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ヴァサラ幕間記14


5 青年ヴァサラと騎馬民族

 2日程度のルートという最短距離を目指してやって来たのは、えらい殺風景な山だった。数十センチの杉の木と雑草の他には葉のない黒い低木ばかりが広がっており、おかげで向こうの空が綺麗に見える。
 同行の万引き少年に続いて何も考えずに山道に入ったヴァサラだったが、
「熱っつ!」
と思わず一歩下がってしまった。
 少年は何の問題もなくスタスタ歩いて行くので背中がだんだん遠くなる。その、後ろを全く気にしない態度は見事というしかない。
 頑張って進むこともできなくはないが、この熱さの中で2日間過ごすのはだいぶキツい気がする。
 いやでも、熱いのはここだけで、中はそうでもないかもしれないし。
何とか中に入れる言い訳を探していると、背後から声がした。
「ひどい山火事だったみたいですけど、だいぶ回復してますね」
 うわ…ここ山火事の跡か…。
 頑張っても行けなさそうな気がする。
 ここ辺に詳しそうなので別ルートでも聞こうかと後ろを振り返ると、馬に乗った少女とその馬を引く青年がいる。容貌と服装から、騎馬民族の人間らしい。
「あなたもこちらに?」
 青年の問いに答えようとするのと、先に行っていた少年が戻って来る足音が聞こえたのは同時だった。まず姿を確認しようと山道に目をやった時、不思議なことに、もう熱さは感じなかった。

 青年と少女は兄妹で、街で商売をしている叔父のところへ行く途中らしい。長兄であった父親が家を継ぐにあたり、元々商売をしたかった叔父は動物全てを兄に譲り、今は店を持っているという。
「父母が亡くなり私が後を継いだんですが、この先の生活がどうなるかわからないので妹だけは預かってもらおうと思いまして」
 前方を行く2人は同い年くらいのようで、馬を引いた少年と馬上の少女とで楽しそうに話をしている。
「へえ、あいつ笑えるんだ」
敵認定をされているせいか一度も見たことがないが、何と少年は笑っている。
「私も、久しぶりに妹の笑顔をみました」
目を細めて妹の姿を見た青年は、不意にクスリと笑った。
「私、お恥ずかしいことですが、ここの道に入るのが怖くて」
ヴァサラを見て続ける。
「あの入り口の所から空気が違うというか、すごく嫌な感じがしまして。でも体が弱い妹のことを考えると遠回りも難しいし、どうしようかなと思ってたんですよ。そうしたらあなたがいらっしゃって同じように立ち止まってらっしゃったから、話しかけてみたんですけど」
言葉を切り、柔らかく微笑んだ。
「あなたに話しかけたら、不思議ですね、ふっと怖くなくなりまして。それで、ここに入れたんです。ありがとうございました」

 さすが遊牧民族というべきだろうか。寝床には動物の皮を使ったテント、夕飯には干し肉入りのスープと、野宿するには贅沢な程の装備だ。妹が眠るテントからそっと出てきた青年は、もう少し火を強めようと焚き火をいじるヴァサラの向かいに座った。
「てっきりあなたも寝られたのかと思ってました」
言うと、手に持った小ぶりの瓶を見せた。
「一緒にいかがです?」
それは度数が高い酒のようで、油断して飲むとむせるほどだが慣れてくると美味い。国の、香草で香りをつけた酒が好きだったのだが、あの度数に近いと思う。
 片手にすっぽり収まるくらいのグラスだったので、1、2口味利きで飲んでから残りを一気にあおると、青年は声をあげて笑った。
「お酒強いんですね」
「いや、これうまいな」
 民族伝統の酒が気に入ってもらえたのが嬉しかったようで、酒の由来から民族文化など話してくれていたが、ふと木々の向こうに見える夜空に目をやると、思い出したように言った。
「…動物をね、処理したんですよね。ああもしっかり国境ができてしまっては、どこに行くかもわからない動物を目が届かない頭数は管理できなくて。先祖から受け継いで来た唯一の財産だったのに。その上、たった一人の家族である妹とも離れなきゃいけないなんて」
その言い方は、ほんの一時期離れるだけではないことを感じさせた。
 辛いなあ、と、青年は、聞こえるか聞こえないかのように呟いた。

 その国境を作ったのは自分の国なんだと。そして自分は、その国境を守るために戦って来たんだと。
 こうして、毎日毎日、泣きそうな気持ちで自分を責める青年に謝りたかった。けれど何も言えないので、ヴァサラはただ青年の横で、同じ気持ちで座っていた。

 少年が眠るテントに戻ると、
「おい、おっさん」
と、久しぶりに話しかけられた。
いつもなら何か一言言うところだが、今までずっと考えていた雰囲気がテント中に漂っている。そのまま待っていると、少年は続けて言った。
「チメイテキナケッカンって何だよ」
「取り返しがつかない、ひどい失敗って感じかな」
 なんだよそれ…
呟いた後しばらく沈黙してから、また口を開いた。
「あの女の子、体が弱いんだって。それはあの子の民族の生活ではチメイテキナケッカンなんだってさ。だからお兄さんと離れて街へ行くって」
向こうを向いたままだが、少年がどんな表情をしているか見えるようだった。
「そんなさ、自分ではどうにもならないことで、お兄さんと一緒にいたいっていう1つだけの願いも叶えられない世の中って何なんだよ。生まれさせたくせに、強くなきゃ生きてちゃいけない世界ってどういうことだよ」
 強くなければ生きていてはいけない、とは思わない。けれど、こんな戦乱の中では、弱ければ生きていけないのも確かだ。
「…俺にもわかんないよ」
その答えは誰にもわからない。けれど。
「でも、命ってものは、自分の意思とは関係なく、どんな場面でも生きようとするものだとは思う」
 それは生まれて来た者なら皆持っている強さだと、ヴァサラは信じている。

 返答のない少年の背中を少し見つめてから、そっと隣に横になる。自分もその答えが、できれば正解が欲しいと思いながら。

 








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