moonlit night dream4

 膝をついていた九垓が立ち上がった。それと同時に床にとまっていたソルも飛び上がる。
 これで全部終わったと思った時、自分の目の高さに飛ぶソルに目をやり、九垓は言った。
「この梟が。お前が俺に会いたがってるって言ったんだよ」
そうだと言うように、ソルが九垓の周りをクルリと飛び、ジャンニの肩にとまる。
「君が言ったのか」
ソルを見て思わず呟いた。
「…ソル。何てことを…」

 うめく様に言うのを聞き、梟がいうことは本当だったのだと確信した。

「…何か事情があって嫌なら、それはそれでいんだよ。ただ、キスした時は、このまま最後までいってもいいなと思ったし」
強制にならないように、なるべく言葉を探りながら続けた。
「それは、今も思ってるよ」

 これが恋愛感情なのか深い友情なのか単なる性欲なのか、自分でもわからなかった。けれど、恋愛と共にあったり後にあったりする体の関係とは全然別のところでもっと深く相手のことを知りたいと思い、それは長時間話したり向かい合って酒を飲んだりすることでは不可能だということは分かっていた。
 だから、この男が距離を置こうとしたことも何となく理解できたのだ。
 一回体で繋がると二度と忘れられなくなる。そしてそれはまた、一回以上は必要のないことでもあった。

 カーテンがない窓の横にベッドがある。
 そこに口づけと共にゆっくり押し倒した時、二つの月明かりに照れされた自分と男が、以前は一つの月明かりの下にいたことを思い出した。

 そうだ、あの時はベッドではなかった。
 夜露がかかった草は柔らかかったが、服を脱がせると腕にピクリと力が入って、そうか冷たいんだなと思ったのだ。けれど行為が進むに連れて体温が上がり、褐色の肌でも上気すれば赤らむんだと知った。全て終わってもしばらくは肌を離さずに、こいつは樹冠を通して月を見ていた。

あの後自分は死んだんじゃなかったか。そういう任務だったのだから。

「ジャンニ」
 体の形をキスで確かめながら名前を呼ぶと、息を詰めていた体から力が抜けた。ふわりと微笑むのに一つになって抱きしめると、耳元で囁く。
「あれはお前のせいじゃない。生きて帰れないことを俺は知ってた。お前を殺したのは俺だ」
浅い息の下からジャンニは答えた。
「私は全部わかっていたよ。だから大丈夫。大丈夫だ」



 窓辺に寄りかかりながら、眠っている九垓を見ていると、膝に黒猫が乗って来た。クルリと丸まって尻尾をゆっくりと何回か振り、あくびをする。前足の間に顔を埋めて寝ていたが、しばらくすると少し顔を上げ、青い目でジャンニを見た。
「やらなきゃいけないことは終わった?」
「うん、終わったよ」
そういえば、いつからかユオとソルがいない。
「2人は先に行ったんだね」
そろそろ私もいかなければならないだろう。
「滅多に見られないからね。もう少し見ていたかったんだけど」
右顔を覆っている白髪を掻き上げると、目も肌もすっかり治っている。そこにそっと口付けると、隣に横になった。
 名残惜しいけど、君とはまた何回でも会えるだろう。
 月は消えた。
朝8時に向けて、空が赤くなる。
 眠気が落ちてきた。

 朝の薄い光で目を覚ました時、枕元に黒猫がいた。
その向こうに、笑顔にも見える穏やかな表情で目を閉じているジャンニがいる。
 黒猫は、シーツの上にパタンと尻尾を打ち付けると、少年の声で言った。
「彼は死んだ。僕はこれから彼を連れて行くけど、君はどうする?」
起き上がると、黒猫は布団の動きに合わせて身軽に九垓の膝に乗って来る。
 それを腕に抱き上げて吸いながらジャンニを見ていると、なんとなくこちらもふっと笑顔になった。
「なんだろうな。死に顔が笑顔にさせるってよ」
 毛並みに顔を埋めて呟いた。
「…俺も行くか。死んでんだもんな」
こちらを振り向く気配と声がする。
「彼が使うはずだった時間は君に戻った。傷もきれいに治ったし、そこまで長生きはできないけど後十数年は生きられるよ」
「いやいいよ」
黒猫を膝の上に置き、九垓は言った。
「その時間は、どこか他のこいつに使ってやってくれ、ソラ」





 ちょっと待て、クガイ。
 私は君の時間は使えない。

 …と、声を出して止めそうになりながら、ジャンニは布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がった。その勢いに、今日は家に遊びに来ているソラがコテンとベッドの端に転がる。
「うわ、ごめんソラ」
慌てて抱き上げて枕元に戻した時には、もう何のことか忘れていた。時計を見ると夜中の3時で、なぜこんな時間に起きてしまったか謎だ。

…何か長い夢を見ていたような?
ちょっと悲しいような幸せなような夢だった気が?

…ソラが喋っていたような…?

と、枕元のソラを見る。
ソラの方も顔を上げていて、バッチリ視線が合ってしまった。
どことなく、全てをわかってるような表情でもあるのだが。
「寝ようか」
と、ソラを撫でた。
 夜中の3時なのだ。そんなことを考えるより寝た方が良い。

 ジャンニが布団を引き上げたのを見計らうように、ソラが少し顔を上げる。
パタンと軽く尻尾を振るとふふんと笑い、また布団に顔を埋めた。

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