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⑭緑
年齢:不明(見た目二十代位)
性別:女
所属:街の警邏隊まとめ役
極み:不明(定)
刀 :弓師のため使わない
仲の良い隊員:自陣・他多数
その他
九尾の半妖で弓の師範。とても強い。
とにかく優しいが、ダメな時はちゃんと叱れる人。小言が怖い。
長生きだが歳をとらないように見える。昔からの伝手による顔見知りが多い。
屋敷にはいろいろな人が寝泊まりしていて、ソラの部屋もある。(紺色でシックな内装、違う世界の身内からもらった家具がたくさんあり、地下にお酒置き場もあるらしい)
(@ユエ猫様)
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ソラの部屋はまだ部屋といえば部屋だったが、ここはまるで野外のようだ。
色々なところに弟子がたくさんいる緑はその弟子たちが遊びに来て騒がしいと言ってはいたが、この広さなら何十人いても大丈夫そうな気がする。
部屋は側面から天井にかけて赤や黄色の紅葉に覆われ、床全面が広い池のため、部屋の端が滝になっている。流れ落ちる水音がBGMのようで、水圧で起こる風は水の香りを運んできた。池には3つの小島がある。滝ではない奥側は屏風と几帳、大きい盃に傘が差し掛けられてる場所もあった。
小島の2つには白い毛と赤い尾先を持つ3匹の狐がくつろいでおり、ジャンニがいるのは左端の小島だ。
目の前の小島では狐たちがボールで遊んでいて、二匹の尾が目の前でふさふさと揺れている。その奥の小島にも美しい白狐が一匹いて尻尾を振っていた。たまに目が合うとちょっと笑ってくれているような気がするのだが自意識過剰だろうか。
この美人狐と自分の間に可愛らしい猫がいた。この前家で見かけた毛の色と似てるんだがなあとチラチラ確認していると、塗りの半円盆にお茶とお菓子を乗せたものが静かに目の前に滑り出される。
出してくれたのは緑だ。つるりとした手触りの、厚いベルベットのような敷物の上に2人で座っているのだった。
緑は九尾の狐の半妖なので、豊かな毛量の尾が九本もある。座っている姿が毛皮の椅子に腰掛けているようで優雅だ。ちょこんとかぶっているベレー帽からこぼれ落ちる花飾りが、グリーンプラチナの髪にかかっていた。
20前後にしか見えない、どちらかというと幼い可愛らしい造りの顔なのだが、緑はとても強い。そして優しい。
抹茶という名の茶はトロッとしていて、渇きを癒すというよりは味わうもののようだ。一緒に出されたお菓子は椿を形どったもので、添えてある短い平べったい棒で簡単に切れた。苦味が強い抹茶に、かなり甘いそれはよく合う。これはワグリと食べたいなと思いながら言った。
「不思議な食べ物だね」
自身も一切れ口に入れようとしていた手を止め、緑はふふっと微笑んだ。
「別の世界のお菓子ですよ。以前ソラが持って来て、美味しかったので月に作ってもらいました。練り切りというお菓子だそうです。季節ごとに色々な種類があるようで、今無理を言ってソラに集めてもらってます」
月に比べると少し低く、落ち着いた声色だ。まろやかにゆったりと話してくれるので、他愛のない話をするだけでもくつろげる。
「うん、美味しい」
と緑は幸せそうに練り切りを食べ、抹茶を飲んだ。
向かい合ってお茶となると、これはしっかり話をする態勢かなと自分が話せそうなことを頭で整理していたのだが、一向に始まらない。
「何か話すことがあったんじゃないかい?」
思わずこちらから聞いてしまった。
「話すこと」
本気の〝はて?〟という表情で緑は言う。
「言わなければならないようなことは、あの子達が言ってくれましたからねえ」
抹茶をまた一口飲み、緑は頭上の紅葉に目をやった。
「…そういえば、そろそろあなたはここから元の世界に戻らなければなりませんね」
その言葉にジャンニは驚く。
「まだ2〜3日しか経っていない気がしてたんだけど、もしかしてもっと経ってるのかな」
「あちらでは一週間くらいかと思います」
「もうそんなに経ってたのか」
言いながら、ここから離れるのがとても名残り惜しい気がした。美しくて戦争のないこの国自体が好きだし、人型のソラとじっくり話したり、普段あまりゆっくりと話す機会が持てない月や緑と話せたり、ロアさんと話せなくなるのが淋しい。そして、今こんなに体が軽いのに、不自由なあの体にまた戻らなくてはならないのは残念だ。
「ジャンニさんはこの国がお好きですね?」
緑がニッコリと笑った。
「そうだね、とても気に入ったよ。もっと街を歩いてみたいしソラの学園都市も見に行きたいしね」
「そうですよね」
穏やかに緑が言った。
「でもここにあまり長くいると、今までのことを忘れてしまいます」
言われてハッとした。
ここに来る前までは何かと家族のことを思い出していたことを思えば、明らかに思い出す時間が少なかった。
「あなたの世界では、生きることとは記憶から魂が錬成されることです。記憶という石から不純物を抜き強い鉱物を作るように、あるいは石を磨き宝石にするように。でもこの世界で生きるということは、漂白することです。エッセンスだけ残し石をどんどん透明にする。生まれ変わる時にはまた新しく記憶を溜めて錬成して行かなければなりませんから」
「それは…まずいね」
カウンセリングの仕事は、自分の傷を開かせておかなければならない。その開いた傷口の生身にクライエントの話すことが触れ痛かったり辛かったりする時、それは自分のことであると共にクライエントのことでもある。
「大事なことは消えませんよ」
考えていることが見えたかのように緑が言った。
「あなたにお礼を言わなくては」
はたと生真面目な表情になり、緑が言った。
両手に収めるように持っていた少し大きめの入れ物を敷物の上に置き、手をついて頭を下げる。
「ソラの無茶な願いを聞いて下さって、ありがとうございます」
何のことかさっぱり分からず一瞬動きが止まってしまったが、とりあえず、頭を下げられたことに慌てて言った。
「まず頭を上げて欲しい。何のことかさっぱり分からないよ」
頭を上げた緑は続けた。
「あなたが今、閻魔様修行をされていることです。一緒にいたいからこちらに来てというのは、普通の人間の方に言うには過ぎたわがままですから」
あれがわがまま?
その事自体にジャンニは驚いた。
「そんなこと。…私にしてみれば逆に名誉というか、本当に私で大丈夫かいという感じだよ」
とまで言って、ふと微笑んでしまった。
「ああ、でもね。普段全然お願いなんかしないソラが、あんな呟きみたいな形でもね。名指しで言ってくれたことだから。それは嬉しくて何でもするよ」
確かに一時でもこのアンフェールという国のそれなりの立場になる訳だから、もう少し深く考えるべきだったのかもしれない。友人の頼みで私にできることならと、あまり考えず二つ返事で引き受けてしまった感はある。
「それに、引き受けて本当に良かった。種族も寿命も全く違うもの達もこんなに仲良くできることがわかったからね」
故郷はかなり荒れていたし、今いる国だって争いが絶えることがない。だから国というのはそういう物だと思って来た。だが「戦わずに生きる」ということは、本当に可能なのだ。
「ここフェールでも、争いはありますよ」
緑が言った。
「ただ、話し合いで解決できることは多いです」
皆が仲良い方が、戦争なんてない方が良いと誰でも分かっているはずなのに、なぜ争いは耐えないのだろう。
そんな素朴な疑問がありながら、家族の誰かが悲惨な殺され方でもしようものなら自分も不殺を貫く自信はない。なぜならこの手は、人を殺める術を持っているのだから。
「どうしようも無いね」
ふっと呟いてしまった。
こんな考えを突き詰めていけば、自分など居ない方が良いということにしかならない。教会を出た時そうできるように生きて行くつもりだったのに、私はそれを貫けるほど強くはなかった。
「閻魔様に教えて貰えなかったという、あなたの人生の課題、私はわかる気がしますよ」
穏やかに緑は言った。
「それはあなたが今、揺れ続けていることでしょうし、あなたの今の状況自体がその課題に重要なことだと思います」
そうなのだろうか。
では、私が捨てたいと思っている碌でもない感情でも、持っている意味があるのだろうか。与えられた仕事をこなす人形だと思っていた私が、先生と接する中で、これが感情なのかと初めて自覚したそれを。
目の前の2匹の狐がボール遊びをピタリとやめて、こちらを向いて並んで座った。
部屋の最奥、ひときわ赤い紅葉にかかったロープに下がっている白い紙が、風に吹かれたように左端から順番に翻る。
時々目が合っていた美人狐が豊かな尻尾を一振りし立ち上がると、何かを告げるようにその場でクルリと回る。
それを見た緑が言った。
「そろそろのようですよ」
おっとりと続ける。
「お抹茶とお菓子のおかわりはいかがですか?」
美人狐はまた元のように座り、尻尾を振っている。そんなに急がなくても良さそうだ。
「またしばらくは飲めないだろうから、抹茶だけいただくよ」
湯ですすいだ茶碗に耳かきのようなもので粉を入れ、また湯を入れると大きな竹の筆のようなもので混ぜる。絡み合う、その音と水音に耳を澄ました。
もうすぐ元の日常に戻る。
不便な身体と付き合いながら、仕事をこなすことで精一杯の日々がまた繰り返されるのだろう。
ここに来る前に思っていたことを、ふと思い出した。
幸せと淋しさは背中合わせであること、でも私はもう手に入れてしまったこと。
飲んだ抹茶はやはり苦かった。でもそれは温かく、ちゃんと味わえば甘さだってある。
答えは一つしかないことは分かっていた。
私は淋しさを飲み込み傷を増やす。でもその傷は皆と繋がるための貴重なよすがだ。だから私は、カウンセラーという仕事を選んだ。
私の全部を使い尽くし、それが余すことなく人々に役立つように。そしてその時に、傷が傷でなくなり、皆と私が生きた記録になることを期待して。
「そろそろ行くよ」
飲み終わった茶碗を緑に返し、ジャンニは言った。
立ち上がると髪紐が解け、今まで着ていたカソックが光を纏って消える。緩いTシャツと薄布のズボンという入院服姿に戻った。
島の端に移動すると静かだった水面が割れ、その深さの分だけ水が半円の壁状に吹き上がる。
元の世界に戻る水門であるそれに入ろうとして、ふと思い出して言った。
「色々とありがとう。今度は小屋ではなく、家の方にもおいで」
「ありがとうございます」
そう答えはするが、やはりこれからも緑は遠慮して小屋の方にしか行かず、窓越しに目が合うと微笑んで会釈をするのだろう。
「行くと思うよ」
緑に言った。
「私はいつか、過去を見に行くと思う。けれど一人で行って帰れる自信がない。だからその時には、誰か一緒にいてくれると嬉しい」
質問のつもりではなかった。
だが、緑の答えが水音に紛れて聞こえてくる。
「うん、わかったよ」
納得したジャンニは微笑んで頷く。
水門に入る背中を追うように緑が言った。
「あなたの色々な経験がこちらに来て生きることがいっぱいあるし、あちらの世界でしか体験できないこともあります…少々手のかかる子が加わるので…」
ふわりと笑った。
「もう少しゆっくり生きてくださいね?」
それは時間ではなく、生き方の問題なのだろう。
ゆっくり生きてもいいのなら、私はもう少しだけ…欲しいものに手を伸ばしても許されるだろうか?
「心に留めておくよ」
本当にそうするという気持ちの全てを載せ、答えた。
水門の果てしない底に引き込まれて行く。
水の竜巻のような物に巻き込まれて息ができない。
息…?
アンフェールで、私は呼吸なんかしてたか?
フェールにいた時他の場所へ行き来した時も水門だった。
だが、あの時は泉の裏が他の国に繋がってるようで、紙を破るようにすぐつけたのだ。
息苦しさに意識が薄くなる頭に過ぎる。
そうか、なるほど。
これが、体があるということなのか。
なんていう質感と重みだ…
→⑮廉