花調酔之奏(はなしらべよいのかなで)〜花酔譚
はなまるさんが書かれた、麗しきイケメン女子四番隊隊長オルキスさんのお話から書かせていただきました!
強く優しく美しいオルキスさん初任務のお話はこちら
→旧隊長初任務:四番隊隊長『麗神』オルキス
幕間其の三〜旧隊長初任務:四番隊隊長『麗神』オルキス
今は二番隊離れの病床として使われている、かつての六番隊隊舎。
その入り口近くでのオルキスとの会話が終わったハナヨイは、アサヒとオルキスが話し始めたのを見てヤマイの枕元に戻った。
オルキスには感染防止のタオルを渡したものの、近くで看病をしているハナヨイ自身は何の感染対策もしていない。
「本当に君は、何の病気も感染らないね」
時にはジュリアや自分自身にすら、よくよく調べなければわからない病気に感染することもあるヤマイにとっては、世界三大ミステリーの1つくらいには不思議だ。
「これでもガキの頃にゃしょっ中寝込んでて、何度も死にかけたりしたんだぜ?」
ハナヨイはそう言うと、何か含みがあるのだろうか。いたずらっぽく笑った。
話しの続きを促そうと口を開いたヤマイだったが、激しく咳き込んでしまう。
「こいつぁいけねぇな。人の出入りがあったから埃でも立ったかね。ちょいと窓を開けて来るか」
枕の位置が高くなるように据え直し、その足で窓へと向かった。隙間を少し作り空気を数十秒ほど入れ替える。窓を閉め振り返った時、ヤマイの表情を見てニッと笑った。
「やあやあそこのお兄さん。そんなに続きを聞きてぇかい?それじゃあしばしのお付き合い。奏丸ってぇガキのお話だ」
口上口調で言うと、窓の明かりをバックライトに話し始めた。
そうさな、あれは十数年前。旅回りの一座にゃ奏丸ってぇ男児がいた。そりゃあそりゃあ可愛い子どもだ。この子ぁ綺麗な娘になるよってな。よく女の子と間違われてたってぇ話だよ。
ここは笑うとこだぜ、お客さん。…おっと、いいいい。まずは咳を止めてくんな。
すらーっと背が高ぇ鼻っ柱の強ぇおっかさんと優しくて強ぇおとっつぁんに大事ーに育てられたカナデはな、母に似て気こそ強ぇが、華奢でナリは小さかった。
こいつがまた、やたらめったら病気をする。寺子屋に行きゃあ熱を出し、地元のガキと遊びゃあ寝込んじまう。まあ一週間の半分くらい元気だったらいいトコだ。
おとっつぁんとおっかさんはそりゃあまあ心配した。
この子は体が弱ぇから、大人になるまで生きられねぇ。旅もこの子にゃ負担だろう。だが2人にゃ1つ所に落ち着けねぇ理由があったんだ。国をあちこち転々と、時にゃ国を出て外国に。この生活は止められない。なら大事な我が子が少しでも長生きするようにってなことで、体力作りに体術や剣術を教えたってぇわけだ。
話し終わったハナヨイは、少し咳も落ち着きじっと話を聞いていたヤマイを見た。
「さて、お客さん。あんたにゃこのカラクリがわかるだろ?」
聞きながら考えていたことを、ヤマイはそのままハナヨイに伝える。
「まだ病気に対する抵抗力が弱い、年端のいかない子どもがそれだけの街を回っていたとしたら、風土病や地元で流行っている病気によくかかっただろうね」
「まぁ、そういうこった」
やれやれという身振りをしながら、ハナヨイが枕元に帰って来た。
「騒いでんのは親だけで一座の皆はそうでもなかったからな。自分たちもそうだったろうし、慣れてたんだろうよ。そうして暮らして十数年、大概の感染症にゃ免疫がある、強ーぇ大人が出来上がったとさ」
ハナヨイは時計を見た。そろそろ薬の時間だ。コップに水を注ぎ、薬と共にヤマイに手渡す。
「まあそんなこんなで、俺ゃ寝込んでる人間の気持ちも意外と分かんだよ。ガキの頃は体が弱ぇと思い込んでたし、大人になれねえんだってな悲壮な覚悟で、小せぇ胸を痛めたりもしたもんだ」
ジュリアが作った咳止めは良く効いた。さすが麻酔の専門医で、喉を少し眠らせることにより咳反射を抑えるらしい。咳き込みが激しいと何度でも飲ませてやりたくなるところだが、飲み過ぎると胃を痛める。
あまり食べられていないのに咳が出るのは体力を消耗するのだろう。しばらくするとウトウトしだしたので、高くしていた枕を低く戻す。
眠気に襲われるのも副作用の一つだった。
ハナヨイは、ヤマイに視力の相談をしたことがある。
丁寧に診察しジュリアにも聞いてくれ、時間をかけて調べた結果をヤマイは穏やかに伝えてくれた。
「内科的治療でも外科的治療でも、現在の医学では君の目は治せない。画期的な治療法が見つからない限り、君の目はやがて見えなくなるだろう」
”残念ながら〟などと言う接頭語をつけなかったヤマイは、キッパリと続けた。
「けれど、それは今じゃない。そして『その時』が君の結末でもない」
やっぱり見えなくなるんだな。
けど今じゃないし、終わりでもないんだよな。
今までも知っていたはずの当たり前のことを、新しい気持ちでゆっくりと繰り返すと、自然に言葉を紡いでいた。
「ありがとよ」
ニッコリと笑ったヤマイは、ごく普通に、いつもするように答えた。
「どういたしまして」
「お前さんも因果な体質だよ。体に入った病原体が出ていかねぇなんざ、自分で自分を人体実験してるようなもんじゃぁねえか。今はオルキスに良い返事はできねぇかもしれねぇがな、気にすんな。お前さんは芯が強ぇ。六番隊医療班の隊長を張る日は、多分そう遠くねぇよ」
ヤマイの布団を掛け直したハナヨイは、ニヤッと笑うと続けた。
「日はまた昇るってな」
見えなくなることが終着地ではなく道程になったその時からずっと、ヤマイが六番隊隊長になる日をハナヨイは待っている。
〜おまけのお話
ハナヨイさんとジャンニさん
離れの入り口の方から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「すいません、アヤツジさんに言われて来たんですが」
応対に出てみると、ハナヨイの予想通り新兵のジャンニだ。
「お前、十二番隊に行ってたんじゃぁねぇのか」
「大体、僕がいたところでクガイが…」と言ったところで、はっと言い直した。
「クガイさんが起きる訳ないですし」
元々クガイとは飲み仲間として知り合ったらしいジャンニは、隊内でもクガイに対してうっかりタメ口になることがある。そもそも外国人であるジャンニにとっては、言葉の使い分け自体が少し難しいというのもあるかもしれない。
「あいつが起きてるのは酒飲んでる時だけなんですよ」
ハナヨイに対して敬語を使いつつ隊長のクガイのことはタメ語で話すという、良くわからないことになっている。
「まあ何にしろ助かったぜ。とりあえず、まずここで来客の応対と足止めしてくれ」
「足止めですか?」
意外そうに聞いてくる。
「ヤマイの病気が感染るかもしれねぇから、あんまり人近づけたくねぇんだよ。そうなると滅多な人間にゃここの手伝い頼めねぇからな。…ああ、お前さんは生来頑丈なタチみてぇだからな。大丈夫だ。…多分」
「…多分…」
小さく付け足された言葉に敏く反応したジャンニの呟きを、ハナヨイは素早く潰す。
「兵舎上階住みのくせに部屋の窓からいつも出入りしてること、ウキグモとエンキさんとエイザン隊長に言いつけるぞ」
「…やらないと言っている訳でもないのに、そんな脅しのフォーメーションを…」
兵舎いくつかに渡って悪い風邪が流行った時、ジャンニは1人ピンピンしていた。この強者はいつか使えるぞと、ハナヨイは密かに目を付けていたのだ。
その後ジャンニは数日間、手伝いのため、自らすすんで二番隊離れで生活した。これは完全に善意だった。だが注意するハナヨイの大音声が原因で、窓出入りの話はとっくにフォーメーションにはバレていたらしい。
善意のジャンニがウキグモに頭をグリグリされ、エンキにチョップされ、エイザン隊長に懇々と説教されるまでに、ここからそう長い時間はかからないのだった。
→|花調酔之奏《はなしらべよいのかなで》 1 アサヒとカナデ①