Until I get to you
君のそばに行くまでに
プロローグ3
病院の診察の結果とそれまでの話を聞いたマナワは、頭を抱えて大きなため息をついた。
「帰ってくんのが遅せーから、何か大きい病気で病院回されてんのかと思ったよ。いや回されてはいたんだったな」
「いつもの外科医院から総合病院に回されて、レントゲンをNoにしたらいきなり問診に呼ばれて人外用の病院に行ったからな。待合でむっちゃ注目されたけど、さすがだな。おめでとうございますみたいな感じで普通だったよ」
午前中出て行ったっきり夕方になっても帰ってこないので気が気でなく、ジムから家に行ってみたり、外科医院にも顔を出したりしていたのだ。院長も何も教えてくれないし、これは本当に命に関わる病気だったんじゃないかとこっちも生きた心地がしなかった。それを考えると、卵を孕んだことなど確かにおめでとう案件でしかない。
しかしその前に、そんな相手がいたことに驚きを隠せない。自分がジャンニを拾った年齢が大体このくらいだったなと思うと、いつまでも子ども扱いし過ぎてたなとも思うのだ。
言ってみたら、マナワは今、デキ婚をした妻の父親と同じ立場にある。同じ立場になってみてわかるのだが、義父はよくそんな相手と結婚させてくれたもんだと器の大きさに感心する。今度また飲みに行こう。
父親としては、子どもを孕ませておいて消えてしまったその相手とやらに腹が立って仕方がない。しかも「ツガイになることを考えてもいい」とは何様だ。ここは責任をとってなるだろ普通。
「人間以外の方が好きそうだなとは思ってて子ども見ることは半分諦めてたからな。俺も頭硬いとこあるし、孕むのがお前って想像は100パーしてなくてびっくりはしたけど、孫の顔を見れそうなのは嬉しい。けどな」
最後を強調して言ってから、続けた。
「その相手は嫌いだ」
ちょっと悲しそうな顔になっているのは心が痛むが、それは見ないことにする。
「大体、名前も知らないのおかしすぎるだろ」
「ちょっと聞きそびれてたな。いつも2人しかいなかったから、お互いお前呼びで普通に過ごしてたからさ」
何の仕事をしているかわからず、名前もわからず、孕ませた後消えたという相手を親としてどう信用しろというのだろう。
ただ、単純にそいつは詐欺師であると言えないところもあるのが厄介だ。
まず半異形という珍しい容姿が多くいるとも思えず、依頼する相手によっては速攻見つかりそうだということだ。もう一つは、どうもジャンニのところで半分ヒモみたいな生活をしていたようなのでそのまま居座って金でもせびってた方が楽だったろうに、出て行ったことだ。最後に、詐欺師なら子どもなど作るのは面倒だろうに、敢えて子どもができるような抱き方をしたらしいというところだ。
もしかしたらだが、ものすごく好意的に考えて、ジャンニのことをそれなりに好きだったからそうしたということも考えられなくはない。
人間は人間と結ばれた方が良いと思っているようなので、おそらく子どもはできないだろうと予想し、その時に自分のことは諦めて人同士で結婚できるようにと何も知らせず消えたということもあり得る。
ただ、その男はジャンニのことを舐めていたとは思うのだ。
「だから、会いに行こうと思ってさ」
すでに家を片付けナップサック一つだけ持ったジャンニがジムに来ている。
「運命の相手逃すなんてあり得ないだろ」
「どうせ試合は1年くらい組んでないし、お前のことだから言い出したら聞かないとは思ってっけど」
急すぎるだろ。
病院に行ってからまだ3日だ。
「要するに妊娠してんのと同じなんだろ?旅行なんかして大丈夫なのかよ」
「どうなんだろうな。卵がある部屋が腹ん中にまた別にできてるみたいだから、栄養取り込みながら大きくはなっていくだろうけど」
ま、大丈夫だと思うよ。
屈託なく笑うと、ナップサックを肩にかけた。
「体の頑丈さが取り柄なの知ってるだろ。心配しなくても、孫の顔も見せてやるし、リングにも返り咲くし、また夢も見せてやるよ」
試合の時もそうなんだよな。
背中を見送りながら思う。
ジャンニはいつでも絶対に勝つと思ってるし、実際に負けたことはない。
今回だって絶対に相手は見つかる微塵も疑っていない。
それなら見つかるかなと思うのだ。
相手に直接文句を言える日は来るだろう。その時はきっと孫も一緒だろう。そしてリングに復帰して、自分では決して勝てなかったような相手にも簡単に勝ってゆくのだろう。
「子どもが独り立ちするのってこんな気持ちなのかね」
一抹の寂しさを感じながら、マナワはジムに戻る。
途端、練習中の選手の邪魔をしている子どもを見つけて急いで引き剥がしに行った。
ジャンニはこんなことしなかったけどな。俺の子ども悪すぎねーか?
「って、これから俺1人でこいつら見んのか?」
寂しさは一瞬で掻き消え、日常の雑務に追われるマナワだった。
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