花調酔之奏(はなしらべよいのかなで)〜花酔譚
スレッジ稚内さんの、「スレッジ稚内のラジオラジオ/ヴァサラ戦記:業《KARUMA》の第21話」からのお話で書かせていただきました!
スレッジ稚内さんが紡ぐ、ヴァサラ軍一番隊の心踊る人間ドラマはこちら
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幕間其の一〜ヴァサラ戦記:業《KARUMA》第21話〜
「やれやれ。この雰囲気はやっぱり慣れねぇなぁ」
墨色が少し混じる夕日が、病院の白い壁を照らしている。通い慣れた廊下を、ハナヨイはぼんやりと歩いていた。
「ウチは隊長さんも副隊長さんも無茶しすぎなんだよ。何だって俺はいつも看護要員で呼ばれるかね」
夕方になると視界が悪くなる。おかげで五感は敏感で、いくつも並ぶドア向こうの患者の状態が、それぞれよくわかった。
この病室は無人だな、ここは新しい怪我人が入ったな。こいつはやっと熱が下がったか。そうやって辿って行くうちに、目当ての病室に辿り着いた。
「肝心のお前さんは全然かよ」
相変わらず悪夢にうなされ続けている声が聞こえ、ハナヨイはドア越しに呟いた。
ハナヨイの元の職業は旅芸人だ。いつも医者を呼べるとは限らない仕事だったので、病人や怪我人の世話が得意だった。ある程度の医学知識があり、弱視のおかげで健常者よりも容体の変化に気づきやすい。そのため、医療部の手伝いによく呼ばれた。
だが、作業に慣れても精神的に慣れるわけではない。
病院は病人や怪我人ばかりだから辛い。知り合いが病気や怪我を負っているのはもっと辛い。ましてやそれが友人ともなると更に辛かった。
病室の外で一旦立ち止まる。
気持ちを整えると、勢いよくドアを開けた。
「よおよお、メイネ。相変わらず悪い夢見てんのかい?1番隊のヤツらは今日も見舞いに来たんだろ?わざわざ時間ズラして来てる俺の気遣いをありがたく思えよ」
一気に言うと、椅子を枕元に引きずって来て座る。
調子をつけて話し出した。
「さあさあ、お立ち合い。今日も報告の時間が来たぞ。何から聞くかい?やっぱり1番隊のことからかい?あいつらは今日も、お前の分もって頑張ってたぜ。ゴンゾウってのはそれにしてもよくできた男だ。隊長がいないってぇ危機に、あれだけ隊員を引っ張って危なげなく隊を動かすたぁ大したもんだ」
もちろん答えはない。だが、ハナヨイが話している間は少し表情も柔らかくなり、息遣いもちょっとは穏やかになる気がする。
「おっ、お前さん、もっと聞きたいってぇ顔だね。よしよし、次は今日のヴァサラ軍の動向だ。だが残念。大きな動きはねぇと来た。1番隊の案件をヴァサラ軍で扱うことになったってぇのは聞いてんだろ?どうもこいつぁ大きなことになりそうだ。俺の鼻にゃちょいとキナ臭ぇ匂いがな。プーンと香って来るってぇわけだ」
夕日が落ちて来た。
部屋が暗くなると、メイネの横顔と動かないシーツばかりが白く浮き上がる。それも闇に染まり出すと、視力が落ちる夜目のハナヨイには、メイネ自体が消えてゆくように見えた。
「…本当に、どうしちまったんだお前はよ。こんなに長ぇ時間寝っぱなしになってるようなタマじゃねぇだろう」
いつか看護や看病をすることになるとしたら、それはウキグモだろうと思っていた。
知り合ってからこの方、メイネが病気になったのを見たこともなければ怪我が長引いているのを見たこともない。見た目からは考えられないほど頑丈で、人類が滅びてもこいつだけは生き残ってるだろうと思っていたのに。
「早く起きねぇと、俺ゃお前のメガネの顔を忘れそうだよ」
軽口を叩くと、ふと思い出して付け足した。
「それにな、ウキグモが業務に支障をきたし出しちまうぜ。あいつ何でもないってぇ顔で仕事してるけどな、晩酌の量が増えてんだ」
それに付き合って俺も増えてるけどな、という言葉をハナヨイは飲み込んだ。
部屋は既に真っ暗になっていた。
何も見えない部屋の中で、また少しずつ、メイネの息遣いと鼓動が乱れてゆくのが分かる。
ああ、そうだよな。辛ぇよな。お前は今、辛ぇんだよな。
だがそれは、紛れもない、呼吸と心臓の音でもある。
でも、生きてんだな。
ハナヨイは席を立ち、病室のカーテンを閉める。
「そういや白湯ってのは湯と水を混ぜんのが正しいのか、水を温めて作るのが正しいのかって話はまだ終わってねぇぜ。ウキグモの奴ぁしばらく沸騰させてから冷ますとか言ってたけどよ。白湯一つ飲むのにどんだけ時間かけんだって話だよ。お前もそう思うだろ?」
”ほんま、話にならへんなあ。あんたらは白湯ってもんをわかってへん〟
聞こえて来るはずの、柔らかいくせに絶対に譲らない返答は今はない。
…あの気取った妙な口調が早く聞きたくなる日が来るたぁな。
暗闇の中のメイネを指差し、続けた。
「とにかく俺ぁ、正しい白湯についてお前と決着つけなきゃなんねぇんだ。このままおっ死んじまうんじゃねぇぞ」
病室を出て、静かにドアを閉める。
うなされ出したメイネの声を背中に聞きながら、それを掻き消すように呟いた。
「全く、どいつもこいつも…。俺がいつでも元気いっぱい看病できる状態なのに感謝しろよ」
新月なのか雲が厚いのか、今日は月が見えない。
→花調酔之奏 幕間其の二〜ウキグモ外伝⑤―副隊長就任初任務編―
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