2021年のプロレスリングノア 緑の章3「丸藤正道から中嶋勝彦へ〜時代を継ぐ者」
6月に武藤敬司から勝利を収めた丸藤正道。彼の持つGHCヘビーのベルトへ真っ先に名乗りを挙げたのが盟友とも言える杉浦貴だ。丸藤とともにノアの厳しい時代を支えた杉浦。GHCヘビーの最多防衛記録を持つ「ミスターGHCヘビー」とも言える選手である。丸藤への挑戦を宣言した時、杉浦ははもう一つのGHCである、GHCナショナルのベルトをその腰に巻いていた。しかし彼は二冠戦ではなくあくまでもGHCヘビーへの挑戦という形を目指した。それは単純にGHCヘビーのベルトを欲するというだけでなく、ノアの頂点にいる丸藤正道と戦いたいという欲求からだったのかもしれない。
7月の仙台で行われた丸藤杉浦戦はこれまでの彼らの戦いをアップデートする内容だった。お互い年齢を重ね、ともすればできた技ができなくなる。コンディションが落ちる。そういった心配を蹴散らすほどの試合である。ハードな打撃や読み合い。五輪予選スラムや雪崩式不知火。それでも決着はつかず、そのうえで丸藤はとっておきであるポールシフトエメラルド・フロウジョンで杉浦をマットに沈めた。
次なる丸藤の相手は桜庭和志。MMAのレジェンドでありノアにも数年前から定期参戦を果たしている。ベルト戦線においても拳王と杉浦にそれぞれGHCナショナルの挑戦者として戦いを挑んでいる。ノア参戦以降従来のグラウンドテクニックをプロレスにうまく活かし、プロレスを楽しんでいるのが今の桜庭だ。
戦いの舞台は8月の広島大会。丸藤は桜庭のグラウンドテクニックに苦しみながらも、その土俵から逃げずに立ち向かった。相手の攻撃を正面から耐えての反撃。そしてその切り札がエメラルド・フロウジョンとワンツーエルボーからのローリングエルボー。広島という地が否が応でもあの選手の姿を想像とさせる。もちろんノスタルジーだけでなく、最後は虎王・零を叩き込み桜庭から3カウントを奪った。
この戦いの後に丸藤は意外な言葉を発した。「N-1には出ない」「N-1優勝者とGHCヘビーの防衛戦を行う」。N-1はノアのシングル最強決定リーグ戦。過去にも19年の清宮海斗のように王者がリーグ戦に参加しないケースはあった。もちろん理屈としては「最強たるGHCヘビー級王者はリーグ戦に絡む必要は無い」とも言える。しかしそれだけに「N−1優勝者との防衛戦の質」への要求は高くなる。
N-1を制したのは中嶋勝彦。一度はGHCヘビーのベルトに戴冠しながらも、時代を動かすには至らなかった中嶋。その原因の一つに「丸藤戦がなかったこと」。それは間違いなく影響している。新しいノアを創る。そのためには象徴である丸藤と杉浦を超えねばならない。つまり王者でありながら丸藤達が格上であったことも否定できない。しかし今回は過去とは異なる。N−1優勝者として。またこの数年で確かな成長を積み上げ、中嶋は決して丸藤の格下には収まっていない。丸藤と同じ目線で中嶋は雌雄を決することとなった。
N-1不参加の丸藤はその期間を活かし、抜群のコンディションを保って登場した。スピードやキレはまさに20代後半とも引けをとらない状態からの多彩な技。そこにベテランらしい徹底した腕攻めといった形で、過去と現在を融合させたスタイルで中嶋を攻撃する。しかしその丸藤の攻めを中嶋は耐え抜く。丸藤の虎王・零をキャッチするとそこからのダイヤモンドボムを敢行。更に得意のハイキックを炸裂させ、ヴァーティカルスパイクでついに丸藤から勝利を掴み取る。
リング上で名乗りを挙げた弾丸戦士の挑戦を受諾した中嶋が発した言葉。それは「時代が動くぞ」「俺がノアだ」。単純な世代闘争だけを求めた言葉ではない。王者である自分が時代、つまり過去を塗り替えて自分の色に染め上げる。中嶋の言葉からはそんな決意を感じ取ることができる。奇しくも丸藤の重ねた防衛戦は「杉浦戦というノアの過去の集大成」。そして「偉大なるレジェンド桜庭との戦い」。ある種の時代を総括した戦いであった。その丸藤から時代を受け継ぎ、王者中嶋としての時代を創る。中嶋が創る時代の先は?そして中嶋が目指す景色とは一体どのようなものなのだろうか…