第十八話
「行け、星陽。今こそ礼をする時だ」
満月はBKDの2人に代返をしてもらった交換条件の1つ目を満たそうとしていた。
ここは大学の運動場で、放課後ともなると様々な部活動が行われている。それぞれの練習に励む適度に日焼けした青年たちの中で、ピアスをたくさんした金髪の人間と顔にタトゥーのあるピンクサングラスの男がいるのは明らかに場違いだ。
弟の久重の交換条件は、気になる新入生が陸上部にいるので知り合うための協力をしてくれというものだった。そして、星陽の手の中には、果し状ほどに黒々と立派な筆文字で「雨宮天音様」と書かれた白封筒がある。
「渡して来ればいいだけなら弥幸がすればいいじゃん。大体、友達になりたい本人と相手との距離遠すぎだろ。これストーカー距離だよ」
確かに、手紙を託した本人は運動場の端にいる3人よりさらに遠くの植え込みの影だ。だがとりあえず、そんなことはどうでも良い。
「いいか、よく考えろ星陽。あの爽やかな新入生に俺や弥幸が手紙を渡してみろ。新手の脅しと思われかねないだろ。突然話しかけて警戒されなさそうなのはお前しかいない」
満月は力強く、星陽の両肩を両手で掴む。
満月と弥幸を改めてしみじみと見た星陽は不本意ながら納得したようで、
「…わかったよ。俺でも警戒されるとは思うけど?あのペンダントつけてるヤツに渡しゃいいんだろ」
と、トラックの方に向かった。
「おい、ピンク髪との交換条件は何なんだ」
それを見送りながら弥幸が聞いてくる。
「大体予想はつくだろ?生営みを見せて欲しいってことだよ」
「そんなんできるわけねーだろ!まさかOKしたんじゃないだろうな!」
重ねるように怒鳴ってくる弥幸を制して満月は続けた。
「…さすがに公序良俗に反するので、交渉の結果キスで良いということになった。ただ、軽いのじゃダメだと思うぞ」
お前が取り付けた条件なんだからお前がしろよと言おうとして、弥幸は、そういや満月と千聖はまだ付き合ってないんだったと思い至る。
人が多ければ満月が千聖の肩を抱きながら歩き、食事の度に味利きと言っては一口ずつ食べさせ合い、ペットボトル1本を2人分として買うこいつらは、何とまだ恋人同士ではないのだ。
「めんどくさいから、さっさと告白しろよ」
「そりゃあするよ」
このやり取りも何十回となくしたのだが、結局満月は千聖にまだ告白していないのだ。
などと話している内に手紙を渡し終わったらしい。星陽がこっちに向かって来ながらサムズアップをしている。その進行方向に目をやった新入生はギョッとしているようだ。
星陽、その、俺はやったぞ的なヤツはいらない…
ガラが悪い2人にパシられているんじゃないかと、警戒心を抱かせた気がして心配だ。
2つ目の交換条件のためにBKD部長である睡陽の元に行くと、小さな部室には、どうやってここに入れたのかわからない大きなベッドが置いてある。
「おいピンク!このベッドおかしいだろ!!」
車の整備士のような作業服を着て肩にかけたタオルで汗を拭いている睡陽は、チッチと指を振りながらドヤ顔で言う。
「備えあれば憂いなしです。キスをしている内にその気になってしまっても、これなら大丈夫。あ、私は壁なんで存分にどうぞ」
…と言うかその気になれ。
ぼそっと早口で続けるあたり、まだ最初の条件を諦めていないようだ。
「こちらに栄養ドリンクも各種取り揃えてあります」
商品紹介のように手を差し出す先、BKD同人誌の棚に、見覚えのあるものから怪しげなものまでズラリと小瓶が並んでいる。
「…もういい…。星陽、さっさと済まそう」
色々諦めた弥幸が星陽の姿を探すと、何気にベッドでくつろぎ始めている。
「これスッゲー寝心地いいな。ずっとここ置いとこうぜ。俺昼寝しにくるわ」
馴染むな!
大の字で寝転がる星陽を起き上がらせようとして手を伸ばす。
が、その手が引かれたと思った次の瞬間には弥幸が組み敷かれる形になっていて
「いいよ。始めよ」
と、星陽が唇を重ねて来た。
おそらく睡陽であるところの人影が激しく動き、切れ間が見つからないシャッター音も響く中、俺は何を見せられているんだろうと思いながら満月は確信を持った。
弥幸。お前、ついに星陽に抱かれただろ。
あまりに終わらないので、せっかくだから撮っとこうかと携帯の動画ボタンを押す。
いやー、デジャヴだわ。
体育館裏の時は弥幸主体だったのになあ。
前より少し背が伸び押し倒せるようにもなった星陽を思うと、2人の軌跡を見て来た者として、ほんの少し感慨深く思わないでもない満月だった。