キリスト教映画「火のバプテスマ」ハイライト集:主のために働き、物を捨て去り、自分自身を費やすのは、本当に神に服従することなのか

キリスト教映画「火のバプテスマ」ハイライト集:主のために働き、物を捨て去り、自分自身を費やすのは、本当に神に服従することなのか
主イエスはこうおっしゃいました。「わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである」(マタイによる福音書 7: 21)。
主人公の宋恩澤(ソン・エンゼ)は、主のために物を捨て、自分を費やし、一生懸命働くことが神に服従することであり、神の御心を行なうことだと信じています。またこのように追求することで、必ずや神の承認を得て天国に入れると考えています。しかし、兄弟姉妹がこれに疑問を投げかけます。外面的には自分を費やしながら、天国に入って祝福されるという目的があるとしたらどうなのか。それは神と取引していることにならないか。代価を払いながらそのような動機が混ざっているとしたら、それは神に服従することになるのか。映画『火のバプテスマ』からの素晴らしい抜粋の中に、その答えが見つかります。

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