ヴァサラ幕間記13
4 青年ヴァサラと商人の問い②
先ほどの女性から宝石を買うということで老人から店番を頼まれたヴァサラは、店頭に座ってぼんやり考えている。
ヴァサラは「正しいから」あの処置をとったわけではなかった。強いて言えば「気分だ」としか言えない。そうした方が良いだろうと思ったので、そうしたのだ。
そして働きかける対象が大きければ大きいほど、自分が思ったような結果にはならない。その事も良くわかっていた。
なら何も考えず村を潰す方が良かったのだろうか。その方が確かに王の意向に沿っていたし、効率も良かったかもしれない。
でも「それは違う」とヴァサラの何かが反対するのだ。
なるべく多くの種類の、なるべくたくさんの生き物が、いろんな方法で繋がりながら世の中に存在していた方が良い。ヴァサラはずっとそう思って来た。
例えば植物は土からだけでなく日光からも栄養を得る。だからどちらかが無くなっても生きて行ける。土か日光かどちらかがなくなることはあるかもしれないが、どちらも同時になくなる可能性は低い。色々なもの同士が様々な方法で繋がり合っていることは強さだ。一部が壊れても新たなものを選ぶ苦労なく、そのまま存在して行ける。
つらつら考えながら、少しフチがついた広いお盆のようなものに商品を補充しようと立ち上がった時、視界の端の方でチラつく影がある。振り返らずにそれを掴み、ねじ上げると、
「痛っ」と子どもの声がした。
「お前またやってんのか」
さっきの万引き少年だ。
「それズリーよ…」と言いかけた少年は、ヴァサラの言葉に
「ああ!お前か!返せよさっき俺から盗ったもの!」と偉そうに言って来る。
「お前のじゃないだろお前のじゃ。もうとっくに全部返したよ」
カチンと来たらしい少年が語気を荒くした。
「はあ!?何やってくれてんの!?あれ俺のメシだったんだけど!」
盗人猛々しいとはこのことだなと思いながら答える。
「盗まずに何とかしろ。言っとくけどまた見つけたらまた返すからな」
「ふざけんな!」と怒鳴った少年は、台を乗り越えてヴァサラの荷物を盗ろうとした。
が、ヴァサラが台から引き剥がすと目の前の地面に勢いよく落ちる。
「うわ悪い!大丈夫か?」
少年は地面を蹴って立ち上がると、台から身を乗り出すヴァサラに向かい、店頭の物を掴んで腹立ち紛れに投げつけようとした。
腕を上げてそれを防ぐと鋭い熱さのようなものが腕に走る。見ると、売り物のペーパーナイフが突き刺さっていた。
うっわ、売り物!しかもペーパーナイフ地味に痛え。
ナイフではないので深くは突き刺さらないが、刃先が鈍いのでジクジクと痛む。とりあえず抜くと、血が腕を伝って流れ落ちて来た。
待て待て待て、店先が汚れる。
焦って何か巻くものを探すと、売り物を包んで持って来ていた布があった。そう高級そうにも見えないのでこれで良いだろうと、適当に巻きつけてみると何とか流血が防げそうだ。
やっとホッと一息ついて周囲を見回すと刺されたヴァサラより青ざめた少年が歩道に座り込んでいる。パラパラと立ち止まる店主や客を割って、老人が帰ってきた。
「どうされました?何かありましたか?」
不意に、ヴァサラの脳裏で、少年が刺したペーパーナイフと老人が重なった。
そうか。今刺して来てるのは、自分がほったらかした過去なのか。
誰だってその時に最良だと思った選択をしている。
けれど自分が正しいと思うことは万人が正しいと思うことでもないし、期待した結果へ至るパスポートでもない。だから、できるのは、「自分は正しいと思ってやったけどうまくいかなかった」ことを、意味ある失敗だったと思えるように生きていく事くらいしかないだろう。
そして、そのためにヴァサラがするべきだったのは、痛みを引き受けることだったはずだ。自分が良かれと思ってやったことの結末を自分の手を汚してつけ、その手と傷を一生見つめ続けなければいけなかったのではなかっただろうか。
少年と共に店へ戻って来た老人に、ヴァサラは言った。
「自分の行動が期待してた結果に繋がるとは限らない。でもその時に自分が正しいと思う行動をとったことが無意味だとも思わない。けど…」
言葉を探りながら伝えた。
「あんたたちの村のことを決めたくせに最後まで関わらなかった。間違ってたと思う。終わったことにせずに、全部、ちゃんと覚えとく」
老人は宙を探るようにして一回軽く頷いた後、ゆっくりと深く、何度か頷いた。
「…私は誰かに、あの事について何かを言って欲しかっただけなのかもしれません」
老いた旅商人は、そう言うとヴァサラを見た。
「何でしょうね。私は…やっと報われた気がしています」
そして、さっぱりとした笑顔を見せるのだった。
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