第四話
「マジかお前。大学3年にもなってネクタイ結べないとかないわ」
学校の制服がブレザーだったため結び慣れている星陽が、バランスを見ながら弥幸のネクタイを締めてくれている。
「就職活動する気なかったしな。お前が入学したなら何年か留年してもいいし」
「一緒に住んでんなら留年する意味ないだろ。…よし、いいんじゃねーか?」
大学に一緒に行き帰りできる価値を知らないなこいつ、と思っていると、
「あっ!」と、突然鋭い声を上げた星陽が言った。
「今日親父たち来るんだからな。ぜっっったいマスク外すなよ!別にタトゥー入れてんのはいいけどさ、何で顔に入れたかな」
マスクと髪でギリ隠れるか隠れないかくらいの位置なので髪のひと房も乱れてはいけないという難易度の高さなのは、確かにちょっと良くなかった。
今日は星陽の入学式だ。
どうしても晴れ姿を見たかった弥幸はこっそり見に行くつもりだったのだが、見にいくとポロッとこぼすと星陽が喜んでしまった。それなら出席しろよということになり、入学式には家族が来るんだよと言う話になり、ついでに同居人として挨拶しといてよということになった。
少しでも真面目に見えるようにと引っ越し荷物をひっくり返して服を探したのだが、まともな服がスーツしかなかった。仕方なく、ネクタイとスーツで出席することにしたのが今だ。
少し引いたところから全体像をチェックしようとした星陽がつぶやいた。
「え待って、かっこよ。あれ、俺の恋人モデルだったかな?」
そして、
「ちょっと動かないで、そのまま待機!」
言うとカバンから携帯を出して、周りを巡りながら写真を撮りまくりだした。
「…ちょ、おい。いや嘘だろ、こんな髪とか適当だし」
カメラマンのごとく膝をつき携帯を構えた姿勢で、その影からちょっと顔を出して星陽が言った。
「そのくらいでいいんだって。弥幸のセンスはちょっとズレてんだよ。気合い入れるとチンピラみたいな格好になってんじゃん」
とても心外だ。それにしても。
「いやもういいだろ、入学式遅刻するって」
いい加減照れてきた弥幸が言うと、
「…あれ、照れてる?」
と星陽が表情を窺って来る。
今日はサングラスも掛けておらず表情を隠しきれない弥幸は、何も答えず携帯をスーツポケットに捩じ込むと玄関に向かった。
わかる!
入学式に出席中の弥幸は、会場内の暗い端の方を、前方に向かいジリジリと移動していた。
スーツ姿は尊い。
制服のブレザーとスーツは違う。形は似てるが全然違う。スーツの量産型の形と抑えた色味からは大人の色気みたいなものが滲み出て来る気がする。そして量産型のおかげなのか、こんなに人が大勢いるにも関わらず星陽しか見えない。というかこんなに1人だけ輝いてて大丈夫なのだろうか。もはや後光が差してるんじゃないか。
それにしても、ケチって白ロムの携帯にするんじゃなかった。画素数が悪いのと暗がりでの反応速度が遅すぎて、保護者席から入学者席に移動していかないとうまく写真が撮れないのだ。
ほぼ一番前に近いあたりまで移動した時、カシャカシャどころかシャシャシャシャと聞こえるくらいの携帯の連写音が聞こえ、誰かがぶつかって来た。
「ちょっと、あなた邪魔なんですけど。私の超絶可愛い弟の晴れ姿を撮り損なうじゃないですか」
ちょうど入学者代表の挨拶らしく、どう見ても中学生くらいにしか見えない、男か女かわからないおかっぱの人間がコテコテと舞台への階段を上がっているところだ。
「あぁぁあ立派になって!私は滂沱の涙を禁じ得ないわっ!!」
と、端の席に座っている新入生たちが気にしてこちらを見るくらいの声では叫びながら、弥幸に思い切りぶつかり高速反復横跳びで写真を撮っているその女は。
…おい、ピンク髪じゃないか…
あの記憶の中のピンク髪は、ここでもピンク髪だった。美容院ででも染めているのか、根本から毛先まで綺麗に染まっている。
この世界でその髪はイカれてるだろ。
自分の格好は棚に上げ、弥幸は思う。と同時に気づいた。
…てことはあれか?あの新入生代表は、良く一緒にいたチビか。
新入生代表挨拶が終わると、ふうーっと汗を拭きながら、一仕事終わった風の女がやってきた。弥幸を上から下まで舐め回すように見て、新入生の方にチラリを目をやる。そして腕組みをして1人頷くと言った。
「これは…私の創作ネタが増える予感」
弥幸は確信した。
こいつ絶対、あのピンク髪だ。