Diary7
9月29日十五夜の月
ジャンニが入院中の今、七福とオルキスの家に預けられているイネスは一日一回家の様子を見に帰っている。
住人が誰もいない状況だが、六番隊病院へ行ったり家にいたりとユオとソルが行き来してくれているし、ソラやその仲間達が自由に出入りをしているので、無人の家という感じが全然しないのが嬉しい。
今日もイネスが帰って来たと見るや、どこからともなくユオが擦り寄って来た。
それを抱き上げ、まず郵便受けの郵便物を確認し、部屋や水回りなどを見て回る。再びリビングに戻りキッチン越しに外を見ると、庭に意外な人物がいた。
窓を開けて声をかける。
「ジャンニ?」
空を見上げていた人物は驚いてこちらを見た。
牧師の仕事の時に使う白シャツとスラックスという、珍しい服装だ。
「ああそうか。さすがだなイネス。私が見えるんだね」
イネスにはいつもと同じジャンニに見えるのだが、その口ぶりは変だ。
それに、退院したとも聞いていないし入院している服装でもない。
「…どういう状況?」
イネスの怪訝そうな表情に、ジャンニはいたずらっぽく笑った。
「色々事情があってね。いろんな世界に行く練習をしてるんだよ」
なんだかソラ君みたいなことを言うわね。
思っていると、
「おいで、まだ夕方なのに月がすごく明るい」
と手招きをした。
イネスが出て来たのを見るとあぐらをかいて地面に座り、両手を差し出す。ここに座れということなのだろうと、あぐらの上に座った。
イネスの頭に顎を乗せるように、ジャンニが後ろから抱きしめる。
「私、重いわよ。大丈夫かしら」
抱っこされるのは久しぶりで、気になって聞いてしまった。
「イネスが思ってるより力も体力もあるんだよ。それに全然重くないしね」
いつもはラベンダーのようなアロマの香りかシャンプーや石鹸の香りがするのだが、今日は全くの無臭だ。
セイシンタイ…っていう物なのかしら?
もうちょっとこう、幽霊のようなものだと思っていたのだが、形も体温もある。本当にソラ君たちのようだ。
いつもなら子ども扱いされるのは心外なのだが、今日は何となく、これもいいかなと思ってしまった。
「ジャンニったら私と会えなくて寂しかったのね。仕方ないわねえ」
抱きしめている手をポンポンとして慰める。
「そうだね」と笑みを含む声で答え、続けた。
「イネスがいるかなと思って、ここに来る前に七福のところにも行ってしまったよ。オルキスさんしかいなかったから、怖がらせたらいけないと思って見つからないようにしたんだけどね」
別に1人でも寂しくなんかないけど。
思うのだが、この体温がもうすぐなくなり、またしばらく会えなくなるのかと思うとなぜだか泣きそうになった。
「…いつ戻るのよ」
それを隠すようにつっけんどんに言うと、
「今週末くらいかな」
とイネスの頭を撫でる。
はあっと大きなため息をつくと、その頭に顔を伏せ動かなくなった。
何を考えているのか分かる気がした。
でもそれは多分、ジャンニが今考えなくて良いことなのだと思う。
病気であることも、そのせいで時々家にいないのも、他の親より動けない時が多いのも、全部承知でこの人を父親に選んだのは、私なのだから。
「しっかりしなさいよ。せっかく私が選んであげたのに」
あれを乗り越えたのならこの先何でもできると思える程に強硬に断られ続けたのを、人生を賭けて、私は説得したのだ。
抱きしめられている手を外し、立ち上がると、ジャンニに向かい合って言った。
「どうせそろそろ行かないといけないんでしょ。さ、行くわよ。仕方ないから病院まで送ってあげるわよ」
右手を差し出した。
「ほら、手も繋いであげるから」
吹き出すように笑って、ジャンニはいつもの顔になった。差し出された手を掴むとよいしょっと立ち上がる。
ユオがイネスの足元をクルクルと走り、ソルはこれから行く道を先に飛ぶ。
ホント、私がいないとダメなんだから。
イネスはふふっと笑った。
ジャンニの手を引きながら胸を張って歩く。
一際明るい月光がイネスの笑顔を照らし出す。
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