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「裸以外の全てを知りたい」

昨日「好きな食べ物を知るのって実は難しくね?」という話を書いたのですが、「裸」を知るのはどうでしょう。もちろん自分・相手の性格や価値観、対象との関係性によるところは大きいでしょうが、ハードルめちゃ低いぞ!と思っている人はそんなに多くないように思います。

「裸以外の全てを知りたい」

これ、裸を知ること(それが可能になること)がもうラスボス級の難しさだと思っているか、ものすごく簡単に思っているか、どっちかじゃないと出てこないと思うんですよね。真逆じゃんって感じなんだけど。

ていうか、「知る」ってなんなんですかね。「見る」こと?「見せてもらう」こと?裸に限らず、わたしは知りたい/わかりたいという感情がものすごく旺盛なタイプだと自認していますが、「知る」「わかる」が真にどういうことなのか、というのは曖昧なままです。曖昧なくせに、「知る」「わかる」には対象(=相手、他者)が必要で、結局は曖昧なまま巻き込んでしまうという。他人と関わる上で、他人を巻き込まないことが他人に巻き込まれないことと同様にあり得ないことだと思う一方で、自身の強い欲求が曖昧であることは、やはりあまり受け入れられないまま、来月24歳になってしまいます。

ああ。やっぱこのnoteって最終的に自省で終わってしまいますね。

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