⑱ ラディカ
所属 : ヴァサラ軍六番隊 特別参謀
極み : 蝕の極み 「冥狂死衰」
性格 : ヴァサラ軍メンバーには非常に優しいが (ジョンとガリュウは例外)、カムイ軍には超攻撃的。
関係人物:オルキス...師匠兼カウンセラー 、七福... 「潰す。」
カムイ軍によって家族や友人・故郷全てを失った経験から、カムイ軍に対しての憎悪は凄まじい。
ヴァサラ軍で唯一人呪力を扱える、例外中の例外 。
(カムイから直接貰ったわけではないので、正確には「呪力に近い何か」 極めて深く強い負の力)
さまざまな肉体改造を施していて、特に腕は常人の3倍もの筋肉繊維密度があり、総合戦闘力はハズキに劣るものの単純な膂力は六番隊トップレベル。
ジョンに肉薄する俊敏性、ガリュウには及ばないものの十分な耐久力がある。
ハズキには及ばないものの科学薬学知識あり。
だがそれ以上に卓越した縫合手術の技術があり、両断された肉体もパーツさえあれば一切の傷痕も後遺症も残さずに接合させることが出来る。(本人はまったくの無自覚)
実は意外と占いを信じるタイプ。
(@ 宗サクジロー様 → デザインしてくださった武器・遊撃隊マークは前記事にも)
こちらに寝返った3人が遊撃隊マークの5人と親しく話している。
3人はフリーの兵士らしく、5人の内の2人と同郷だった。なので厳密には裏切ったり寝返ったりしたわけではなく、より良さそうな職場を選んだということだ。
相手国の今の国主は国を広げることより現状を維持する気持ちが強く、兵士としては仕事が少ないようだ。
先代は血気盛んな性格だったので、その頃は彼らにも仕事がたくさんあった。
当時から仕えている高官はその気質を受け継いでいる者も多く、国土を広げたい希望がある。そんな高官達の手前、国主はちょくちょく森林に侵攻したりはするが、実の所、森林以上にこちらに入って来る気はそこまでないらしい。
どうも政局は不安定そうだ。
などという話を小耳に挟みながら、ジャンニはラディカに左腕を診てもらっている。薬剤の副作用で血が止まりにくいのは自覚しているので、ナイフを刺した状態でここまで戻って来た。
ナイフもだんだん腕に馴染んできた気がして、このまま軍に帰っても良いかなと内心思っていたのだが、途中に何かのはずみで抜けてしまうよりはもう手当てをして帰った方が良いのじゃないかという話にまとまりそうだ。
ここまで特にジャンニの意見は求められず、なぜか敵側だった3人も含めた兵士たちとラディカで話が進んでいる。
カソックの中は、普通、首元に白い板状のものを差し込んだローマンカラーシャツと言われる黒シャツを着る。だがシャツが苦手なジャンニは、ローマンカラーの首周りだけ切り取ったようなサボりグッズを使っていた。
カソックの左腕を切り取ると、中から黒い長袖Tシャツが現れる。
乾いた血液に重ねて未だ出血中で、ナイフ周りがテラテラと光っていた。
この左袖も切り取った。
刺さり方が良いらしいのと元々痛覚に鈍感なのとで、ほぼ痛みはない。
ナイフが見事に腕に刺さっているシュールさに何となく笑えてくるジャンニより、そもそもの心根が優しいガリュウとジョンの方が痛そうな表情だ。
「ちょっとそこの鞄とって」
ラディカに言われたガリュウが飛んで行き、木の根元に置いてあるセカンドバッグ状の物を持って来る。
「このまま縫うわよ」
言うと、バッグの中から消毒液と脱脂綿などを手早く探った。
ラディカは十針前後なら麻酔を使わずに縫う。
局所麻酔の注射くらいの痛みと速さで縫い合わせる、天才的な技術があるからだ。
自分の患者がいることも多いので、ジャンニは六番隊病院にほぼ毎日顔を出す。
すると戦闘による被害者が大量に運び込まれるのにかち合う時があり、その対応に何となく巻き込まれていることが良くあった。
重傷患者は別の部屋に運ばれ緊急手術になるのだが、最も多いのは、医療者による治療は必要なものの手術室に行くほどでもない患者だ。
その時も広い部屋に並べられたベッドを巡り、待つ間の不安を和らげるために、寝かされた患者の様子を見たり話を聞いたりしていた。
そこに長い髪を1つに束ねた女の子が入って来た。
手術着の上着を着て医療器具が並べられたトレーを抱えていたので、医療関係者だとは思った。自分と同じように何となく巻き込まれてしまった境遇かなと勝手に親近感を持ったのは、下が黒いロングスカートだったからだ。
トレーに並ぶのは傷を縫い合わせるのに使う器具だった。
必要があれば麻酔代わりに寝かしに行こうかと何となく気にかけつつ、まだ話の途中だった目の前の患者の対応に戻った。
5分程度だったろうか。
話が終わったので目を上げたジャンニは驚いた。
寝かされている人数20人ほど、その半分くらいのところにもう女の子がいる。
しかも、最初に治療が終わった患者は普通に立ち上がって帰ろうとしていた。
大柄な体格にベッドの隙間は随分狭かったろうが、移動にすらほぼ立ちあがろうとせずに一心に傷を縫い合わせ続けている、その女の子がラディカだった。
なぜそんなに短時間で治療を終わらせることができるのかと気になって、見ていたジャンニは気づいた。
局所麻酔をほとんど使わないのか…。
縫合技術が異様に高度だった。
傷から出る血を消毒液で拭う手を追いかけるように、針を持つ手が舞う。
それで終わりだ。
しかも縫い目が綺麗で、人によっては傷などなかったかのように見える。
30分もせずに全ての患者が自力で帰って行き、部屋はガランと静かになった。
血のついた脱脂綿を山盛りにしたトレーと共に部屋から出て行こうとするラディカに、思わず声をかけた。
「すごい技術だね」
ラディカは一瞬きょとんとし、答えた。
「他の人もこれくらいできますよ」
いやいや、そんなことはないよ。
忙しげに部屋を出てゆくラディカの背中に言った。
血を早く止めるためには縫ってもらわなければならないジャンニは良く知っている。
今まで色んな人に縫合してもらったが、こんなに高度な技術を持つ隊員には当たったことがない。
それ以来、縫合が必要な時はラディカを指名している。
傷の割には出血量が多くなりがちなので、縫合に時間がかかると処理する血液も増え、医療者側に迷惑がかかるだろうと思うからだ。
そこそこの刀傷一つで、六番隊に着く頃には上半身の半分くらい真っ赤になる。知らない隊員は大怪我だと思い、焦って駆けつける。それを断ったり別患者に促したりしていると、気づいたラディカが来てくれる。
そして消毒液をかけ傷の大きさを把握し、大抵はそのまま縫合して終わる。
ナイフを抜く焼け付くような痛みに続き、傷の形に鮮血が盛り上がってきた。
腕から手の甲に向かい、血の幾筋かができる。やがて爪先や指の腹に到達し、ポタポタと垂れた血は地面に吸い込まれた。
ジョンとガリュウは怖々ジャンニの背中に隠れるように、暇な兵士たちも物珍しそうに傷を見ている。
傷というのは、何故か見たくなるものらしい。
かく言うジャンニ自身も、自分の傷をじっくり見ていた。
いつものように、傷に消毒液をかける。
ラディカはその消毒液を拭き終わると同時に縫合も終えていた。
痛覚としては、「焼け火箸を当てられたような気も?」くらいの感じだ。
傷周りの血液も消毒液で拭ってくれながら、ラディカが今縫合した傷跡を確認する。
傷の深さ自体はあるので、じわりと滲んでくる微かな出血がまだあった。
ガーゼで傷を覆いきつく包帯で縛り、治療は終わった
途端に見学者から歓声が上がる。
「姉ちゃんすげーな!」
「前の国にはこんな技術持つようなヤツはいなかったよなあ!」
敵からの合流組が囃し立てる中、困ったように笑いながら
「このくらい誰でもできますから」
とやはりラディカは言っている。
それは謙遜などではなく本気のようなのだが、戦闘スタイルのせいで生傷が多いジャンニが割にきれいな体なのは、ラディカのテクニックによるところが大きいのだ。
そんなことをしていたため、日が暮れて来た。
野営の準備もしていないし、少し危険ではあるがゆっくり帰ろうと思っていたら、流しの兵隊である合流組はさすがだ。
昼間に戦闘していたちょっと開けた場所に行くと、隠していた色々な物を森の中から引っ張り出して来た。
常に野営道具を持って移動しているらしい。
この3人はここしばらく一緒に行動していたということで、手分けして持っている道具も、普通にキャンプがはれるほど充実していた。
テント自体は2つしかなかったので、1つはラディカに使ってもらうことにした。
もう1つは男性陣用に、使いたい人が使うことにする。
ジャンニはいつものように、寝心地が良さそうな木を探して落ち着いた。
今回は使うことはないだろうと持って来なかった聖書の代わりに、カソックには読みかけの本が入っている。
消毒用のウィスキーをチビチビやりながら本を読んだ。
キリが良いところまで読み終わり月を見上げた時、思い出すことがあり木を降りた。
野営場所に戻ると焚き火の周囲に男性陣がゴロ寝をしていて、未成年であるガリュウなどはテントで先に寝たのだろうか。その中にはいなかった。
1人起き、肘を突いて焚き火を眺めているラディカがいる。
「やっぱりあまり寝られないかい?」
声をかけると、振り返って微笑んだ。
「いつもと同じよ。大丈夫」
ラディカは良い家柄のお嬢さんだったのではないかと思うことがある。
しっかりした教育を受けているようでもあるし、表情も仕草もどことなく上品だ。
木箱に座っているラディカと同じ目線になるように、近くにあった少し大きい石に座って並んだ。
「君が良く寝られるようにすると言っておきながら、まだできてなかった。ごめんね」
ふふっと笑うように答えた。
「全然。気にしないで」
記憶を消すことなく、良く眠れるようにする方法は考えていた。
「何か、君がいつも持ち歩いているようなものはあるかい?」
ちょっと考えたラディカは首元を探り、服の中につけていたロケットネックレスを出した。
「見せてもらっていいかな」
ジャンニが差し出した手に、特に抵抗なくネックレスを置いてくれる。
「中は開けないよ」
前置きをしておいてから、表と裏の模様を確認した。
夜なのも焚き火がある状況なのも、ちょうど良かった。
ロケットを、ラディカの目の前にぶら下げるように持ち上げる。
「表面の模様を良く見たことがあるかい?」
「ええ」
と頷くが、確認するように模様を見ている。
声のトーンを抑え少しずつ話すスピードを落とす。
これは催眠術用の話し方だ。
「一番外にグルッとあるのは幾何学模様かな
…そう、良く見て。
…その内側は?二重線?
…文字が刻まれていて…
…蔓が巻いていて…
…花の彫刻…
ロケットの模様の、外から中央に目線を誘導するように話しかけ続ける。
…花を覗いてみよう…
…そう…
中に入ってゆく…
スウーっと…
中に…
中に…
…柔らかい花びらが
…体に重なって…
…1枚…
…2枚…
…3枚…
…
…
…温かくて…
…良い香りだ…
意識が吸い込まれて来ているのを感じたジャンニは、ささやいた。
…おやすみ…」
ロケットに引っ張られるように、ラディカがゆっくりと前傾姿勢になる。
それを支えると、静かで安らかな寝息が聞こえた。
相手がうまく催眠にかかった時はジャンニ自身も眠くなる。
トロリと流れ落ちてくる眠気を感じながら、ラディカはこれからは、ロケットを見つめることによって安らかな眠りに落ちることができるだろうと思った。
抱き上げ、ラディカ用のテントに連れて行くと、そっと寝かせる。
そこにあったタオルケットをかけ、テントを出ながらつぶやいた。
「Dulces sueños(良い夢を)」
ロケットにはもちろん、大事な人の写真が入っているのだろう。
そんなロケットがラディカの助けになるのがジャンニは嬉しい。
話したくないことや、話せないことがたくさんある子なのだろうなと思っている。
だから写真を見せてくれる時は、昔の話をできるようになった時なのだろう。
その時は聞いてみたい。
「ラディカがヴァサラ軍に来るまでのことを聞かせてくれるかい?」