令和全日本プロレスと四天王プロレス〜三沢超えと宮原超えの違い〜
8.17立川で行われた王者安齊勇馬と挑戦者青柳優馬の三冠戦はまごうことなき名勝負でした。防衛戦を重ねるたびに急成長を遂げた安齊。それに対して20代とは思えない懐の深さを見せた青柳。20代同士の三冠戦でありながら、そこから漂う匂いは「全日本プロレスらしさ」に満ちていました。ある意味で「四天王プロレスらしさ」があり。一方で「四天王プロレスとは異なる令和全日本プロレス」も見せた。
近年四天王プロレスというフレーズは若干一人歩きをしている印象があります。「これぞ王道プロレスだ!」「いやいや単なる脳天キャンバスぶつけ合いだ!」。ぼくの考える四天王プロレスとは?そしてそれはG馬場のプロレス観と何が違うのか?それについてはこちらの過去記事をご覧下さい。
「四天王プロレスはG馬場プロレスに対するカウンターカルチャーである」というのがぼくの仮説です。全日本プロレスが興行的に好成績だった時代が四天王プロレスの頃であり、そこでファンになった人が多い。そのため「全日本プロレス=四天王プロレス」という印象を持つ人が多いのではないでしょうか?しかし50年を超える全日本プロレスの中では四天王プロレスは亜種であり、むしろ令和全日本プロレスのほうが「大型選手のぶつかり合い」という部分で本流(G馬場のプロレス)と相似性が高いです。このあたりは令和全日本プロレスを作り上げた秋山準の著作を読むとよりくっきりします(四天王プロレスへのアンチテーゼの部分等)。
安齊も青柳も身長が180cm後半であり。身体能力でスピード感を出すのではなく。あくまでも静から動への落差で早さを見せる。そこに垂直落下で相手を頭から落とす技はなく。全体的にじっくり組合い。また場外戦でリズムを変えるといった部分は試合は四天王プロレスとは異なる部分です。
一方でぼくはこの試合から「四天王プロレスらしさ」も感じました。それは序盤のアームドラッグの攻防などのムーブ。受けの凄み。両者KO状態で中々立ち上がれないという部分から感じたある人間臭さ。ここはG馬場〜四天王プロレスへと繋がる重要な部分です。そして「宮原健斗を超えたい」という意思。この部分は四天王プロレスの命題であった三沢崩しにも似ています。突き抜けた一人の選手を他の選手が超えようとする。それはまさしく全日本プロレスで言えば四天王のテーマでありフレームでした。このフレームは令和全日本プロレスにはあります。
令和全日本プロレスには「垂直落下技」はありません。それは秋山がそうしたモノに対してストップをかけており、それを現在青柳が継承しているから。そうした部分もあるでしょう。
しかしそれ以上に三沢と宮原の違いが影響しているかもしれません。上記の過去記事で書いた通り、三沢は「大きな選手に勝つためのリアリティの担保」として激しい攻撃を用いてトップへ駆け上がりました。ですが宮原はそうではありません。三沢の頃と時代は異なるせいでもありますが、比較的宮原は対戦相手との極端なサイズ差はありません。むしろ彼より小さな選手と対戦するケースもあります。
そしてなにより彼の最大の武器は「世界観プロレス」とも言える「試合を自分の色に染める部分」です。勝っても負けても「宮原の試合だった」と観客に思わせるスケール感のある宮原。単に宮原を高難度の技で下しても彼を超えたことにはならない。では彼を超えるとすれば?「彼を超える世界観=強いキャラクター性」が必要です。
その意味で言えば近年全日本プロレスで彼に最も近づいた選手であるジェイク・リーのアプローチが興味深いです。彼もまた独自のキャラクター性と世界観を作り上げることで、宮原の世界観プロレスを崩そうとしました。
8.17の三冠戦で言えば「安齊は新人らしいまっすぐとしたキャラクター」に「耐える試合」で肉付けし。青柳は「陰湿ファイターという何をするかわからないキャラクター」に「切り返しの巧みさ」で肉付けをする。キャラクター性に紐づいた技を扱うことで、「選手同士の世界観のぶつかり合い」としての解像度が増す。ちなみに彼ら以外も令和全日本プロレスの選手のキャラクターが濃いのは「トップが宮原であること」が大きいかもしれません。このあたりの「キャラクターに根ざしたプロレス」は武藤全日本の色でもありますね。
※ちなみにぼくはそうした世界観プロレスのカウンターカルチャーなのが諏訪魔であり野村直矢だと思います。「世界観プロレスとは異なるアプローチ→純然たる力のプロレス」の諏訪魔だからこそ宮原のV11を止めることが出来たのでしょう。
令和全日本プロレスの種まきは秋山準と青木篤志によってなされました。宮原という「余所者」「馬鹿者」「若者」を中心に据えて。世界観プロレスというG馬場や四天王時代と異なるテーマを作り。一方でテーマ性を具現化するためのツール(試合であり基礎技術)は過去からしっかりと伝承した。もちろん秋山と青木の目指した世界が今の全日本プロレスであるかはわかりません。おそらく今とは少し異なる形でしょう。
しかし彼らがゼロから育て上げた青柳と。その青柳が育成に手を貸した安齋による三冠戦が。過去と現在を繋げて「令和全日本プロレスの試合」を作り上げた。オールドファンからも新規のファンからも「全日本プロレスらしい試合」だったと絶賛された。それもまた事実です。
またこの試合の勝者である青柳が「キングである宮原」と9.1福岡で対戦するという図式もまた趣きがあります。青柳は自身の白星では消せなかった宮原の世界観を今度こそ超えられるか!それを果たしてこそ令和全日本プロレスは次の段階へ移行するかもしれません。
そして令和全日本プロレスが完成したか否か?それを見定めるべき資格を持つ選手がいますね。彼にはぜひ大晦日で青柳との直接対決を通して。ファンの前で判断してもらいたいです!