第一話
クリスマスもクリスマスイブも特に過ごす相手もおらず、しかも休日だというのに部活動があるという良いことが何もない夕方、セイヨウの目の前には更なる面倒ごとが現れていた。
公園のベンチに人がいる。しかも、寝てるという感じではない気がする。
別に公園を抜けなくても家には帰れるわけだし、ベンチはあと数メートル先だし、ここでいまUターンして公園を巡る道を行けばいい。自分は何も見なかった。
そうだよ、大体、寝てるだけかもしれないしな。
そう自分を説得し、来た道を戻ろうとしたのだが、別の自分がまた囁いた。
今晩寒くなるって言ってたしな。寝てるだけでも凍死とかあるくね?
その場合自分は、この人を見捨てた的な感じで捕まるのだろうか。そうすると大会にも出られないし、何なら犯罪者が出たせいで部活動自体が停止になったりするのだろうか。
「…一回だけでも声をかければ…その後この人死んでも、俺悪くないよな…」
無茶苦茶気は進まなかったが、セイヨウはベンチに近づき、そして心から後悔した。
待てこれどこのチンピラだよ。でかいしピアスの数えぐいし、顔にタトゥーとか普通に一般人じゃないだろ。つかピンクのグラサンって。売ってんの自体ほとんど見ないわ。こいつもう、ここで死んでも仕方ないだろ。多分ヤバいクスリとかやってんだよ。
一応声はかけよう。絶対目が覚めない感じでかけよう。そして俺はそのまま速攻帰る。
そしてセイヨウは、ほとんど囁き声で言った。
「ここで寝てたら風邪ひきますよー」
これで役目は果たしたとばかりに背中を向けて去ろうとした時、右手がガッと掴まれた。振り向くとマズい気がして、そのまま手を振り払って逃げ去ろうとしたが、
いや、力つよ!
全く振り払える気配がない。
「こんな寒い日に倒れてる人間がいるのに見捨てるのひどいよね」
この馬鹿力でいけしゃあしゃあと言っている。
「こんだけ力出ればもう大丈夫ですよね。俺、すっごいめちゃめちゃ忙しいので!目も覚めたみたいですし、気をつけて家帰ってください!」
「帰りたいけど、腹減って動けないんだよ。なんか食い物恵めよ」
しかも新手のカツアゲなのか意味不明なことを言っている。
「いやあんた、裏社会の人間だろ。どう見ても高校生の俺に食い物たかるとか、プライド持てよ」
「ちょっと待て、誰が裏社会の人間だよ。どう見ても真面目な大学生だろ」
「大学生⁈」
思わずセイヨウは振り返った。
剣道部のOBにこんな大学生がいただろうか、いやいない。
「…あんたもう、社会の落伍者決定だろ」
心の声が口から転がり出てしまい、さすがに初対面でこれは失礼だろうと急いで口をつぐんだが、聞こえていなかったのだろうか。自称大学生のその男は、セイヨウの顔を瞬きもせずじっと見ている。
「…何?」
何か答えようと口を開きかけた男は、しかしそのままくたっとベンチの背に寄りかかった。
「…今ので残りの体力全部使った。腹減りすぎてもう頭回んね」
こいつ本当に空腹で動けなくなってたのか。
半ば呆れながら、セイヨウは男に言った。
「チョコとかでいいなら…あるけど?」