第六話
星陽と登校しているおかげで、弥幸は出席日数が足りなさすぎて3年間落とし続けた1限の授業に出られている。星陽を教室に送った足で授業が行われる大講義室に向かうと、先生が来て出席カードを配り出したところだった。
でかいので皆の邪魔だろうと思うのと、抜けたくなったらすぐ抜けられるのが便利なので、いつものように一番後ろの席に座る。出席カードが回ってくるルートをなんとなく見ていると、真ん中の列の一番前の席で、机に齧り付くようにして講義のノートを取っているサラサラのおかっぱ頭が見えた。
ピンク髪の弟じゃん。あいつ、超真面目なタイプの優等生なんだな。
先生の話への頷きが激しすぎてムチウチにならないか心配なくらいだ。
自分の列のカードが足りなさそうなので、隣の列にまとめて置いてあるのから取ろうとしたところ、それを2枚取って隣に座ってきた男がいた。
「1限にお前がいるの逆にこえーわ」
言いながら1枚を弥幸に渡してくれたのは満月だ。
「お前この授業取ってたんだ」
「千聖と来ると、ここの時間90分まるまる空くからさ。朝イチで部室の鍵もまだ閉まってるし、暇だろ。卒業単位に全然関係ないけど他に取れる授業もないからな」
確かにこれは経済学部には必須だが、神道学部の満月には全く必要ない教科だ。
千聖の名前を聞き、授業中に読もうかなと思っていたピンク髪から借りてきた薄い本のことを思い出した。教科書の下から引っ張り出すと満月に渡す。
「BKDの部長ってヤツから借りて来た。読んでみれば?」
「全っ然聞いたことない部活だな」
言いながら読み出した満月だが、一気に読み終わると興奮の面持ちでこちらを見た。
「何これ。ベッドシーンはちょっと激しいかなって感じだけど、無茶刺さる。特に登場人物が俺と千聖にそっくりで、すっげえ感情移入できるわ」
「いや、それ、お前らだし」
BKDは、BL研究同好会の略で、構成員はピンク髪1人だ。主な活動として、校内の男子学生を使い創作BLを書いている。置いてあった過去作品をパラパラ見ていた時に絶対そうだろうと思い聞いてみたら、やはり満月と千聖がネタの作品だった。
は?!
という顔はまさにこれだという顔で弥幸を見た満月は、囁き声でがなるという高度な技で弥幸に言った。
「こんなこと俺らやってねーぞ?!校内の中庭とか人に見えるし、部室は内鍵ないし、ライブ会場なんて無理に決まってんだろ!」
その話し方は、普通に話すより逆に耳につく。
「うるさいって!創作BLだって言ってるだろ!その話し方やめろ!」
そう言われた満月は、今度は普通の声で聞いてきた。
「…てか、お前なんでこんなん読んでんの?」
そこに気づいたかとちっと舌打ちをするものの、仕方ないので弥幸は最近の星陽とのすれ違い事情を話す。
「うっわ、お前頭いいのにバカだな。そんなんBL本に解決のヒントなんかあるわけねーじゃん」
非常にムカつく、小馬鹿にした笑い含みの言い方だ。
そりゃそうだろうと弥幸もわかってはいる。だが、藁にもすがりたい気持ちなのだ。
百遍くらい死ねと思っていると、不意に真面目な声色になって満月が言った。
「でもマジレスするとさ、星陽、万人受けする自覚ないイケメンだからな。お前みたいなチンピラ一歩手前の男と付き合ってんのが逆に不思議なんだよ。お前らのことはお前らでしか解決できねんだろ。いっぺんちゃんと話し合っとかないと、他のヤツに取られるぞ」
そうだよな。あいつ顔も性格もイケメンなんだよ。
剣道部の練習を体育館の窓からこっそり見ながら弥幸は思う。
面を外したら見えてなかった顔が見えて、それが他の奴らがジャガイモだと思えるくらいには綺麗だなんてもう神だし。
張り込みかカチコミかと真面目な大学生達が距離をとって眺めているのにも構わず、弥幸はポケットから新携帯を出す。
袴がまた似合うんだよな。
高画像の写真が撮れることに定評がある新機種で、弥幸は写真を素早く数枚撮った。
今日ももちろん、これからバイトがある。だが、星陽に関することと一回のバイトとではどちらが重要かなど言うまでもない。
年齢と同じだけの長さ一緒にいる幼馴染と一歩も進まない男に言われたのは癪だが、満月が言うことには確かに一理あるのだ。
部活終わるまで待っとくか…
弥幸は写真を撮り終わった携帯でバイト先の電話を探し、今日は休むという連絡をした。