田中一村展でアダンの菓子を売ってないことに首をひねったはなし。
「前半はべつに見る必要なかったね」
レストランで食事を待ってるさい、母は展覧会をそう評しました。
「まぁ『いかにも一村』って感じの絵は最後に集中してたけど」
確かに展示作品の2/3は南画だったので、「アダンの海辺」のような画風を期待して観に行った母は拍子抜けしたんだと思います。観る前は「どうせ作品数は少ないでしょ」と言ってたし。実際は300超えてたんですが。
「一村は南画より奄美で描いた西洋画のほうが向いてると思うのよ」
「一村の絵はぜんぶ日本画だよ?」
「え、本当?」
「奄美で働いて買った画材の注文書に面相筆ってあったから間違いない」
「話変わるけど、けっきょくアダンってなに?」
「さぁ……?」
そんなわけで今回は、行こうと言ったのは母なのに満足度は私のほうが高かったであろう「田中一村展 奄美の光 魂の芸術」のレポートです。
展覧会の構成
第1章 若き南画家「田中 米邨」 東京時代
第2章 千葉時代「一村」誕生
第3章 己の道 奄美へ
約300点という圧倒的物量。
観賞にかかった時間は約2時間半。奄美時代に辿り着いた時点でヘロヘロになるほどだったので、もし時間と資金に余裕があるなら2回観に行くのをお勧めします。
都美術館なので撮影禁止、撮影スポットは2ヶ所のいつもの感じです。
個人的見どころ
今回は撮影スポットやポストカード・クリアファイルがある場合はそれらで代用したいと思います。
菊図
なんと一村が8歳のときに描いた作品。他にも年齢1ケタ台のときに描いた作品は多いのですが、「菊図」は父親が修正した箇所を破り取ったというエピソードがつよい。
とにかくめっちゃ上手い。神童って評価されてたの解る。
蘭竹図/富貴図衝立
鮮やかな色彩で描かれた花が美しい富貴図と金地に墨で描かれた蘭竹図の組み合わせ。蘭竹図側に書かれた讃が曲がっててなんとなく親近感。
木魚
一村の父・稲村が木彫家だった影響で、一村も帯留などの工芸作品を製作しています。
なかでも目を惹くのが木魚。音が良くて最近まで使われていたそうで、どんな音がするかめっちゃ気になる……。
鶏頭図
鶏頭を描いた作品は複数ありましたが、これはまるで漫画みたいなタッチが印象に残ります。ポストカードがあったのは嬉しい。
秋色虎鶫
秋を題材にした作品はどれも鮮やか。千葉時代の作品ですが、奄美時代の一村の「イメージ」を彷彿とさせます。
白い花
一村の作品で唯一賞に入選した作品。よく見ると下書きの線が残ってます。
秋晴
こればかりは実物見ないとすごさが伝わらない。
絵の具が盛り上げられ、干された大根などが立体的に表現されています。一村にとっての自信作だけあって構図にも細部にも惹かれる作品。
四季花譜図 襖
これも写真だと感じにくいかもしれませんが、花の色彩に襖絵らしからぬ色気を感じます。
奄美の海に蘇鐵とアダン
ようやく「いかにも一村」な作品に辿り着いた感。
色調は意外にも落ち着いた感じ。というか奄美時代の作品って「不喰芋と蘇鐵」以外は全体の彩度が低いものが多い印象を持ちました。
海老と熱帯魚
圧倒的南国情緒の暴力。奄美ならではの静物画って感じです。彩度は高いんですが色調は暗め、でも作品が発する「圧」がすごい不思議な作品。
アダンの海辺
展覧会のメインビジュアル担当。「閻魔大王えの土産品」の片割れ。
背景は彩度が抑えられ、しぜんと視線がアダンの実に向きます。
不喰芋と蘇鐵
すべてに「田中一村イメージ」が詰まった大作。「閻魔大王えの土産品」の片割れ。
すべての色彩が鮮やかで「ルソー味」のある塗り方。母が油絵と勘違いしたのもわかる。
特設ショップ
公式サイトからも判るとおり、グッズはアダン推し。変なクッション枠も当然アダンです。
ここまでくると「アダンを使ったお菓子」も売ってそうなもんですが、見当たらない。ルピシアのお茶の原材料表記にも書いてないんで首をひねりました。
調べたところどうやらアダンの実は繊維ばっかで食べられないそう。
実食レポも見つけましたが、お世辞にも美味しくないのが伝わってきました。
余談
かなり遅くなった昼食は都美術館の「RESTAURANT MUSE」で摂りました。
注文したのは特別展コラボメニュー。「豚足のコロッケ アダンの実 見立て」がめちゃくちゃ気になったからです。
コロッケは期待通り美味しかったんですが、豚肉のコンフィにかかったナッツにゴマが混じっており、全部乗っけてしまったパインジャムごと排除せざるを得ませんでした。
おわりに
一村の生前の願いを叶える大回顧展。それだけに非常に見応えのあるものでした。展示数に対して音声ガイドの解説数が足りなすぎる。
チラシの言葉を借りると「公募展での相次ぐ落選など、世俗的な栄達とは無縁」、また奄美の紬工場で5年働いたという経歴と「田中一村終焉の家」のボロさ外観から、いままで田中一村は「死後に初めて日の目を観た画家」だと思ってました。
実際は神童の誉れ高く十代で画家として身を立てており、支援者も大きな絵の仕事もあったようなので、今風に言うと「コアなファンがついてる」タイプだったのでしょう。
いい意味で田中一村のイメージが一新された展覧会でした。おすすめです。