1979年の曲が41年経って全世界でまさかの大ヒット!松原みきの名曲「真夜中のドア/Stay With Me」が令和に蘇る!
2020年を振り返る、という意味でもこの懐かしい曲が諸外国でブレイクしたことを書き残しておきたいと思う。
しかし、おいらが中学生の頃、ラジオで聴いて「いい曲だなぁ」と思っていた松原みきの「真夜中のドア/Stay With Me」が、41年を経て50もの国で再評価(いや、彼らにとっては初見だなw)されるとは。
「真夜中のドアstay with me」/ 松原みき Official Lyric Video
https://www.youtube.com/watch?v=nuU2YHtxMik
何が起きているのか、はこの記事に詳しいので紹介したい。
M-ON PRESSの配信になる。
40年前の楽曲が、Spotifyランキングで世界3位に!松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」旋風の勢い止まらず
■松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」、Apple Musicで1位を獲得した国は12ヵ国から50ヵ国に、TOP10入りした国は47ヵ国から92ヵ国にアップ!
世界中でリバイバルヒットし、話題となっている松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」。
このたび、Spotifyバイラルチャート「グローバル バイラルトップ50」で急上昇し、40年前にリリースされた楽曲がTOP3にランクイン(12月2日~3日時点)するという、日本初の快挙を果たした。
ここ数年、欧米を中心に日本の1970年~80年代シティポップスが人気を集めるなか、松原みきの「真夜中のドア/Stay With Me」もブームとなっている。
11月には世界47ヵ国のApple Music J-PopランキングでTOP10入りを果たし、11月27日放送のフジテレビ系列『めざましテレビ』をはじめ、複数の日本メディアに取り上げられた。
その状況が国内外のネットニュースでさらに話題となり、Spotifyのグローバルバイラルチャートで3位に急上昇、世界17ヵ国のローカルバイラルチャートにもランクインした。
また、Apple MusicのJ-Popランキングでもこの2週間で記録を伸ばし、1位を獲得した国は12ヵ国から50ヵ国に、TOP10入りした国は47ヵ国から92ヵ国にそれぞれ増加。今、世界で「真夜中のドア/Stay With Me」旋風が吹き荒れている。
「真夜中のドア/Stay With Me」は、松原みきのデビュー曲。1979年11月にシングルとしてリリースされ、翌1980年1月21日に発売されたデビューアルバム『POCKET PARK』にも収められた。
作詞は三浦徳子、作曲・編曲は林哲司が担当。渋井博(key)、後藤次利(b)、林立夫(ds)、松原正樹(g)、穴井忠臣(per)、ジェイク・H・コンセプション(sax)という、日本を代表する名プレイヤー陣が演奏に参加している。
松原みきの力強い歌声は、日本における女性R&B系シンガーの先駆者として現在でもリスペクトされており、岩崎宏美、広瀬香美、中森明菜、稲垣潤一といったアーティストがカバー。最近でも、人気女性声優の中島愛、Ms.OOJA、藤井風らが取り上げて話題となった。また、11月に日本デビューを果たしたインドネシアの人気YouTuberのRainychもカバーするなど、国境を超えて届く名曲として歌い継がれている。
今後も国内外で起こる「真夜中のドア/Stay With Me」旋風に注目が集まる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e939ec38efb91f136e6b6116f270946a79368b5
ここ数年、いや平成になって以降か?日本アニメが世界を席巻していることはご存じの通りだ。
麻生閣下が秋葉原で演説をするたびに「漫画、アニメは日本文化の重要な輸出品だ!」と声高に強調してきた成果が出た結果、とも言える(言い過ぎかw)。
その流れに引き摺られるように、過去の音楽(J-POP、という呼び方は嫌いなのでご勘弁を)にも海外ファンが生まれ始めていることも知っていた。
特に、1970年代終盤から80年代にかけてCity Popsと呼ばれたジャンルの曲が、youtubeなどで音源を落とし込んだ動画がバズる様を横目で眺めてもきた。
そして、ついに「真夜中のドア/Stay With Me」がその熱を一身に受ける形で、まさに大ヒットの最中にあるわけだ。
正直、不思議な気持ちになっている。
この曲は高校受験の為にラジオを友として珍しく勉強していた中、特にFM放送でよく流れていたからだ。
サビの♪Stay with me~があまりにキャッチーで、その度に単語帳をめくる指が止まったことをよく覚えている。
当時もテレビには縁がなかったので、ザ・ベストテンなどの歌謡番組などにも流れまくっているんだろうなぁ、と思っていたのだが、実際はそうでもなかったようで、学校で友だちにこの曲のことを話そうとしても、何それ?的な顔をされたものだった。
この曲のシングルが「たった」10万4千枚しか売れなかった事を後に知り、びっくりもしたほどだ。
それでも、特にラジオを聴いていた連中には総じて印象が強かったようで、大学時代にも飲みに行った帰り、誰かが歌いだすとみんなで♪Stay with me~と始めるといった「妙な場面で思い出す」ような、そういう記憶がいくつかあったりもする。
だから、あの時代の音が令和の今になって評価されているという現実を、俄かには信じられないのだ。
こうして書いていても、不思議な気分が消えていくことがない。
ほんと、こんな事が起きるから長生きはするものだ、ということなのだろう。
紹介した記事の中ではチャートを「上昇中」と記されているが、その後15日間にわたって「世界1位」を記録している。つまり、今まさにホットなまま2021年へ移っていこうとしている状況だ。日本人としてこんなに嬉しいことはないし、同時に悲しくなってくる。
というのも、松原みきは2004年にガンで他界しているからだ。
この曲の動画に寄せられた、改めてファンになった人の「“Stay with me”, but now she didn’t have time to stay with us (”一緒にいてよ”、でも彼女には僕らと過ごす時間はなかった)」という書き込みが全ての思いを代弁している。享年44歳はあまりに早い別れだった。
しかし、他のコメントを読んでみると、明らかに平成生まれであろう人たちが「懐かしい」という言葉をこの曲に向けている点が印象的だ。
そして(時代を考えれば当たり前の話なのだがw)「きちんと演奏している」ことを魅力の一つに挙げていることも面白い。打ち込みとサンプリングばかりで、音楽はPCの中で作られるもの、という現代の潮流に嫌気がさしているリスナーの姿が、こういうところからも伝わってくる。
演奏に魅力を感じているという話も当然の話で、当時であってもそのメンツに驚いていたものなのだ。
ギターの松原正樹は、この時代を代表するスタジオミュージシャンで、そのソリッドな音は聞けばすぐに「あ、この曲もまた松原さんだ」とわかったほどだった。有名なプレイと言えば、やはりユーミンの「恋人がサンタクロース」や「destiny」を思い出していただければOKだ。
ベースは「チョッパーズ・ブギ」でお馴染みの後藤次利で、この頃は沢田研二の「TOKIO」を編曲し、プレイもしたという過渡期にあった。この先で、おニャン子クラブなど秋元康の作詞とセットで歌謡曲を書いていくことになる。
ドラムはミスター・オールマイティ、史上最強のスタジオミュージシャンとして名高い林立夫。YMO結成以前の細野晴臣が組んでいたティンパンアレイに参加し、グループとして他アーティストの楽曲製作に携わっていた人だ(TOTOの日本版、と言えばわかりやすいかな?)。
こんなメンバーがバックアップしていて、悪い音になるはずがないw
松原みき自身は、母親譲りの歌唱力(クレイジーキャッツと共演したジャズ歌手だった)を武器に、京都での学生生活を終えると上京、ジャズクラブなどで歌うといった時期を経て、ソロデビューへと漕ぎつけている。
その最初のシングルが「真夜中のドア/Stay With Me」だった。その製作にあれだけのメンバーを集めたキャニオン・レコードの、松原みきに賭ける意気込みがよくわかる。
以降「ニートな午後三時」などスマッシュヒットは出たものの、音楽番組でひっぱりだこになるまでには至らず、90年代に入ると作曲活動にシフトしてしまい、レコードやCD製作からは遠のいている(ちなみに、アニメ「GUGUガンモ」の主題歌を、スージー松原名義で歌っている)。
Gu Gu ガンモ OP/ED
https://www.youtube.com/watch?v=Bmpb3L2VMoU
正直なところ、松原みきは実力こそ誰もが評価しながら、大ヒットにまではついぞ手が届かなかった人という印象が強い。
それだけに、世界中で「真夜中のドア/Stay With Me」が大ヒットしている今は、その健闘が「ようやく」報われたと感じている。
ムーブメントはtiktokで拡散されることで大きな波になり始め、インドネシアの人気YouTuberのRainychがカバーし、一気に拍車がかかったと言われている。
【Rainych】 Mayonaka no Door / STAY WITH ME - Miki Matsubara | Official Music Video
https://www.youtube.com/watch?v=DHm9diEKlC0
ポニー・キャニオンは、この勢いを見て来年3月に7インチのシングルを復刻版としてリリースすることを決めた、と発表している。
「あの頃」を思い出す為に、おいらも買いたいと考えている。
サポートいただけると、今後のnoteの活動にブーストがかかります。よろしくお願いいたします。