第三話
セイヨウの入試の当日、弥幸は不動産屋に来ていた。
弥幸が今住んでいる家は昭和な雰囲気の畳敷の家で洗濯機置き場はなく、シャワー室だけは辛うじてベランダに無理矢理後付けされたといった代物で、もちろん暖房など付いていない。寝るだけに使うのはいいが、住居としては、頑張れば大学に歩いて通えるくらいしか良いところがない。
ほぼ指定校推薦なので、セイヨウはおそらく大学に受かるだろう。そうするとルームシェアをすることになるので、今の家だと部屋数も足りないし住環境が悪すぎる。
広めのワンルームか1LDK、できれば2LDK以上が良いと思うと大学から少し遠くなる。遠ければ遠いほど家賃も安く部屋の条件も良いのだが、あまりに離れすぎてセイヨウの実家より登校に時間がかかるとなるとルームシェアの言い訳ができなくなるのが難しいところだ。
まだ大学生だからというのもあるが、自分の時間を全て切り売りしても会社員の初任給プラスアルファ程度しか稼げない現状を考えると、前世はべらぼうに儲けていた。だがほとんど使わずに死んでしまったのだから意味がない。
そういやあのピンクの女、どうなったのかな。あの時えらい強くなってたけどな。
結局、戦うために戦う強さには限界がある。何かを背負っていたり、絶対に守らなければならない物がある人間には勝てないのだ。
人生を1からやり直したいと心から願った前世があるから、今記憶がこんなに鮮やかに残っているのだろう。セイヨウは前世の記憶が全く残っていない。友人の満月はうっすらと残っていて、千聖は全く残っていない。前世の記憶が残っている程度というのは、どのくらい後悔が残っているかに比例しているのではないだろうか。
だったらピンクの女には前世の記憶は残ってないんだろうな。
あの時何を背負いどういう気持ちで戦っていたか今本当に聞いてみたいが、それは叶うことはなさそうだ。
さしずめ弥幸が今背負っているのは、セイヨウの期待といったところだ。
大学に合格すれば2人の関係が進むだろうという思いを糧に、吐きそうなほど嫌いな英語をひたすら勉強して来たあいつに、ご褒美だと言えるくらいのものをプレゼントしたい。
弥幸は最後の3候補に絞られた物件の図面を、店舗の人々が怯えるのにも気付かず睨み続けた。
「多分、できたような気がする!」
そろそろ試験が終わる頃だろうと大学まで足を運ぶと、思っていた通りの時間にセイヨウが出てきた。今日はメガネをかけているので勉強熱心で真面目な生徒にしか見えず、隠れヤンキーであることなど微塵も感じさせない。
できたような気がする根拠は3人いた受験生の中で自分が一番長く書いていたという心許ないものなのだが、まあ大丈夫だろう。面接の試験官も役職と専門から弥幸が予想した教授たちの中の4人だったらしいし、セイヨウのことだからハキハキしっかり答えられたはずだ。
「今日バイトなかったの?珍しいじゃん」
セイヨウはそう言うと、イタズラっぽく笑って弥幸を斜めに見上げた。
「もしかして、あれか?俺が心配でバイトどころじゃなかった?」
「いや、全然」
切り捨てるように答えると、
「…っすよね。そんな弥幸なんか想像つかねーし」
と少しふてたように言う。
そういう弥幸もいることはいますよ。
と思うが、そんなことを言うわけもなく、今日もお前のために部屋を探してたなどと言うつもりはない。ましてや部屋に来てる時に毎秒襲いたかったことなんて言わないし、少しでも喜びそうな部屋を借りれるように、いつも以上にバイトを入れていたことも絶対に言わない。
弥幸はどこかしらのポケットに必ず入れているチュッパチャップスを探る。見るとイチゴミルクとチョコレートだ。
チョコレートの方を剥くとセイヨウの口に突っ込み、「お、糖分ありがてー」と何味か探っている横顔に言った。
「確かに今日はもうバイトないし?お疲れさんってことでメシでも食いに行ってもいいけど?」
「え、何なの。お前、明日にでも死ぬの?」
と怪訝な顔をしたセイヨウだったが、すぐに携帯の電源を入れ周囲の店を探し出す。
その口から出てくるのがどれもこれもファストフード店に毛が生えた程度のものなのを聞きながら、弥幸は思う。
ここが前世と違い平和な世界で良かった。悪いことをすれば罰せられる世界で良かった。
同じ背負うなら、生きてる人間の命や気持ちの方が良いに決まってるもんな。