繭港①「変な人が窓から見てる」
「降水確率」
山の上の岡に雨が降った、
雨水は下に流れる、
森を潤した雨は、
ある一点から湧いた、
川と言えるにはまだ程遠い、
星のように散らばった点から、
ほぼ
一本の線に 集合 する、
勢いを増した川は、
さらに下る、
田 火田 を鏡にし、
ゆっくりと広がっていく、
大きな繭のようなiwaをi削り、
角を丸めていく、
小さかった雨粒は、
大きな流れとなり、
iwaを雨粒のように小さくした、
海につく頃、
子供が歩いても大丈夫な、
砂浜をつくった、
「そうだ、港へ行こう」
朝日は、
まだ昇っていない、
見え隠れする光が、
雲を下から黄金に照らしている、
カモメは、
空高く、
海面を睨んでいる、
真っ白な、
美しさとは、
裏腹に。
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逆説的ではあるが、あった方がいいものより、無くてよかったものの、方が多いのが現実である。失って大切さに気づくより、その前に気づいた方がいいに決まっている。感覚的にはコレに似ている。何の労苦もせずに、生きてきた「彼ら」が、気にいらないものを、思い通りにいかないことを、善意の皮を被って、狡猾な様々な手段を用い、自分の手を汚すことなく、消そうとする。代わりを探すという考え方にも一理あるが、よくよく考えてみると、
「あの人がいてよかった、」
未来よりも、
「あの人が、いなくなってよかった、」
未来の方が、大きいのではないだろうか。アルコトに関しては予測しやすいが、無かったらどうだったか、ということの効果は、「ある」事が前提にあるため、後手に回り、対策しずらい。老人たちの蓋が効く今のうちに、
〇〇の座につく前に、潰しておくべきだろう。
被害を受けるのは、
未来の世代である。
「若い人間が彼らの技術に怯え、
ゴマをするだけの未来を想像してみてほしい。」
「いなくなっても、なんとかなる」ものである。
消えたら消えたで「なんとかする」ものである。
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