第八話
目が覚めると窓の外が白み出しているところだった。昨日家に帰りそのままベッドになだれ込んだままに、剣道着と弥幸の服が部屋の床に脱ぎ散らかしてある。
あれから何回も意識が飛び、目が覚めるたびにカーテン越しの光の色が変わっていき、暗くなっていったかと思えばもはや明るくなりつつある。
「今何時?」
尋ねる星陽に、少し体を起こす気配がして弥幸の返答が聞こえた。
「朝5時過ぎ」
目が覚めた時に弥幸に話しかけると必ず答えが返って来る。
箱ティッシュが一日でほぼなくなり小さなゴミ箱は中身が溢れているくらいだというのに、こいつの体力はどうなってるのだろう。
時計を見た弥幸はそのまま星陽に覆い被さるように様子を伺って来た。
「それよりお前、体大丈夫か?」
「うん、全然。でも喉カラカラだわ」
と飲み物を取りに行こうとベッドから降りた瞬間に床に崩れ落ちてしまった。足が立たない。
「…やべ…歩けね。これじゃ大学行けねーじゃん」
脇を抱えベッドに持ち上げられると、座った弥幸の膝の間で背中からスッポリと包み込まれるような形になる。頭に顎を乗せるようにして、弥幸が言った。
「あーやっぱり。若者の体力底知れないなと思ったけど、さすがに堪えたか」
このバッグハグの形は気に入っていたのに、すぐに弥幸は体を離し、星陽の足を抱え上げてベッドに横にする。
「てかお前こそ大丈夫なの?ちゃんと寝た?」
「お前が飛んでる間に寝てるよ。元々睡眠浅い方だし全然平気」
そこら辺に散らばっているゴミを集めゴミ箱に入れると、素肌にズボンを履き星陽を振り返った。
「飲み物持って来るよ。何がいい?水とジュースと、お前が買ってるスポーツ飲料があるかな」
「水でいい」
喉がカラカラな原因は散々声を出したからなので、味がついているものよりはあっさりしたものが欲しかった。
「今日はもう大学休んでゆっくりしとけ。代返いりそうな授業があるならしとくけど?」
乱れかかる髪から形の良い横顔が見え隠れする。程よく筋肉のついた体には、全体像は星陽だけしか見られないだろうお経のタトゥーが走っていた。はっきりした意識の中で、訳のわからなくなった視線の先で、星陽はこのタトゥーをずっと見ていた。なんでお経にしたのだろうか。これから誰かの葬式の度に、今日のことを思い出しそうでヤバい。
今までだって弥幸のことが好きな気持ちは誰にも負けなかった。けど、今ちゃんと本当の恋人になったなと思えるし前と全然違う愛情で溢れている。
あぁぁぁー!むっちゃ幸せだー!!!
と窓を開け放して全世界に叫びたいくらいだ。
この、優しくてかっこよくて、でも初心なところもあって可愛い男が自分の恋人だなんて。
サングラスを投げるように外し、噛み付くようなキスをして来た弥幸を思い出す。
それだけでご飯何杯も食べられそうなくらいの怒涛の色気で、もうなんか変なニヤニヤが止まらない。
キッチンから水を持って入ってくる弥幸を満面の笑みで見つめていると、「…何?」と怪訝そうに言い、ベッド脇に座った。
「来て来て」
言って星陽が両手を広げると、弥幸がその中に身をかがめて来る。それを思い切りギュッと抱きしめた。
「ああもう、スッゲー幸せ。大好き。超大好き。お前いないと生きていけない。消えろって言われたって絶対離れないからな」
しかし、しばらくするとマズイことに気づいて腕の力を緩めた。
「ヤバい弥幸。俺、またしたくなって来た」
その言葉に急いで体を離した弥幸に、頭を枕に押し戻される。
「バカか。もうやめとけ。今日明日はなし」
ちょっとむくれた星陽は不機嫌な口調で言った。
「明日もかよ。全っ然大丈夫なのに」
「今も立ててないだろ。明日も大学休むことになるぞ」
「じゃあ口うつしって奴で水飲ませろよ。それで手を打ってやる」
はーっとため息をついた弥幸が体勢を立て直し、新しいペットボトルの封を開ける。中の水を一口含んだ。
唇が触れた瞬間に、星陽は水を掻き分けて弥幸の口に舌を絡ませる。そして、その舌をクルリと舐めとると同時に、自分の口の中の水もごくんと飲み込んだ。
唇の端から一筋流れ落ちた水を手で拭い
「どうだ、だいぶ上手くなっただろ」
ドヤ顔で言うと、心外なことに手の甲で頭を軽く叩かれる。
「下んないことしてないでさっさと寝ろ。水はここに置いとく。何か食いもん買って来るから大人しくしとけよ」
シャツを羽織って部屋を出て行く弥幸を、星陽はチェッという顔で見送った。
ドアを開け部屋を出た弥幸は、ドアの外でしゃがみ込んだ。
何やってくれてんだよ。
耳まで真っ赤になっていることがわかるし、体がおさまるまでここからしばらく動けそうにない。
本当に、理性がぶっ壊れる一歩手前だった。
抱きしめと言葉とキスの三連はヤバい。ドキドキしすぎて口から心臓が飛び出そうだ。
もちろん今からだって全然できる。
だが我慢しろ。我慢だ俺。
毎日抱き潰して毎朝大学に行けないとなると、それはそれでまた別の問題になるのだから。