、お前はどんな風に育ってきた?どんな風に守られてきた?どんな水を吸い上げてきた?どんな土から食べさせてもらってきた?どんな景色をここで見てきたんだい?
おじいさんはまず、気に入った木を見つけると、黙って片手を木の幹に当てて、聞き取りをする。いくらか、聴診器のように当ててみたところで、梢の高いところを見上げたり、根っこをわざと踏んでみたりする。周囲の木との環境を見やって「よし」と。
「これから、お前さんを切り倒すけどね、それは今度は道具としての一生を始める準備でもあるから、そのつもりでいてくれよ。」
「俺たちは人間で、山に守られて生きていかなきゃならん。寒さを凌ぐための薪に使ったり、家を建てる木に使ったり、こうやって道具にするための材にしたり、色々な事で力を貸してもらって生きてるんだ。」
「本当にありがたく感謝するよ。」
こうやって、おじいさんは木を切り倒す前は、森に向けて、山に向けて、感謝の祈り
を捧げる。
祈りが終わると、その日は切らずに家へ帰る。
おばあさんに飯を炊いてもらいおむすびにすると、それを携えて、次の日の夜明け前に山へ入る。日の出とともに世界が明るくなると、持ってきた刃物道具を並べる。持ってきた刃物袋には幹を切り倒す斧や細かい枝を薙ぎ払うナタが入っている。
それでもって、えいやとばかりに斧で木を初めて切り倒しにかかる。コンコンと、静かな森にその、斧が木に立てる音が鳴り響く。蒸気する、おじいさんの顔。斧を振るううちに、湯気のようなものが沸き立つ。木肌に食い込む斧の先端。木は、ゆっくりと、しかし確実にその切り込みを深くしていく。年月をかけ、重ねた年輪に、刃が食い込んでくる。
コンコンと、さっき刃を入れたところに、再び同じように斧を入れる。正確に、まるで、手元が狂って、違うところに無駄な傷をつけぬように1ミリ、また1ミリと、ちょっとずつ木肉が外気に触れていく。暑くなってきたおじいさんが、着物を下ろし半裸姿になり、さらにふんどし一丁の姿になる。
常人なら十回とてまともに振り下ろすことのできない重い斧を、おじいさんは淡々と振り下ろす。力任せではなく、狙いを絞って、同じ力で、同じリズムで刻んでいく。まるで時計のように、コンコンという音が山にこだまする。鉢巻をしている。が、それも汗を吸って、滲んでいる。汗が滴となって落ちてくる。それでも、一時も休むことなくおじいさんは斧を振り続ける。まるで、それは斧を振るう人間というより、斧が身体と一体になって、斧に身体が動かされているような。そのうち、風がざわめき、雨が降ってきた。
もはや、汗なのか雨なのかわからないが、雫に濡れたおじいさんの体から熱が発気する。刃を入れたところに、斜めから別の角度で刃を入れて、楔を打ち込むための空間を作ると、そこに木端を挟む。程よいところで、楔を抜くと、木は倒されていく。
木に刃を入れて1時間も経たないうちに、ドシンという音が山へ響き渡る。
眠っていた動物たちが、その音で目覚める。鳥たちがバァーッと飛び立つ羽音が聞こえる。眠っていた鹿は何事かと身を起こして走り出す。さながら、森の目覚まし時計のようにして、おじいさんは1本の木を切り倒した。
というような感じで、おじいさんは、芝刈りどころか大木をなぎ倒すほど、の山人だったんだけれども。
否、おじいさんは今でこそ、充実した山ライフを送る孤高の老人ですが、30年ちっと前は、精悍そのものといった若者で、今のように自分の山だけということでもなく山から山へ、まるで頂上から見えるそこらの頂へジャンプするかのように、山中を飛び移って木を切っていました。
それも1人ではなく、自分よりも若い人も年老いた人も、皆彼の腕に惹かれて集まってきて杣人集団という感じで、チーム山猿といった職人集団のリーダーだったのです。ハイ。
おじいさんのお父さん、つまり桃太郎のひいおじいさんにあたる人も。そのまたお父さん、つまりおじいさんのおじいさん、桃太郎のひいひいおじいさんにあたる人も。
ずっとこのあたりの山を切って生活してきた、代々続く杣人家系でした。ただ切って満足するのではもちろんないです。ハイ。今の日本の山というのは杉が多いでしょ。あれ、全部植林なのね。戦後に焼け落ちた街を再建するために木を切りまくって家にした。切って終わりじゃ坊主の山だから、すぐに生える杉を植えた。
でも、元々は針葉樹から紅葉樹、低木から高木までさまざまな種類の木が生え揃う、豊かな森だったのでそれを偏った植林をしたことで、地盤が緩くなって崖崩れしたり、生えすぎて今度は切るのが間に合わなくなって栄養不足の細い木が立ち並んだり
こりゃイカンということだ。つまりね、
「ヤマの管理っちゅうのはよ、切ってするもんだ。」
「そこらの女子じゃないし、花を愛でるようにただただ森を眺めていてはいけない。なんていったって、俺たちは森と共に生きてるんだ」
「木を切らねえっていうのは、ザンバラ髪のボサボサ頭でいるってのと一緒。そしたら山が老けちまう。」
「物事は、必ず手入れをするんだ。おめえんとこの女房だってそうだろう。知らねえところで女を磨いてる。そしたらおめえも惚れ直すってもんだ。」
「とにかく、いいか!俺たちは、木を切る。それはそうすることで、山を若返らせるためにしてるんだ。何事も終わらせるから、次が始まるんだ。」
先代から受け継いだ杣人のポリシーを、若い頃のおじいさんはうんと吸収して、それを集まった弟子たちに伝え、文字通り、山を管理していきました。
人が生きるように、山も生きている。お互いが暮らすために、適切にお世話をする。山の守り人、としてのおじいさんだからこそ、年老いた今も、谷間の里ではなく、守り深い山奥に家を構えました。
少々、説教臭くなってしまいました。文体まで丁寧語になっています。というのも、大体、おじいさんは人に慕われたけれども、その分若い頃から立派で、同時に説教くさい人でもあったようです。だから、ここのパートが説教くさい感じになるのも致し方ない。
一 もぐさうた
これまで、桃太郎と桃次郎のおじいさんの話ばっかりしてきたが、おばあさんの方はどうかというと、これまた二人の出会いに遡る話。なんでも、馴れ初めは昔では珍しいレンアイだったそうで・・・。
若き俊敏なおじいさんはいつものように山あいに立ち入っていました。この時は一人で、仕事ではありませんでした。
「梢が騒いでいる。俺が来てもそっぽを向いたままとは何事。」
森の中は、どんよりとした空気を漂わせ、昼間なのに暗いのは枝葉で覆われているだけではないようだ。
「川の流れもおかしい。こんな時間に蚊柱。何を浮き足立っているのだ。」
森の奥が歪んでいる、ように見えた。まるでヒッチコックのドリーショットのように、いつもなら二十間離れた木の枝に止まる目白がわかるのが、果てしなく遠くまで拡がっているような感じだ。黒い。
山で修行し身につけた野生の勘を持つおじいさんの、鼓動が早まり始めた。しきりに目を細めて、周囲を伺おうとするが、気づくと立っているのもやっとの状態。ふと脳裏に、昨日の光景が浮かび上がる。
「あんちゃんねえ、そんな小汚い格好して、人様の前に出てきちゃいけないよぉ。ここは贔屓の旦那衆だって立ち歩く通りなんだヨォ。イヤだねぇ、そんなみっともない。」
材を売った金で生活品を買いに来ただけだったが、店(たな)に立つ売り子が露骨に嫌そうな顔をする。
「野菜と米を少々、それと酒を十升いただきたい。」
杣人は山の聖人だったが、里では好かれなかった。理由は二つある。まず洗練されないこと。人間より鳥獣との距離が近いので、町のようなうわべを着飾る文化がない。自然の美しさに魅了された山人には、わざわざ都会人が作り出した規則性やそれを崩す洒落というのも分からない。
次に、金がない。材は売れるが、飲み食いや装飾品に比べれば安かった。築城主や権力者に囲われて雇われれば話はちがって潤うが、少なくともおじいさんは自己アピールに乏しかった。また、面倒見のいいおじいさんは身内の職人には払うのを惜しまなかった。自分のため、森のために働いた仲間にはたんと食わせ、いい布団で寝かせた。最後に残るのは、漬物と茶碗一杯の固飯ということも多かった。酒は無論、若衆を労うためだった。
「おいおい、杣人ともあろう者が、そんな酒を喰らってどうするんだい?顔を赤らめて鬼にでもなろうというのかい?山猿さんよ。あいにく、店には酒が切らしちまってね。これで勘弁してくれないか?」
勘弁とは字ばかりで、顔に嫌気が塗りたくってある。おじいさんは、肩に力が入るのがわかった。
何事も冷静に。そうでなければ山の神に遊ばれる。小さな頃からそう教わってきたおじいさんは、感情のコントロールが身についていた。倒した木の下敷きになる者者、足を滑らせて滑落する者、川に流されて行方不明になる者。自然の下で生きる杣人の寿命は短い。意識を集中させて、音に耳をそば立てる者が生き残ることができる。
それが今は、ドクドクという自分の音で満たされていた。怒りに耳を貸してしまったことが悔やまれる。もはや周りの音は何も聞こえない。森の奥から何かやってきた。
何事も冷静に。そうでなければ、山の神に遊ばれる。小さな頃からそう教わってきたおじいさんは、感情のコントロールが身についていた。倒した木の下敷きになる者者、足を滑らせて滑落する者、川に流されて行方不明になる者。自然の下で生きる杣人の寿命は短い。意識を集中させて、音に耳をそば立てる者が生き残ることができる。
それが今は、ドクドクという自分の音で満たされていた。怒りに耳を貸してしまったことが悔やまれる。もはや周りの音は何も聞こえない。森の奥から何かやってきた。
++++
おばあさんは、好奇心旺盛な娘だった。それは年老いた今でも変わらない。でも昔は、なぜ?とか、なんだろう?が顔より先に立って歩いている状態だった。特に、人間とは違う、獣とも違う、口も鼻も目も耳もついていないのに、同じように呼吸し、水を飲み、成長して大きくなる。早い話、植物が彼女のヒーローだった。
当然のこと、屋根の下で学ぶ読み書きは退屈だった。縁から覗く緑に早く会いたかった。今目の前にある、誰かが作ったこの机の元の姿を想像して、切られる前の大樹に群生した蔓化の植物たちを想った。散らす落ち葉を頭の上に乗せた鮮やかな色の茸を描いた。鳥たちが落とす実の種が、雨の点滴で生を受け孵化する様を言葉にした。もっと早い話、自然が彼女の学校だった。
今でもそうなのだが、この時も採集に勤しむあまり、知らぬ森に足を伸ばしていた若きおばあさんは、喉の渇きを覚えて川を探した。なあに、山で水を探すのは簡単だ。それも植物が教えてくれる。隆起する地肌に張り巡らせた木の根っこが案内板になり、湿地に芽生える数々の低木が期待感をもっておばあさんを導いた。伸びる草木を前に、小川を見つけたおばあさんはゴクゴクと水を啜ろうと腰を屈めた。と同時に、誰かの視線を感じた。揺蚊がうるさかった。
++++
初めて見る光景に、おじいさんが鬼と思ったのも仕方あるまい。こんな山奥に年頃の女子が、町人の格好をして立ち入ってくるとは、なるほど、これほど分かりやすい幻はない。弱った自分に妖怪の類がつけ入ろうとしていると考えるのが真っ当。しかし、先ほどから川の向こう岸にしゃがみ込み、二つの大きな瞳でこちらを見つめる小鬼は、どうも様子がおかしい。手をお椀にして水を溜めて顔の前に持ってきた姿勢のまま、ずっと目が合っている。間に挟むものは黒いドットの集合体。
++++
好奇心溢れる少女はまず、蚊柱にこう伝言を託した。
「さて、対岸にいる貴方は、人でしょうか?もし、そうならば、気づかずに失礼しました。ちょっとだけ喉が乾いたのです。水を飲ませてください。」
蚊柱は、ユスリカという虫の一種が大群を成して群れている塊の呼称だ。彼らは全員がオスで、繁殖のためにメスを誘おうと集団で空中ダンスをする。無数の小さな点の翅が擦れるわずかな擦過音が集まると、独特のノイズを奏でる。その振動が空気中にコードを描き、見えない言霊を無垢な杣人に伝えた。
心にスッと少女の言葉が染み入ったように聞こえた。いや、そう信じたい。
この影は、どうやら川を挟んで言霊を介すための媒介者のようだ。青年は心に想ったことを蚊柱に向けて矢のように放ってみた。唾が乾き切って、喉を鳴らすこともできない。すべての時間は、三つや四つほど遠くの山すそへ弾け飛ばされたようだった。
「もし、あなたが鬼ではなく、妖でもなく人ならば、お答えします。いえ、もはやそうであってもいいのです。私は目の前にいる貴女と話がしたい。水ならば、飲まないほうがいいでしょう。ここに来た時から澱んでいます。上流に泉があるので、そこならば美味しい水で腹を満たせます。」
やっぱりそうだ。得意気になった少女ははにかんだ。
当然のように、屋根の下で学ぶ読み書きは退屈だった。縁から覗く緑に早く会いたかった。今目の前にある、誰かが作ったこの机の元の姿を想像して、切られる前の大樹に群生した蔓の植物たちを想った。散った落ち葉を頭の上に乗せた鮮やかな色の茸を描いた。鳥たちが落とす実の種が、雨の点滴で生を受け孵化する様を言葉にした。自然が彼女の学校だった。
伊吹山は〜。
現在の岐阜県と滋賀県の県境に、伊吹山という古くから薬草で有名な地域がある。なんでもここに、織田信長がポルトガルの宣教師に薬草園を造らせたとか。薬草の歴史は、残っているだけでも平安時代かららしいが、もっと古くから人類は使っていたのだろうと思うけれど。
おばあさんは、伊吹山の麓にある艾売りの商店に生まれた。そこらは柏原宿という、東西の要所で、お灸の文化もあったので、艾売りの店が多く立ち並んだ。艾というのは、ヨモギの葉を乾燥させて粉末にし、それに火をつけて肌の上に乗っけて身体を温める、ちょいとハードな治療なのだけど、病にかかると祈るぐらいしかなかった時代には、これはれっきとした方法だった。商店の家に生まれたからには、勉強なんかしていられない。言葉が話せるなら店子に、しゃべれなくても抱っこ紐で母ちゃんや姉ちゃんの背中で見て育つ。「良質な伊吹艾はこちらですよ、お兄さん。旅のお疲れに、お灸どうですか?よかったら、うっていきませんか?」
おばあさんの母親ーつまり桃太郎のひいおばあちゃんってことになるけれどもーは娘の姿を目の端にとらえた。「あら、そんなとこにいたのかい」
「お前、あんなところに行ったって、商売の何の役にも立ちゃしないんだからね」娘が寺子屋に行ったのは今日が初日だった。かねてより本好きの娘たっての願いを聞いてのことだった。
「さあ、わかったら手伝ってちょうだい。お前もこの店に生まれたのだから、自覚を持って。少しはお兄さんを見習ってほしいねえ。」
兄は今日も先頭に立って艾を売り捌いていた。年は10の頃だが、生まれた時から口が達者で、物怖じせず、人懐っこくて兄が店に立つと、一瞬で通りすがりの客が立ち寄って渋滞になるため、近隣の店からクレームが来るほどだった。そのため兄は、他所の店の分まで宣伝をはじめ・・・
「石神屋の艾は体に効くよう。灸は熱いのがいいんだっていうそこの御仁。刺激を求める旦那には、石神屋の焼石のように熱くなる艾がおすすめだよ〜」
「「大網屋の艾は、細かいよう。頭、腕、肩、首、背中、鳩尾、腰、膝の裏、つま先と、使う場所によって、艾の種類が違うんだ。網のように張り巡らされた気の通りをよくするなら、大網屋の艾が一番だよ」
赤耳屋のお灸は3日続くよ。お灸をやめてもずっと身体がぽかぽか、耳がずっと赤いほどだよ。体だけじゃなく、頭まで冴えてくるんだから、これから仕事に行く若旦那にはもってこいだよ」
「良くて艾、悪くて艾」(みたいな、昨日調べてたやつ)という言葉は、伊吹山の麓で艾を扱う商店が評判を落とさぬよう品質を管理したことによる。
柏原宿にはたくさんの艾商店が立ち並び、客はどこで買ったらいいか分からないぐらいのものだったが、兄はその一つ一つの店の特徴を把握していた。そればかりか、類まれなる記憶力と分析力でそれぞれの長所を見極め、見合う客を見つけては売り文句を浴びせかけた。売れない訳がなかった。
「おっといけない、自分とこの艾を忘れてた。錦兎屋のお灸は特別ってなもんさ。なにせこいつは艾が違う。数ある伊吹艾の中でも、深い山奥に自生する七色の艾を取ってきてるんだ。信じないなら買ってみなよ。贈り物にしたって喜ばれるよ。」
兄とは違い妹は、店で人と接するより、草木と触れ合う方が落ち着いた。そのため、錦兎屋の高級艾「七色灸」は妹が取ってきたものだった。
「お兄ちゃんと比べ・・・この子はもう、しょうがない子だねえ。お前も五代続く艾屋の娘なんだから、せめてもぐさ歌だけでも覚えてくれないかねえ」
もぐさ歌とは、艾屋の子供たちが幼い頃から口ずさむ歌で、「もぐさやもぐさ、あついとあつい、こらえなされや、けむりのすむまで いぶきもぐさは からだにきくよ よもぎのはっぱで ぱっぱっぱ」
「お母ちゃん、いいんだよ。妹の艾は、お客に評判がすこぶるいいんだ。他の店のものと違うって。なかには、お灸の煙が歌うって客もいるぐらいさ。」
兄はよく妹のことをわかっていた。
「俺は売るのが得意。この子は蓬を取ってくるのが得意。だから、妹は山へ行ってた方がいいんだ。」
「しょうがのない子だねえ」
お母さんはなかば諦めるような風にして、商店街を背に颯爽と裏山へ行く娘を見送る。
娘は山へ足を向けると、一歩ごとに心が軽くなるのを感じた。店にいた時は何か思い足枷をはめられていたように木が沈んだが、それが今では自分の足が生きものようにどんどん前へ進むのを止められない。
「もぐさや〜もぐさ〜」
さんざん繰り返し聞いてきた歌だから覚えてないわけじゃない。ただ、自分の声を人に聞かれるのが嫌なだけだ。そんなことなら恥ずかしさのあまり何も前が見えなくなる。幼い頃はそれでも歌っていた。でもある時、訪れた旅人が店の前でご機嫌に歌う様を聞きつけ文句を言いにきた。
「せっかく癒されにきてるのによ、なんだかさっきから調子っぱずれの変てこなカラスの鳴き声みたいなのが座敷に響き渡ってきてよ。それ聞いてたらお灸も熱くなり始めてたまんねえ。とても落ち着いちゃいられねえよ。とにかくお嬢ちゃん、やめてくんなし。あんたが歌うとね、こっちはオチオチ休むこともできねえんだよ。歌うならてめえん家でやりな。」
まだあどけない、年端もいかない頃である自分が、そんなしわがれた声で休んでいる客の休みをも妨げるほどの不快さを醸していることに驚いた。バーンと巨木に正面衝突したみたいにショックに打ち付けられた幼女は、目の前が真っ暗になりながら帰巣本能だけで店に戻る。大事な品物がぎっしり詰まった中を、大人の腰ほどもない背丈の娘がふらついて歩く。恥ずかしさのあまり顔が焼けるように熱かった。赤面リトルゾンビはそのまま倒れ込むようにして、品物の飾った棚に正面衝突し、売り物の艾を雪のように店内に散らした。歌は人前でしてはいけないことリストに加えられた。
森はうるさい。好き勝手に歌う。騒々しいくらいだ。さえずる鳥や流れる川の音はもちろんのこと。こんもりと葉を籠らせた紅葉樹が自慢げに枝ぶりを揺らし、日光を浴びて乾燥した木の皮は気怠そうに古皮を落ち葉の上に落とす。▼キノコは地中でぶつぶつ言うし、ツタは巻き付いた大樹に甘ったるい声で子守唄を囁く。口々に、声高に、それぞれがさまざまに、自分らしさを満喫する。しわがれ声がなんだ。金切り声がなんだ。当たり前のことのように、みんなちがう。森は自由になれた。娘が歌える場所だった。
「それはいつもちがう。見るたびにちがう。生えてる場所もちがえば、大きさだってまちまちさ。」
––娘が歌うと森が応えてくれる。
「七色蓬は気分屋さん。旅をするように生きている。」
「そうさ、ちがう。だれもがそうさ。変わらないものは、何一つないんだ。」
––森はさながらミュージカルの舞台のようだ。
「だから美しい。」
「目を見張るものがある。」
「次はいつかな?」
「逢いたければ逢えるさ。しるしは君に見えるかな?」
「ええ。そこら中に漂っていますもの。」
「それじゃ近いぞ。足跡をさがせ。トリの脚のようなカタチ」
「トリの脚って?」
「よく聞くんだお嬢ちゃん」
「植物と話すには、握手をしよう。」
「手を見てごらん。みんな違う形をしているはずさ。それがトリの脚さ」
「七色ヨモギは気分屋さん。」
「そう、葉っぱのギザギザは、気分を表すのさ。」
「閉じてるときはグー。開いてるときはパー。」
「でも、だいたいチョキなんだ。」
「ヨモギの中でも、ナナイロさんはじっとしない。」
「落ち着くことが苦手なのね。」
「そう!だから旅して知ってるんだ。世界のイロイロなこと」
「今日は何イロ?どんな気分?ナナイロヨモギが教えてくれる」
「ナナイロヨモギは君が主役」
「生きてる限り誰もが主役!」
「さあ今日も旅をするんだ ナナイロヨモギのように!」
ナナイロヨモギは虹色に光る。それは字の通りではない。色とは通常、物に光が当たって反射したものが目の網膜に届き、それを視神経を伝って脳で処理することにより「見える」らしいのだが。虹色のヨモギがあるとすれば、それは何の作用か。もとい、現実とは何か。ヨモギ娘にしか見えないのはなぜか。
おそらく幻は日常的に見ている。懐に忍ばせてきたはずの煙管がない。土間に立てかけていたはずの傘がない。そのことを、単に煙管を忘れてきただけ、傘を人に貸していただけ、ただの思い込みなのだと考えることもできる。しかし肝心なのは「ないことに気づくまでの間」はれっきとして煙管は懐に入れて運ばれてきたし、傘は持ち主に使われるために壁側で雫を垂らしていたのである。
お灸庵で艾から上がる煙が踊っているように見えるのも、森を歩くと声が聞こえてきてミュージカルのような掛け合いができるのも、蓬が前に来たところには跡形もなく消え去っていて別な場所に自生する場所が移動したかのように見えるのも、「見える」のではない。「事実そう」なのだ。嘘みたいなホントの話しか起こらない世界に娘が住んでいるのではなく、事実世界はそうで、認める認めないではなく、たまたまそれが人より多く娘に起こるのだ。そしてこの時も、偶然とも当然ともいえる出来事が起こった。七色蓬が二人を出合わせたのだ。
++++
知らぬ森まで足を伸ばしていた娘は、なかなか姿を現さない七色ヨモギにふとため息が漏れた。今日はその気分じゃないのかな。私はこれだけ逢いたいのに・・・。気づけば店からそのまま来ていたため着の身着のままだったし、そこら中を歩いたので喉が渇いていた。ひとまず川べりに行って水を飲もう。なに、山で水を探すのは簡単だ。それも植物が教えてくれる。隆起する地肌に張り巡らせた木の根っこの案内板や、湿地に生える数々の低木が手を振るように娘を導いた。背丈ほどの草木を前に、小川を見つけたおばあさんは水を啜ろうと腰を屈めた。その時、誰かの視線を感じた。岸と水面の境界線上で群れる揺蚊がうるさかった。
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初めて見る光景に、青年が鬼と思ったのも仕方ない。こんな山奥に年頃の女子が、町人の格好をして立ち入ってくるとは、なるほど、これほど分かりやすい幻はない。気が弱った自分に妖怪の類がつけ入ろうとしているのだと考えるのが真っ当なこと。しかし、先ほどから川の向こう岸にしゃがみ込み、二つの大きな瞳でこちらを見つめる小鬼は、どうも様子がおかしい。手をお椀にして水を溜めて顔の前に持ってきた姿勢のまま、固まってしまった。間に挟むものは揺れ動く黒いドットの集合体。
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娘に投げかけられた視線は、川を挟んだ向こう側から来ていた。何か襲ってやろうという攻撃的な感じでもなく、いつでも逃げられるよう緊張を張り巡らせる警戒のそれでもない。どちらかというと、矢印には力がなくよれよれとしなだれるように注がれていた。そのか細い糸を辿るように娘がよく見ると、正体は形容し難い影であった。生きているのは間違いないが、獣とも人とも判断がつかない。子鹿ほどの大きさだが、四つ足ではなかった。猿かもしれない。顔のあたりが赤く染まり、ギョロっとした眼に力はない。通常そんなことはないのだが、まるで本当に存在し得ぬものを見ているようだ。
■(書き換え)→ギョロっとした2つの穴のような眼をしているが、その瞳の奥はまるで空洞のようにポッカリと空いている。通常そんなことはないのだが、まるで本当に存在し得ぬものを見ているようだ。
見間違いとはなんだろうか。この世に存在しないものを見ることだろうか。例えば、遠くから見たときは人影に見えたので近づいてみると、ただの岩に過ぎなかったというもの。でも実際、間違いに気づくまでそれは人として存在していなかっただろうか。脳が新しく創造して見せた何か絵や映画のようなものだとすれば、それにどう映し出されどこにしまわれるのか。遠くから見たときは事実それは人であり、近くにいくと岩に変身した。そんな風に考えてみると、説明のつくことが意外と世の中には多い。
人類のサバイバルの歴史において、触らぬものに祟りなし、という格言がある。まだ肉食獣の脅威の下に生きていた時代、人は草食動物の側だった。即ち、周囲の気配に耳をそば立てて少しでも違和感に気づけば直ちに避難する、そういった変化に敏感な性格をした者だけが生き残れた。変化は邪悪なものだった。ましてや自分の見たことのない、得体の知れない何かに自ら近づいていくなど命を無駄にするも同然の行為であった。しかし、それさえも越えた好奇心こそが新たな発見へと結びつき、人類を発展させてきたのも事実。
娘は、何かわからないが、自分を見つめる弱った視線の主を知りたくなった。まず、間にいる蚊柱にこう伝言を託した。
「さて、対岸にいる貴方は、人でしょうか?もし、そうならば、気づかずに失礼しました。ちょっとだけ喉が乾いたのです。水を飲ませてください。」
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心にスッと染み入ったように聞こえた。いや、そう信じたい。
揺蚊(ユスリカ)は蚊に似た羽虫であるが、血は吸わない。繁殖のため集団で空中ダンスを繰り広げると、無数の小さな翅が擦れるわずかな擦過音が重なり合い、独特のノイズを奏でる。その振動が空気中にコードを描き、見えない言霊を無垢な杣人に伝えた。
あまりのことに唾が乾き切って、喉を鳴らすこともできない。青年は立ち上がり、想ったことを蚊柱に託してみた。
「もし、あなたが鬼ではなく、妖でもなく人ならば、お答えします。いや、もはやそうであってもいいのです。私は目の前にいる貴女と話がしたい。水ならば、どうぞお飲みください。私の持ち物などでは到底ありません。しかし、貴方は一体どこからやってきたのです?」
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揺蚊が川を渡り、メッセージの送受信が交わされる。
やっぱりそうだ!対岸にいるのは自分と同じ人間だ。娘は森で初めて出逢う人間に一層の興味が湧いてきた。同時に、赤いのは顔だけではなく、腕にも滴るような血の筋がついていることに気づいた。
「もしや貴方は怪我をしておられるのではないですか?」
++++
青年は、ふと見ると腕に擦過傷を負っていた。里での嫌な出来事に心を奪われていた間、我を忘れて木立の中を彷徨い歩いていた時にできた傷のようだ。身のこなしに長けた杣人には珍しい。血はどくどくと流れ続け、それなりに深いようで、頭に昇った血がそのまま落ちて傷口から噴き出していっているようだった。
「これは気づきませんでした。今時分、少しぼんやりしていて、恥ずかしいことに腕を擦ったようです。血が止まらないようです。」
顔文字があるなら、穏やかに目を閉じた笑顔といったところか。揺蚊は青年の諦めたような心中を察し、アドリブを織り交ぜて伝えた。川の上空が忙しくなってきた。
++++
「私は艾屋の娘です。薬草のことなら詳しいのです。その傷には蓬の葉の汁をつけるとすぐ止まるはずです。」
「はあ。確かそうでしたね。私は山で仕事をする人間で、この手の傷はよくあるのですが、経験もある自分が仕事以外でこんな粗相をするなど、お恥ずかしい限り。」
「そうなのですね。私も森の人なので、植物に助けられて生きています。その血はどうしてか出続けていますね。何か事情があるのでしょう。特別な蓬でないと効果はないでしょう。」
「特別な蓬とは?」
「七色蓬です。虹のような輝きを放ち、あらゆる邪気を払います。それを探し続けてここまで来たのです。」
「はあ。そんなのは見たことがない。」
揺蚊を介した会話のリズムは早まり、ピンポン球のように打ち返された。高速ラリーに合わせて高速に飛び回るのに疲れたのか、揺蚊もついにどこかへ行ってしまった。と、そこにさっきまで揺蚊が往復していた川の中程にピカリと煌めくものがあった。娘は言葉を失った。
「どうしたのです?」
久しぶりに聴いた自分の声であると同時に、青年もまた川の中ほどに流れる虹色の水草を眺めていた。
「七色蓬は気分屋さん。旅をするように生きている。」
娘は気づくと目の前の小川にジャブジャブと膝をつけて入り込んでいた。
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今も語り継がれるナナイロヨモギの話はこれだけだ。それ以来、娘は生涯を通して七色蓬を見ることはなかったそう。ただ、実際に二人が七色蓬に出逢った人間だということは確かだ。
Wikipediaで「七色蓬」と検索すると、別名「虹蓬」がヒットする。以下、次のように続く。
「虹蓬、七色蓬、マジカルリーフ、などと呼ばれる。500種に迫ると言われるヨモギの中で発見があまりに珍しいため、国内外の学者の間では存在しない伝説上の植物として考えられている。
最も新しい記録は18世紀の日本で、伊吹山の艾商店の老舗・錦兎屋の記録がある(注1)。(中略)...」
「Why ar’you looking at me with such so serius eyes?」
娘と杣人が見る中で、七色ヨモギはふさふさの頭を娘の方にゆっくりと振り、ギザギザした葉っぱが豊かについた鷲の羽のような手を、指を指すように娘に向けた。
(なぜそんなにまん丸な目で私を見るんだい?)
■以下、通常とは異なる、七色蓬の聞き慣れない独特な言語をわかりやすく伝えるために筆者の方で英語にしてみた。その上で日本語に翻訳する。□
「I ‘ve been see you in this forest every time.」
エブリーのところをニチャニチャっと伸ばすように発音する気怠い話し方で、七色蓬は意味ありげに全身の葉を揺らした。
(あんたのことは森でいっつも見てるんだわさ。ふっふっふ。)
「I suppose…, how long time we meet last day…oh 😒 yes maybe, while half of the year , right?」
昔のことを振り返るように、茎ごと柔らかく七色蓬の口元と思しき中央に折り曲げると、ふいに合点がいったようにユサッと茎を再び娘に振り戻した。
(ええーっとー・・・アタクシがあんたと最後に会ったのは、確か半年ほど前だわね、そう!)
娘は先ほどから一切の口を挟まず、七色蓬の話すのを聞いていた。いや、舞台を独占する七色蓬の話すのを遮る隙間がなかった。杣人は七色蓬の姿がユサユサと小刻みに揺れる様を見て、眉をひそめた。今は状況を見守るしかなかった。
「Youn know… , where the palce we met last day is in the middle of Ibuki mountain in the hard rainy day in end of the summer, somethinhg. it was so terible day. I was bad condition … and you,too.」
七色蓬はポッドキャストのように、あるいは一人語りのように、目を細めて思い出に浸っているようだった。大袈裟に話すにつれて、(蓬の冠の部分→名称確認(※))がブンブンと縦に揺れ、なかなか面倒臭そうな感じだった。娘は自分もよく喋る方だったが、まだ戸惑いの方が勝っていて、口を小さくぱくぱくと動かすのみだった。
(そう…あれは確か伊吹山の中腹まであんたが来た時で、ヒードイ!雨の日だった!夏の終わりの台風日和ね。アタクシもちょー調子が悪くて、もう偏頭痛はするし腰は重いわで…、そしたら、あんたがやってきたのよね。洞穴の中に。そう雨宿りしてたのようアタシは。あんたもチョーシ良くなかったわよねえ!顔まっちろ。」
「I was sleeping inthe cave against rain. then, suddenly you enter my place getting water rike a cat! 」
慣れた口ぶりで状況説明をする七色蓬。言い忘れたが、七色蓬は感情がこもってくると、葉の光がより複雑な様子を見せる。なんというか、通常であっても光の加減で虹のように歯が見えるのだが、今は話しながら言葉を強調するごとに、クリスマスのイルミネーションの電球のように、あるいは大都会の忙しないネオンサインのように、ピカピカと身体のところかしこを光らせた。青、赤、橙、紫、黄、緑、ピンク、黄緑…かなりのバリエーションがあり七色では収まりそうにない。海にいるイカやタコにもこんなように発色するものがいるが、そのけばけばしさで七色蓬に勝てる生物はいないだろう。もとい、一応植物なのだが・・・。
(それでアタシは洞窟の中で寝てたのよね、ひどい雨をやり過ごすためにさ。そしたら、あんたが来たモンだから。そーれも、くる前にダーイブ濡れたみたいでさ、これがあんた…濡れたネコそっくりで!」
決めフレーズを言い放つと、七色蓬は悦に浸って全身の葉っぱをとびきりのスペシャルパターンでピカピカと点滅させた。パチンコか何かで当たりが来たかのような発色具合だ。それを見た娘は、前回も七色蓬と出会った時、洞窟でこの一人よがったベシャりに若干、辟易したことを思い出した。確かにひどい雨で散々な目に遭っていたが、幸か不幸か偶然にもそこで七色蓬と出会ったのだった。
「It was sounds fuuny. You said c,old. Cold. Cold… . And then I gave my leaf and recommend bite them.」
娘に構わず七色蓬は続けた。ちなみに、気付いたのか、先ほどから後ろにいる杣人にも7回に1回ほどは首(と思しき箇所)を振って、気にはしているようだ。いや、むしろ今では、この話の聞きどころはこことばかりに、杣人の方を振り返って、セリフを話すのに夢中になっていた。
(もうね、そのサマが私ツボに入っちゃって! さむい…ブルブルブル…さむい…ヴァヴァヴァガチガチガチって。だから、あんまり気の毒なもんで、アタシがこの娘に言ってやったのよ。あんた、そんなに震えてるんだったら、アタシのこの葉っぱを何回かとって噛んでみなさいよって。)
杣人は、なんとなく七色蓬の向きが変わったように感じたが、と言って娘のように話の内容がクリアに聞こえるわけではなさそうだった。その証拠に、杣人は珍妙な揺れ方を魅せる七色蓬を前に、地面に膝をつき、休む姿勢をとりながら聞いた。対岸の娘も同様に気だるそうにしているのが、目に入った。
「You have that and put in in your mouse . So then getting hotter because my body get warm magical power of course. yeah… that’s so magical. 」
(デーあんた、この娘がそれを食べるでしょ。そしたら、見る見る内に顔色が良くなって。あれ、あんたも顔がちょっと赤いね。それは違う理由みたいだけど。ええと…とにかくね、アタシの葉っぱはそういう効果があるの。食べると身体がポカポカ温まるのだわさ。それもたった数枚でね。ほかのヨモギじゃこうはならないみたい。でも、アタシは特別。まあ、アタシに出会えたんだから、その時の彼女はもう大丈夫ってわけ。うふふ」
自慢げに胸を張るようにして、つまり両の手を腰に持って支えるように、支柱をぐいと伸ばして葉を揺らしながら一人語る七色蓬。
「anyway, this time we met while long time ago.」
(で、そんなこんなで、遭ったのが半年くらい前かしらね。だからもうほんとに結構久しぶり)
ようやく、七色蓬のベシャリが終わったようだ。人心地ついた七色蓬は息をふーーと吐くように、一度すべての葉を上向きに持ち上げてから、かくっと力を抜いて下ろし、それから不意に、ブルブルぶるッと濡れた犬が露を払うようにして葉を揺らした。
疲れもあり杣人は半ば呆然と七色蓬を目だけで追っていたが、娘はちがった。娘もまた、この舞台の出演に名乗りを上げたくてうずうすしていたみたいだった
第二幕 開演 植物と口喧嘩をする町の娘
「あなたはそんなこと言うけれど、随分勝手じゃない?」
娘の反撃の狼煙が上がった。
■もちろん、娘と七色蓬の間には共通言語はないのだけれど、ここでは便宜上、日本語で表すものとする。大丈夫、私は自然界のコードを読み取れる者だから、七色蓬の発言も十分
にその意味を汲み、飛躍のある翻訳にはならないよう最大の注意を払うものとする。)
(以下、製本時にはチャット枠を設けてください)
「さっきから黙って聞いてたら、言いたい放題じゃない?」
「確かにあの時、私は寒さに凍えそうで、あなたの洞窟に入らせてもらっ
たわ。そして暖をとらせてもらったの。本当に助かったわ。」
畳み掛けるようにして娘が溜まったガスを放出する。
そうよ!とばかりに、七色蓬が大きく頷く。
「そうね・・・、あなたの葉っぱも1枚2枚いただいたわ。」
「1枚2枚どころじゃないわよ!5枚以上はあげたわよアタシ!」
意義あり!とばかりに七色蓬が溜まらず口を挟む。
「うん、そうね。そうかもしれない。」
さらっと認める娘。
「まったく−」
「でも!いただいたのは本当にそれだけ。確かにそれですごく暖かくなっ
た。一瞬で芯から冷えていた体がぽかぽかしてきて、蓬ってすごいと思
った。私。感動したの、自分の体に起こった奇跡に。」
「そうよ、私はスペシャルなのよ。わかってくれればそれでいいわよ。」
「うん、でもね」
「・・・・・・でもね?」
いつの間にか、川の流れが先ほどより激しくなっている。絶え間ないせせらぎの音がベースのリズムを奏でる。杣人は対岸で、自分以外の誰かと熱烈に会話する娘を注意深く見つめていた。傷から滴った血が、足元の岩を茶色く染めていた。(割とカオスw)
(▼ここで「ララランド」の一曲目挿入)
「あの時の葉っぱを持ち帰って、お灸にしたの。葉を揉み込んで燃やすと、モクモクと出た煙が虹(レインボー)に光ったの。」
「傷ついた人も病に犯された人もみんな治ったわ。七色蓬のおかげだって言われて。私嬉しかった。あなたに出逢えて。」
「そうね、それはよかった。アタシには力があるの。どんな人も癒せるマジカルパワー。」
「でもそれが問題!、私はあなたに出逢えない。ずっと森を探して歩いているのに。」
「アタシは自由人!いつもいるわけじゃないわ。」
「嘘つきなんかじゃない。確かにあなたを見つけた。それだけど、いない。私の中にはいる・・・」
「誰とさっきから話しているのです?」
ここでようやく、杣人が口を挟んだ。果たして、純朴な青年はこのコテコテのノリについて来れるのだろうか・・・?
「私は杣人。森で木を切っている。やりがいのある、誇り高い山の仕事。だがまちで、商人に馬鹿にされた!山の猿のようだと。」
「あなたは猿なんかじゃない。ちょっと顔は赤いけど、それは何故なの?
似つかわしくないわ」
「わからない、気づいたら、頭に血が昇って、こめかみが尖り出したんだ。」
「鬼になってしまうのか?感情に囚われると。」
「何もわからなくなり、森を走っていたら、ゴツゴツした木の枝が引っ掛けられて、この怪我の有り様だ。」
「ふん、どうやらそっちの青年の方の血は止まらないようね。体中を赤く染めるまでは出続けるわよ、血は。放っておけば鬼になるわ。」
ここで七色蓬が思わせぶりに、その身をくねらせる。まるで誘っているかのように視線を向けた。今や、杣人を助けるには七色蓬の力を使うしかないようだった。
「いいよ、1枚くらいなら」
「ほんと?じゃあ、1枚と言わず、10枚くらいちょうだい!」
「まったく!」 娘が口を挟む。
「いいよ、あんたがやるんだわさ。私の葉っぱをちぎって、傷口に塗り込めば、傷口から流れる血を止めることができる。」
七色蓬が言い終わらないうちに、娘は川へジャブジャブと身をつけていた。しかし、その時、
□■□(以下、アニメーションで進行)□■□
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それ以来、七色蓬は二人の前に現れることはなかった。二人を結びつけたのは単なる気まぐれか、それとも必然か。本当のところはわからないが、山の民の杣人と町から逃げ出した老舗の商店の娘は気があった。2人も山の暮らしを楽しめたからだ。そう。杣人は以前にもまして仕事に精を出すようになった。山の世界では木を切るではなく「伐る」と書き、「こる」と読む。あるいは「きこる」とも言うのだが、いずれにしてもそれまで長い時間をかけて成長した大木に刃を入れてその樹齢に終わりを告げる仕事である。出会いのシーンでもそうだったように、杣人は並外れた運動神経を持っている。それは山の暮らしで培ったものだが、ことこの杣人は大木によじ登っては、そこから見える景色を好んだ。
「木登りは得意か?」
出会ってまだ日が浅いころ、杣人は娘に向かって遠慮がちな眼差しを向けた。日頃、あまり人と目を合わさない傾向のある朴訥とした青年が、’’あれ’’以来、面と向かって娘に目を合わしたのはこれが数えて2回目だった。
「木のぼり?もちろん得意だけど?」
娘もアクティビストだったから、愚問と思って眉をしかめた。
「うん。じゃあ、樹登りは?」
杣人はいたって真面目である。予め、言葉を用意していたかのように次の句を読み上げた。
「え?だから木登りは得意だよ。登れるところなら崖だって屋根だって・・・」
同じ聞こえ方をする言葉に、娘が口調を早めると、遮るように杣人は言葉を継いだ。
「うんと高いところにまで登るんだ、僕らは。見えるところになんかいない。脚を手のように使って這い上がり、頂上から山全体のカタチを見る。上から見れば全てがわかる。それが本当の樹登りだ。」
普段はゆっくり話し、ボソボソと言葉少なげな杣人が、珍しく早口にセンテンスを紡いだ。
「そう、なんだ・・・。」
迫力に押されて娘が応えると、杣人は控えめに言って、嬉しそうな表情をした。
「見せてあげるよ。」
現代の空師という職業は、全国の林業従事者の中でも有数のトップ技術者だ。市街地で成長した高木の枝を近いところにある電線に引っかからないようにワイヤーで吊るしながら切ったり、枝を樹の上の方で伐り落としながら1本の大木を解体したりする。落ちたら確実に死ぬ高さにあるのが職場なため、文明の発達した時代でも年間の死者が出る、危険な仕事であることに変わりはない。むしろ、化学繊維でできたロープやチェーンソーといった便利な道具があるにも関わらず、その危険性は回避できない。
サルみたいだと嘯いたことを後悔しつつ、杣人の後を必死になって登っていく娘だったが、もう緊張で体が動かないといったところで、すくと体が軽くなった。気づけば、たくましい腕力で腰あたりをふんずと抱き抱えられ、海の遭難者をライフセーバーが抱えて浜まで引き上げるよろしく、重力に逆らって頂上に向かって二人羽織のように2人は樹を上がった。
「杣人がサルなら、私は鷹だ。いつもこの景色を見ている。」
広大な自然の息吹が見渡せた。世界というのは、どこで見るかでちがって見えることをこの時、娘は知った。また地上で見るには限界がある視界が、ここでは遥か遠くまで見渡せる。地球という言葉を知らなかったが、いつか遠くまで旅してみたいとも思った。
「宇宙。私の名前だ。」
杣人は名乗るための背景を持っていた。
「そら・・・。」
娘の周りを風が駆け抜けていった。感じたことのない涼しさだった。
「そう、そら。それが私の住処なんだ。」
住所を記載するのに、やや困惑するマイホームである。
「わたし、うみ。」
江戸時代というのに、現代的な名前と思うだろうが、自称かもしれない。
「ここに住んでいると、町がおもちゃに見える。人間が人間であるためにだけ作ったおもちゃ。私には必要ない。ここで伐った木で下界では家を建てるけどね。」
我が家では、杣人は違和感のない饒舌だった。ボサボサ気味の髪の毛でさえ、吹き抜ける風に踊り、雄弁に語っていた。
「私は、町で生まれたの。錦兎という代々続く艾売りの商店でね。」
杣人は透明な顔で娘の言葉を受け取った。
「お兄ちゃんは人が好きだったけど、私はあまり好きじゃない。それよりも森や植物のことが好き。」
下を覗くとおしっこをちびりそうになるから、懸命に上を向いて話す娘だった。
「君は森が似合う。僕の仲間も皆住んでいる。私は伐る仕事。君はよければ、まず、この髪を刈ってくれないか?」
「それなら、私にもできるわ。薬草を刈り取るのは毎日の仕事だから。あなたの髪は何かの生薬になるかしらね、ふふ」
「少なくとも、いい風を浴びているよ」
くるん。
不意にソラの姿が消えた。一瞬、なにが起きたのか、ウミにはわからなかった。
「後ろを振り返ってごらん」
声の主は、ウミがしがみついている大枝の下側から聞こえた。ソラはあろうことか、木に足を引っ掛けて逆さ吊りの体勢をとっていた。だが、それ以上に吃驚するほどの大きな音が背後からした。
「ギギギギギ!」
「ガサガサガサ!」
ウミが木の幹にしがみつきながら、首だけ振り向いて音のした方向を見やると、1本の大樹がスローモーションのように傾いていっているのが見えた。その動きは最初は悠然としていて、しかし何か迫力というか、声にならない声を上げるように樹は倒れていった。
「俺の仲間が木を伐っているんだ。」
逆さになったソラが平然と声を上に向かって投げてきた。
周りの樹木の枝を薙ぎ倒すようにして、その大木は徐々に速度を増し、空間を震わせた。見えない空気の壁の層のようなものが、ウミの体を突き抜けた。木の死に際に立ち会うのは初めてだった。
「来るぞ!」
ソラはいつの間にか、ウミの横の座席に戻ってきており、そのままガシッと海の肩をつかんだ。木のウロのようなゴツゴツした手だった。芯の通ったようにソラを通して、木と一体になった気がした。
「ギーーーー!!!」
「ガサガサガサガサガサ!!!!!」
「・・・・・ドッシーーーーン!!!!!!!!」
その瞬間、まるでお釈迦様の掌の上にいた自分が主の機嫌を損ね、思いっきりその手のひらをシェイクさせられてひっくり返りそうになるような揺れがウミを襲った。あるいは、風の塊が樹の最期のメッセージを載せて正面から顔に暴力的に当たってくるような、ビリビリとした振動を全身に受けた。耳が痛かった。虎と猪と鹿がまとまって体に覆いかぶさってくるような重みを感じた。それほどの衝撃だった。
少なくともウミはその衝撃で枝から弾き飛ばされそうになったが、ソラの腕がそれ以上の硬さを持つ腕でがっちりとウミを樹と繋げていたおかげで、下に振り落とされることはなかった。
樹齢を年輪に刻んだ歴史を持つ大木がまた1本、杣人の仲間によって地に臥した。
「俺たちは終わらせる。どれだけ長い歴史を持つような霊木でさえも、必要であれば根こそぎ倒してみせる。だが、それは永遠の終わり、棺桶に閉じ込めるような終わりではない。倒れた大木は今から時間をかけて、その身体を森にささげる。ありとあらゆる生命がそれを利用し、またそこから新たな息吹が生まれる。終わるからはじまる。」
杣人はウミの方を向かず、目の前のなにもないはずの宙空に向けて、口を動かした。呪いのように早口だった。
大木が切り裂いた空間から、舞い上がる塵の一群が天に向かって咆哮をあげた。長年、日陰になっていて、随分と積もった森の垢のようなものかもしれない。それらがレクイエムの絵を天に描こうと立ち昇ってきた。龍のようにも鯉のようにも見えた。ソラは目を閉じ、目の前を立ち上る一群の芥に向けて言葉の矢を放った。
「どこまでも舞い上がれ。汝が生きた証はしかと見届けた。はるか高い天まで届け塵芥の塔。終わりを告げるのではなく、はじまりの狼煙をあげよ!!」
こうしてーなにがこうしてなのかはわかりませんがー杣人の青年と、商店の娘はペアになり、山で暮らし続けます。杣人は一人では成り立ちません。仲間でチームを組み連携を取り合いながら大木を伐っていき、伐り倒された樹の命をいただいて、さらに細かい材木へと切り分けて、家材を売ります
一方、娘は山で薬草をとって暮らしました。あれからナナイロヨモギに出逢うことはありませんでした。それでも、七色蓬のキラキラとした輝きは見えない世界から娘を照らし続けるようでした。
ソラが山で木を伐り倒すと、一陣の風が巻き起こり、それが麓まで駆け抜けていきます。その風の抜けていった先に、二人は家を構えました。勿論、家はソラの伐った木で建てました。自慢の家でした。木は生きている間は根っこで地上に繋がっているけれども、伐られるとその鎖が外れて自由な身になります。時間をかけて分解され、空気と混ざり合うものもあれば、骨組みとして残り建材として家を支える柱になるものもあります。
ソラが上を見上げている時間、ウミは足元を見つめました。気づかず踏みつけてしまうような名もなき草たちに気を払い、薬になりそうな植物の力を借りる。どんな植物にもキャラクターがあります。例えば、どこにでも生えるドクダミは、その強烈な匂いで「俺はここにいるぜ〜」とアピールする。ひとたび手で触れればその匂いを移し「忘れさせないぜ」とばかりについてきます。でも、その名前に表されるように「毒痛み」というのは毒を矯めることから、毒を止めることができるのです。十役と言われ十通りの効能があるのです。キャラが濃い分、仕事もよくするのです。
他にも伊吹山にはたくさんの薬草が生えていました。あまりに薬草の宝庫で、すべてをあげようとするとキリがないのですが、とりわけ美しい花を咲かせるものや他とはちがう香りを放つもの、形がトゲトゲしていたりゴツゴツしていたりするもの、とびきり小さいもの、変わった葉の形をしているものなど、ユニークなものに目が向きました。猪のように鼻をクンクンし、気になれば舌でぺろっと舐めてみる。ヨモギはもちろんとして、ウミには彼らが家族でした。そして力を借りて、疲れた人々を癒していきました。人々の不調はさまざまです。旅の疲れといった単純なものもあれば町のしがらみの中で気が萎えてしまう場合や、時には鬼や妖に染まってしまうものもあり、健気に植物たちの癒しの力を借りなければそれらは収まるところを知りません。
植物たちは自分に合った場所を見つける天才です。周りにあまり栄養のなさそうな荒れた岩肌に根を張るものもあれば、雨で崩れたような崖を好むもの、とにかく太陽を浴びてそのエネルギーに負けないために薬効を溜めるもの、水が大好きでごくごく毎日飲んでいるもの。どんな植物にも生きるための知恵を持っており、その生き方を処方するのがウミの仕事でした。とても自分らしい役割だと思いました。
それからなんでも工夫するのが好きなウミは、それらを調合して独自の団子を作りました。作り方は、その日、森で採れた薬草を鼻歌をルンルンと歌いながら潰しては丸く捏ねて置いておくだけ。乾燥させた薬草や時には動物の内臓の干したものなど、ありとあらゆるストックを置いておくための貯蔵庫は、ソラが特別に作った地下室にありました。陽のあるうちはウミは森に出て材料を集め、日が暮れれば、そうやって自分のラボで仕事をしました。台所は普通はみんなが食べるものを作るところでしたが、ウミには仕事場の一つで、そこで大抵スペシャルな材料のブレンドを行いました。ぐつぐつと鍋で一昼夜煮たり、真っ赤な色をした汁を潰して取ったり、芳しい香りのする種を刻んだり、日夜、さまざまな実験が行われました。
自分でブレンドした丸薬を疲れた人に処方し、その人が元気になってくれることがウミの生きがいでした。鬼に心を奪われる人も近頃ではすっかり見なくなりました。町の暮らしはウミには知らぬところでしたが、遠くで兄もヨモギを売っているようです。兄には薬のことを時々、手紙で話し、その度に嬉しい反応が返ってきました。
つづく