2021年のプロレスリングノア 真紅の章2「藤田和之から杉浦貴へ〜戦いを護る者」
2021年3月に拳王からGHCナショナル王座を奪取した藤田和之。誕生してまだ日が浅いこのベルトが、初めてプロレスリングノアから流出したことになった。藤田和之がノアのシングル王座に輝く。GHCヘビーではないにせよ、それは00年代のプロレスを見ていたファンの感覚からすれば「想像のできない状態」である。藤田はMMA実績や猪木の薫陶といった要素から、いわゆる「純プロレスの団体」というイメージのあるノアに合わないのでは?そんな感想もあった。しかし2019年の参戦以降、若手相手にはパワーあふれるガイジンレスラー的な壁として。トップレスラーとは正面からのぶつかり合いを果たし。また潮崎豪との視刺戦のようなある種の問題作もあり。様々な選手と戦うことで藤田の色とノアの色が混ざり合ってきた。
その藤田の前に立ちはだかったのは杉浦貴。長らくノアの強さの象徴として君臨したGHCナショナルの初代王者。杉浦は藤田と杉浦軍の同志として共に戦ってはいたが、藤田の見せた純粋な強さに導かれるかの如く、次期挑戦者として名乗りを挙げた。
興味深いのは調印式での藤田の言葉。「因縁なんてねえよ」「純粋に戦うだけだ」。プロレスにおいて、遺恨や因縁といったサイドストーリーは重要だ。突き詰めて言えば「なぜ戦うのか?」という理由をわかりやすく伝えることで、新たなファンが試合に興味を持つこともある。だが藤田と杉浦の間にはそうしたストーリーはない。「目の前に強い奴がいる」「でも俺はあいつに負けない」「だから戦ってどっちが強いか決めよう」。至極原始的な、しかし視点を変えれば戦士の本能に忠実だったとも言えるのがこの試合だ。
試合自体も空中殺法や多彩な技で観客を魅了する試合ではなかった。レスリングの差し合いやスープレックス。打撃の応酬。戦う理由が原始的ならば、それを示すための攻撃手段もシンプルに。しかし一つ一つの技は、俗に言う繋の技ではない。特に試合終盤の両者の張り手の応酬は、「張り手」という誰でもできる技を必殺技まで昇華させたかのような重い一撃であった。シンプルな技に重みがある両者だからこそ、プロレスの持つ「戦い」という要素が観客にはっきりと伝わったといえる。結果的に藤田は杉浦の五輪予選スラムに沈んだが、この試合は藤田のノアでのベストバウトと言うべき内容だった。
プロレスがエンターテイメントの一種だとしても。そこは他のジャンルとの差別化する要素が必要である。プロレスが比類なきジャンルと言われるのはそこに戦いがあるからだ。プロレスが持つ戦いという側面を護り伝える。その役目をこの試合が果たしたといえるだろう。
そして強さや戦いの色を持つベルトの挑戦者に。新たな戦士が名乗りを挙げた。
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