花調酔之奏(はなしらべよいのかなで)〜花酔譚
スレッジ稚内さんが作ってくださった、連みがち副隊長トリオの休日のお話から書かせていただきました!
贅沢にも、リレーストーリーになっております。
最初のお話はこちら!
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幕間其の四〜メイネと隊長「副隊長トリオの休日」
メイネさんとハナヨイさん〜残された男2人のその後〜
「こうして2人は夜の街に消えて行きましたとさ。めでたしめでたし」
ハナヨイの言葉にメイネが静かにツッコむ。
「…息をするように捏造しなや」
今はまだ夜でもなければ、ウキグモと繭の背中も充分に見えている。
「まぁ実際、俺らがあいつの服選ぶのに付き合ったとしても、どうせ煮染めたような色しか買わねぇからな。俺にゃ何が違うかわかんねぇ……ってお前もいい加減、煮染めてるけどな」
ハナヨイはチラリとメイネを見る。
「ワンポイントの差し色があるやろ。これが上級者の着こなしってもんや」
メイネは赤いマフラーを手に取り、揺らしてみせながらハナヨイに言った。
メイネにしてみれば、色の万華鏡のようなハナヨイの服こそ理解し難い。会ったばかりの頃はこの服とちょくちょく色が変わる髪ばかり印象に残り、なかなか顔が思い出せなかったくらいだ。
「にしてもお前、ウキグモと繭だから騙せたものの、ありゃ相当な棒読みだったぜ」
「あんたこそ、元役者とは思えへん大根っぷりやったわ」
「お前のフリが悪ぃんだよ。急すぎだろ」
言ったものの、
「…いつ何時、どうフられてもうまく返せるってぇのが役者ってもんか。確かに俺ゃ『元』役者だったよ」
と言い直した。
「うまく繋いでくれはったとは思うで」
想像していたより真剣な返答が返って来たのでフォローすると、ハナヨイは笑った。
「何だ、気にしてくれんのかい。別に落ち込んでる訳じゃあねぇよ。昔と今じゃ役作りが変わったってぇだけの話だ。今の俺が役作る時ゃどっか潜入する時だ。そのまま捕まってもバレねぇように、根っこのとこまで深ぁく人格を沁み通さなきゃなんねぇ。その時々で役柄を変えるようなことにゃ縁遠くなっちまったってだけのこった」
言い終わったハナヨイは、急に思い出したように言った。
「…そうだな。ちょいと俺に付き合ってもらってもいいかい?」
せっかく2人でお膳立てをしたウキグモと繭のデートだが、仲人業も板に付いたメイネは、ウキグモはどうせメインイベントの時間にはこっちに戻って来るだろうと予想していた。今日は飲みに出るついでに、ウキグモの服も買いに来ただけだ。そうでなければ和服派のメイネとどこで調達するのか謎服のハナヨイが一緒に来る理由がない。
「あの2人はやらしい感じにならへんのかなあ」
道々考えているメイネにハナヨイが答えた。
「褥を共にするってぇことなら繭が誘わねぇ限り無理だろうよ。それがウキグモの良いとこであって悪ぃとこでもあるしな。大人同士の付き合いってのが体の関係なしにどこまで進展するもんか検討もつかねぇが、どこかでそういうこともあってきっちりカタを付ける時期ってぇのはあってもいいんじゃねぇかなと、俺ぁ思う方だからよ。メイネの言いてぇことも分かるぜ」
という話のついでのように、ハナヨイは続けた。
「…あぁ、全っ然変わんねぇなぁ」
言うと一軒の茶屋に入った。
そこは昔からある店で、メイネも存在は知っていた。高級店という訳でもないのだが昔からの常連が多そうで、そうでない人間にはちょっと敷居が高い気がしていた所だ。
甘酒や汁粉、あんみつや団子など、茶屋としてはごく一般的なものがメニューに並ぶ。
「お前が好きな、水で薄めた湯はねぇぞ」
「あれが白湯や言うてるやろ」
水を適温まで温めるのが白湯だと言って譲らないハナヨイは、意地でも白湯という言葉を使わない。飲み屋でメイネは酒の代わりに白湯を飲むので、いつもこれで言い合いになる。ウキグモにジャッジをして欲しいところだが、ウキグモはウキグモで白湯にこだわりがあるらしく、どちらの味方にもなってくれないのだった。
「飲んでなきゃ死ぬ訳でもないしな。初めて入る店で白湯の無理強いはさすがにせんよ」
と見ているメニューのほとんどが甘味なので、メイネはふと言った。
「それにしても、こんな店入るの珍しいな」
ハナヨイは酒も甘い物も好きなのは知っていたが、やはり周りには年季の入った客や女性が多く、男2人はここだけだ。
「俺も今入って思ったよ。ここに俺らぐらいの男が入るってぇのはなかなか勇気がいるんだな」
メニューに並ぶ文字を懐かしそうに追いながら、ハナヨイが答える。
「昔、アサヒ隊長に良く連れて来てもらったんだ。もう一回行ってみてぇとは思ってたが、甘ぇもんが嫌いなウキグモを連れて来んのも悪ぃしな」
メイネを見上げてちょっと笑った。
「大事な場所じゃあるが、1人で来るにゃちょいと二の足を踏む場所でよ。お前がいてくれて助かったぜ」
それが「男には入りにくい店」である以外の理由であるのが、メイネは何となくわかった。
運ばれて来た抹茶と和菓子のセットを2人でつついていると、おもむろにハナヨイが言った。
「さっきの話だけどよ」
「良う連れて来てもらったいう話か?」
さっきまでいくつか話があったので、その中で確度が高そうなものを返答する。
「いや、ウキグモと繭の話だよ」
「それさっきちゃうわ。店入る前やないか」
「細けぇな。2人になってから今まで全部、さっきみてぇなもんだろ」
楊枝で切った和菓子を抹茶で流し込み、ハナヨイが言う。
まるでダーツ矢を投げるかのような勢いでスナップを効かせながら熱弁するので、思わずメイネは言った。
「黒文字でこっち指しなや」
はたと気づいたハナヨイは、残った和菓子に楊枝を刺して手を空けると
「さっき、今入って思ったって話をしたけどよ」
数秒前に話したばかりの”さっき基準”の甘さの反省なく続ける。
「あの頃、隊長と話したことで、今となったらわかるってことも結構あってよ。…付き合ってしばらくして寝てってな真っ当な手順を踏めるんなら、そうしなきゃもったいねぇなってな。それができねぇ人間としちゃあ思うわけだ」
抹茶を行儀良く飲みながら聞いていたメイネは言った。
「どう付き合い始めるかは人それぞれや。その後、何がどう関係を深めていくのかもな」
それはウキグモと繭のことを言っているようで、暗にハナヨイも慰めていることが口調と態度でわかる。
ハナヨイはため息をついた。
「…お前にゃ時々、何千年も生きて来たみてぇな底知れねぇ包容力を感じるよ」
人を好きになり、告白し、受け入れてもらった後しばらく付き合ってから体の関係を持つ。どうしてもこの順番が辿れない。そんな自分のことを、原因であろう過去をもひっくるめ、まともじゃないとどこかで思っている。
過去を後悔したことはない。だが時々。本当に時々だが、チクリと痛む一瞬がある。
「好きだぜ、メイネ」
言ってイタズラっぽく笑ったハナヨイに
「はいはい。熱烈な告白おおきにありがとさん」
眉ひとつ動かさずに答えると、メイネは残りの抹茶を啜った。
ウキグモが戻るまであと2時間くらいだろうか。
食べ終わったらすぐ出るつもりだったがもう少しいようかと、ハナヨイは追加注文のためにメニューを見る。
何ならメイネ用に、水で薄めた湯を頼んでやってもいいかなと思いながら。