⑧ ウキグモ
年齢:40
性別:男性
身長:180cm
一人称:俺
二人称:お前、お前さん
所属:元ヴァサラ軍九番隊副隊長 → サルビアの街自警団団長
極み:雲の極み「流水行雲」
刀の色:藍色
容姿
顎髭を蓄え、戦闘時には藍色の髪を後ろにまとめている。普段はそのままなことが多い、灰色だったり、黒だったりのシャツを着てることが多い。
友情や義理人情に厚い性格をしており、親友であるソラト(故人)の夢の後押しをしたこともある。
少年期より、剣の才があったこともありその能力を活かす為、剣の道を究めて一人前になるべくヴァサラ軍に入り、九番隊に所属。隊員時代の際に、極みは会得し、25、26歳頃に九番隊副隊長に就任。
しかし、故郷のサルビアの街が戦火に巻き込まれ、親友のソラトを失い、ソラトの子どもであるアマネやカスミを託される。それがきっかけで、30の時にヴァサラ軍を抜けることを決意。子どもを引き取るとともにサルビアの街の復興に尽力。
現在は、街の自警団組織の団長を務めている。アマネはもちろんのこと、団員たちも厳しく鍛え上げており、その鍛錬には自信を持っている。
独身ではあるが、繭とはパートナーのような関係であり、共にアマネ兄妹を見守っている。
(@夕月様)
ウキグモとジャンニの前日譚は、夕月さんが書かれたこちらから。併せてどうぞ。
→「とある牧師との思い出ーウキグモこぼれ話ー」
いや、思ったより遠いな。
ジャンニは背負った少女を背負い直し、来た道と行く道を見た。
幸いに木陰が多い道で、薄暗さと湿っぽさはあるものの暑くないのは助かる。
今向かっているサルビアの街には行くことも多いのだが、少女とは言え人1人背負って行くのと単独で行くのとはかなり違った。
偽札を作っていた男と妻、その娘であるこの少女、ルベライトは今ヴァサラ軍にいた。男と妻は怪我の治療中で六番隊に入院中なのだが、ルベライトに関しては怪我自体はひどくなかったので完治し、精神的ダメージも取り去れているようだ。
先週一週間遠征でいなかった為、様子をあまり見られていなかったのだが、病人か怪我人しかいない病院で健康な少女が病室を部屋として暮らすのは、やはり良くないようだ。
描いた絵を日付順に見ると元気がなくなっているのが微かに見て取れて、少しウキグモのところで預かってもらう事にした。
ウキグモのところのカスミは12歳なので、13歳のこのルベライトとは歳が近く話も合うのではないだろうか。そもそも不登校気味なのでカウンセリングを行っていたわけだから、新しい友人が増えるとまた違うのではないかと思う。
林道を割く光が見え出した。
サルビアの街の入り口でもある林道出口に近づくと人影が見える。藍色の髪で顎髭があり、今日は黒いシャツを着ている。元ヴァサラ軍九番隊の副隊長をしていたウキグモだ。
「すいません、ここまで出てきてもらって」
眠らせている少女をまた背負い直しながら言うと、
「小さい街だからな。近いもんだ」
と笑った。
ジャンニの入隊は20で、他隊員より少し遅めだった。
友情や義理人情に厚い性格のウキグモは、別隊に所属しているにも関わらず、他隊員より年上であるジャンニを良く気にかけてくれていた。
水刃式で水色が変わり「極み」という概念を知るとすぐに極みは発動できるようになり、その時点で極み技もほぼ出揃っていたのだが、少し特殊なこの極みをどう使えば良いのかについては正直掴みかねているところがあった。
その頃戦場でウキグモの雲の極み「朧雲」を見ながら、これに幻覚を載せることができる気がする、と思ったのが同調を使い始めたきっかけだ。
予想通り上手く載り、「天津風雲路の迷宮(あまつかぜくもじのめいきゅう)/Labyrinthus venti et nubes de caelio(ラビリントス・ヴェンティエ・ヌーベス・デカイロ)」という名前まで降りてきた。
何か効果が付けば良いなと思い、可能であれば出来るだけ同調は行うことにしているのだが、未だこれ以上の効果がある同調になったことがない。
その後、ウキグモの「雲の極み」に同調を乗せながら他の極み技の使い方も模索したので、肩を貸してもらった多大な恩がある。
同調の際は普通はこちらが波動を合わせるのだが、その頃の印象が強いのか、ウキグモだけは自分から波動を合わせてくれる。「合わせられますか」と声をかけると「俺はいつでも準備万端だ」と返ってくる、昔から変わらないやり取りが嬉しい。
以前スラム街での暴徒をウキグモと共に沈静化した際、サルビアの街でのソラト一家との食事に招待された。
出身国も今住んでいる場所も荒んだ場所であり、家族もいないジャンニにとって、平和な家族や世界、友人との関係を、自分もその中の1人という立場で経験するのは初めてで、ヴァサラ軍が守っている物が何なのか具体的に分かった気がしたものだ。
以来、時には任務で、時にはプライベートで訪ねていたのだが。
「ここまで来てもらった上に申し訳ありませんが、ソラトさんとコハルさんのお墓に寄っても良いですか?」
「全然。どうせ行くだろうと思ってたしな」
その後、あんなに元気だったコハルさんは病死し、ソラトさんは村が戦火に巻き込まれた時に亡くなってしまった。
今はウキグモが、あの時は子どもだったアマネと、まだいなかったカスミを引き取って育てている。
わざわざ街入り口まで来てもらったのは、道々今回の事情を話そうと思ったからだ。街の花屋に寄り花を買い、墓地に向かいながら話をする。
偽札のこと、その後ルベライトがどういう目にあっていたかということ、自分とルベライト家族が何かに狙われていること。
サルビアの街に変な人間を入れてはいけないとかなり神経を尖らせていたが、全く何の気配も感じなかった。これが、連れ出したのがバレていないからかサルビアの街だからかはわからない。
「この子の記憶だけは、消して繋ぎ直しました。家族で事故に遭って入院していることになってます。すいませんが、そういうことでお願いします」
「わかったよ」
と言うと、ウキグモはちょっと吹き出すように笑った。
「そんなにさ、謝るばっかしなくていいんだよ。俺の後輩で友人だから助けたいし、協力できることはする。女の子1人預かるぐらいどうってことねぇだろ」
ルベライトを預かってもらうことについて謝ろうと思っていたジャンニは、その謝罪を飲み込んだ。
そして一言、「ありがとうございます」とだけ言った。
それまで一般市民だった人間にとって、武器を持った大量人数に素手で向かうのが怖くないわけがない。街中で喧嘩に巻き込まれるとしてもせいぜい十数人で、その中で刃物を持っている人間は数人だった。それが、ここでは味方も敵もカサーベルを持ち、その人数は数十人から時には数百人単位だ。
一斉に自分を囲む武器を見ていると、自分と光景とが全く別のものに思える瞬間があり、そういう時は俯瞰で自分を見ている感じがした。
息苦しいほどの高揚と共に周りの動きが異様に遅くなり、体がある感覚が消える。興奮した気持ちの捌け口として、向かってくる人間全てを気が済むまで痛めつけたくなり、そして実際そうした。
周りに立っている人間がいなくなり我に帰ると、どう考えても必要以上に、しかも笑いながらそんな行為を行ったことは覚えていた。
その内何の罪悪感も感じず人を殺す人間になるんじゃないかと思い、そんな自分がこのまま存在していていいのかと怖くなりながらも、気づいてしまった。
私は、闘うことが好きだ。
それも、好きだという表現では軽いくらい好んでいた。
恐怖を感じながら戦場に立ち、一つ間違ったら死んでしまう状況を味わいながら命のやり取りをすることは楽しかった。
実力差がある相手を抵抗できないままに徹底的に潰すのも好きだし、実力が拮抗している相手と一瞬の油断もできない戦闘を行い、死線をくぐるのも好きだった。
そして、そんな自分が大嫌いだった。
派遣先が同じ時にはいつもウキグモを探して一緒に闘う内に気づいた。
ウキグモさんと一緒の時には、あの状態にならない。
2人でいることもあるし、おかげで極み技が上手く使えているというのはもちろんある。だがバラバラにされカサーベルに囲まれるという、これは死ぬんじゃないかと思われる状況になっても、ならないのだ。
ウキグモが、戦火に巻き込まれたサルビアの街の復興のため軍を抜けることになった時、当然そうするだろうし仕方ないということは分かりながらも、理性のタガが外れるのを止める人間がいなくなることがかなり不安だった。
そのことをついぽろっと漏らしてしまった時、ウキグモは答えた。
「戦場なんだし、理性のタガぐらい外れても良いと正直俺は思うよ。けどお前が嫌そうだったから、戦場で一旦離れる時はいつも声かけるようにしてたよ」
そういえばそうだったなと思った。
何分で戻ってくるからそれまでに何人倒しとけとか、何分後にここから何メートルの所にいろとか、かなり具体的な指示をされていた。
「そうすればずっと変わんないみたいだから、自分で自分に指示すりゃいいんじゃねぇか?理性のタガを外す時と外さない時で指示を変えときゃいいんだよ」
それ以降、自分に合った自己暗示用の指示を模索し、やがてコントロールできるようになった。
災害時の心理的応急処置のため手伝いに行っていた当時は、林道を抜けたらサルビアの街の端から端までが見渡せた。街の建造物はどこまでがどの建物かわからないぐらい崩壊し、焼け焦げた匂いはしばらく消えなかった。
生き残った者は、ここ辺りが自分の家だっただろうという目算でバラックを建て、家族が見つかっていないものは、せめて遺体だけでもと崩壊した建物の下を怪我も厭わずずっと探していた。
戦火に遭った時のごっこ遊びや絵ばかりを描く子どもたちと共にいながら、夜中寝られない住人たちの話や散歩に付き合いながら、この人たちがこんな目に遭う理由がどこにも見つからず、何にも納得できなかった。
カムイ軍に復讐したいと言う者はその時いなかった。ただ一様に、亡くなった家族に会いたいと言った。
だが、彼らが一番欲しいものは絶対に与えられないのだ。
確かにウキグモは、ヴァサラ軍なんかよりここにいることが必要だった。
なぜ自分の方が生き残ったのだろうと傷つく人の1人が皆をまとめ、全員で復興に尽力することは、どこか外部から効率的な手段で短期間に復興させることとは全然違う。
ウキグモがそれを行ったことで、街の復興は同時に、住人たちの心を立て直すことになっただろうと思うのだ。
墓から家へ向かいながら、 そんな時があったのを忘れてしまうほどの街の様子になんとなく不思議な感じがした。
「すごいですね。変な言い方ですが、もうすっかり街になって」
「そうだな。一回焼け野原になったことを、俺でも時々忘れそうになる」
ジャンニの言葉に答えたその口調は、それが良くないことであるという思いが言外に滲むものだった。
「今でもまだ罪悪感はありますか?」
一緒に飲むことが多かった当時、ウキグモはそう言っていたのだ。
「あるね。ソラトが死んで俺が生き残ったことの罪悪感は、多分一生無くならない」
だが言葉を切ると、気持ちを切り替えるように言った。
「何で生き残ったかの理由は、これから死ぬまでに作っていくしかねえな」
起こってしまった事を後悔ではなく次に繋げる材料にするそれは、副隊長だった頃を彷彿とさせた。
とてもウキグモらしい言葉だと思った。
ウキグモ宅は無人だった。
アマネは自警団の訓練に参加しており、カスミは友達のところらしい。
「sectione」
目につく部屋の片隅にルベライトを寝かせると指を弾かずに唱えた。
自然に目覚めるだろうがいつ目覚めるかはわからないので、目が覚めるまで待つことにする。
座って一息つくと、軍から街まで、そして街からここまでで道々思ったことが一気に蘇ってきた。何ならウキグモと戦闘参加していた時の事や繭のこと、ソラト一家のことまで思い出されて来る。
お茶とお菓子を用意してきたウキグモがギョッとして言った。
「何?泣いてんのか?この家のどこに泣く要素が?」
自分でも、まさか涙が出るとは思わずにびっくりした。最近は泣けないことが辛いなと思うことも多かったのに。
「ホントお前、良く泣くよな。情緒不安定すぎないか?」
笑いながらお茶を置くウキグモに答える。
「いや、こんなの久しぶりですよ。ウキグモさん以外、私が涙脆いのを知っている人はいないかもしれません」
涙を拭き、お茶を飲むと落ち着いた。
「なんか色々…思い出してしまって。ちょっと飽和状態になりました。街がここまで復興して、今ウキグモさんには繭さんとアマネとカスミという家族がいて良かったなあと…そんなことを言ってると、また泣きそうになりますね」
「いやもういいって。俺が泣かしてるみたいになってんだろ。落ち着いてこれでも食え」
と言うと饅頭を投げ渡された。
そして自分でも饅頭が盛ってあるカゴから1つ取りながら、ウキグモは言った。
「まあでも…ありがとな」
その仕草と口調は言われたことがあながち間違いではないことを示していて、 ジャンニは聞いてみた。
「ウキグモさん、今、幸せですか?」
(夕月さんの回答から)
それは、今幸せそうに見えるから確認する、そんな言い方だった。
そう見えるのかと、ウキグモはこの後輩隊員の言葉を反芻する。
ジャンニが入隊直後からの知り合いなので、付き合いも15年になる、街の復興を見て来た一人でもあるこいつが言うのなら、きっとそう見えているのだ。
この後輩の第一印象は、ギャップが凄いなというものだった。
牧師には必要ないガタイの良さも、牧師のくせに前線でバリバリ戦うタイプだということも、どうも並び立つ気がしなかった。
しかし、発動した極みは直接攻撃でも武器を使うものでもなく精神攻撃だった。それを聞いた時に、何となく、こいつは人を傷つけたり殺したりしたくはないんだなと思ったのだ。人の気持ちに深く入っていく極みでもあるので、繊細で人の気持ちに寄り添うこともできる。
こいつは根っからの牧師なんだなと徐々に納得していった。
やがて見た目ほどにはしっかりしていない部分があるのも見えて来た。
特に自分のことになるといい加減で二の次になっているところがあるし、戦闘に関してはあんなに勘がいいのに、それ以外のことに関しては要領が悪かったり普通に不器用だったりする。
なんとなくほっとけないところがあり、ちょくちょく八番隊を見に行ったり話したりしている内に向こうも頼って来てくれるようになったのは、ウキグモとしても嬉しかった。
戦場で自分を見つけるとパッと明るい表情になり嬉しそうにやって来る姿は、なんとなく犬っぽいなと思ったものだ。
ウキグモは改めて今までのことを思い出していた。
親友のソラトを救えずその子ども達を託された時は、あいつの分まで生きなければならないと思ったし、アマネとカスミの未来を守らなければならないとも思った。それは「義務感」であって、この大きな義務は、ヴァサラ軍を辞めなければ果たせないと思ったのだ。
副隊長まで務めた隊員であるにも関わらず、一番守りたいものを守れなかったという気持ちがずっとあった。
もちろん自分一人で守れたなんて烏滸がましいことは考えない。だがもっとやれることはあったはずなのだ。
後悔しても失ったものは取り戻せない。だったらまた新しく作って行くしかない。
街を立て直して、みんなや子ども達が育つ環境をもう一度作ること。それが、その時ウキグモができる全てだった。
とにかく必死で街の復興に携わり、幸せだとか不幸だとか考える余裕などなかった。
街は復興して来ている。いつの間にかアマネもカスミも大きくなった。
カスミは家事を覚えて役に立とうとしてくれているし、アマネは自ら力をつけて大事な家族を守ろうとしている。
こうやって、家族が少しずつ独り立ちしてゆく姿を見られている。
「幸せだよ」
とウキグモは答えた
やっと今、そう言える資格ができたのかもしれないと思いながら。
→ ⑨アマネ