ヴァサラ幕間記〜小話4
ヒジリとマリアスイーツ
カムイの執務室には、執務用の机の他に来客応対用のソファセットがある。その机を挟み、ヒジリはカムイと向かい合っていた。机の上には白い飾り気のないティーセット。ヒジリは無言で、そこに注がれた綺麗なえんじ色の紅茶を飲んだ。普段は団子に合わせて緑茶派のヒジリだが、カムイが淹れたその紅茶は文句なくうまい。カムイとて高級茶葉が支給されているわけではない。一般兵士と同じ茶葉で淹れていることを考えると、淹れる者の腕が如実に現れていると言えるだろう。くつろぎのひと時にホッと息をつくヒジリである。
だがそれを無惨にも打ち砕くカムイの一言。
「ヒジリ。今日のノルマがまだだぞ」
逃避していた現実に戻された。
もう嫌すぎて視界に入っていなかったのだが、目の前にはキラキラスイーツが膨大に並んでいる。アイシングで飾られ、ピンクと白のクリームでデコレーションされ、何やら銀のつぶのようなものとチョコのカラースプレーが振り掛けられ、動物型のクッキーが載っている多分カップケーキであるものを、今日はずっと食べ続けている。
息子の体を心配する母親は消費期限が長めのものをきちんと選んでいた。座ったカムイの二倍くらい積み重なった箱の一番下の物も、何と、食べることができてしまったのだ。
その結果、無駄なものがない部屋の一角で異様に目立つ、リボンがかけられた可愛らしい包み達を背景に、無愛想な男と老齢の男がキラキラスイーツを挟んで座り、無言で食べ続ける昼食会を毎日催すハメになってしまった。
ヒジリは昼食時だけなのでまだいいが、カムイは3食ともマリアスイーツにしているらしい。そのことを考えると、もう少し頑張って消費して差し上げたい。差し上げたいが!
「…無理だな」
ヒジリの心の声を、カムイが代弁した。
正直カムイも限界だ。甘いものを見ると吐き気がする。これを苦もなく全部消費していたヴァサラが信じられない。
「ヒジリ、後は任せたぞ」
と、死地に赴く戦士のようなセリフと共に残り全てのマリアスイーツを任されたヒジリは、菓子を食べすぎたためだけではない胃痛のため、いつもなら1日8本は食べられる団子が6本しか食べられなかったという。
後日、子どもがいる王宮近辺の家に、夜中お菓子が届けられるということがあった。巷では季節外れのサンタとして話題になったそうだが、中には、「あれは王妃マリア様からのお慈悲らしいぞ」と言うものもいたということだ。
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