Until I get to you

君のそばに行くまでに
プロローグ1

 子どもたちの声が幾つも響き渡る、世界的キックボクサーを輩出しているとも思えない家庭的ジムで、中に入った子どもをポイポイとリングから出しミット打ちを始めた時、異常に気づいた。
 何か目の前がクラクラする。
 体の頑丈さには自信がある。怪我もすぐ治るし、今まで風邪すら引いたことがない。
なので、自分の今のこの状態が何なのか全くわからなかったが、足元が定まらずロープに寄りかかってしまった時、リング下で子どもを叱っていた師匠のマナワが声をかけた。
「どうした、ジャンニ。珍しいな」
「なんか…クラクラするんだよ。なんだこれ」

 赤ん坊のジャンニが公園に捨てられていたのを拾い、まだ20歳そこそこだったマナワはここまで育ててきた。この国で捨て子を施設に預けても碌なことにならないのを知っていたので自分で育てることにしたのだが、キックボクサーとしての才能に限界を感じ、これからどうしようかと思っていた時でもあった。選手を辞めて新しい道を進むきっかけに、何か背中を押すものが欲しかったのかもしれないと今では思う。
 ジャンニは非常に育てやすい子どもで、大人しく病気一つしなかった。分別もつく方で学校の成績も良かったので、将来会社員にでもなるのだろうと思っていた。
 だが、せっかくジムも開いてるんだしとキックボクシングを教えた所、驚くべき才能を示しだした。とにかく目が良いし運動神経が良い。骨がしっかりしていて食べれば筋肉になる体という、信じられない効率の良さだ。
 神からのプレゼントだと思ったものだ。
 体が出来上がってからここまでの数年一度も負けたことがなく、何人もの有名選手相手に勝っている。
「お前、今日は練習やめて病院に行け。他に何かいつもと違うことなかったか?」
外したグローブをミット持ちの選手に渡しながら、ジャンニは答えた。
「そういやここんところ、なんか食い物入んないなとは思ってたけど」

 この、ジムをコロコロしてる子どもたち5人とゆりかごに寝ている赤ん坊は全てマナワの子どもだ。
 マナワに子どもができて結婚したことをきっかけに、数年前からジャンニは一人暮らしをしている。2人で住んでいた時の様子から考えて、生活態度を心配してはいなかった。ちゃんと作って食べてるだろうし家事もちゃんとできてるだろうと思い、何を食べているかなどあまり聞いたこともなかったのだ。
 もっとちゃんと顔出して話聞いときゃ良かったな。
 今更後悔しても仕方ないが、今まで病気らしい病気などしたことがない人間が食べられず眩暈がすると言っているのだ。もしかしたら大変な病気かもしれない。
 ジムを閉めて病院に着いて行きたいくらいの気持ちだったが、本人がそう大したことでもないと思っているところに不安を煽るのも良くないだろう。
「何て言われたか教えろよ。この先の試合の調整もあるから」
大袈裟だなとブツブツ言いながらも、ジャンニは素直に服を着替えジムを出て行った。

 ジムをでたジャンニは、病院に向かう道中でふと気づいた。
 …これ、もしかしてあれか?
最近あった私生活の変化で心当たりがあった。
「うわ、マジか…。まさかと思ってたけどさ。…てことは、今向かってるとこ合ってんのかな」
遠くに行くのは面倒なので、怪我の手当をしてもらういつもの医院に行こうとしていたのだ。だが良く考えればそこは外科だし、普通の人間用の病院でもある。
 まあでも、良く知ってる先生だしな。
他の病院がいいなら教えて貰えばいいかと、いつものように、受付の前を素通りして診察室に顔を出した。


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