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高卒で入社した会社を辞めるRTA②

「どうして褒゜めさんが週4で荷物の仕分けしてるんだろうね」


久々に会った同期くんが仕分けを手伝いながら聞いてきた。
私が分からないけど、上の指示だからなあと返すと、他のショールームの子とかは交互に担当してるって営業のやつらに聞いたけど、これじゃあ褒゜めさんの負担すごいよね。と言われた。
どうして私ばかりに負担がきているのか、どうして自分がいじめられているのか。そんなこと、私がいちばん知りたかった。


電話業務が増えて一週間、一日50本のノルマは達成するごとに増えていき今では一日90本の電話に出なければならなかった。
外線を取り、保留にして他の人に繋げる間にまた別の外線を取った。それでも鳴りやまない電話のおかげでノルマを達成することができた。
3階で荷物を仕分け中に電話が鳴ればポケットの子機で出て、館内放送で担当者に繋いだ。ほぼ脳死状態で電話に出ていた。


納品書入力も仕分け作業も続けてこなしているとある程度分かるようになってきた。
それでも何かと理由を作られては毎朝謝罪した。昨日は電話を68本しか出られず、70本のノルマを達成できませんでしたと謝罪をした翌日、同期ちゃんが20本の電話ノルマを達成できないのは私が電話を取るからとたぬきに怒られ、そのことも謝罪した。その謝罪が、同期ちゃんに対するマウントであると責められて翌々日に謝罪をした。


こんな状況でも救いだったのは、3階で仕分け作業をしているといろんな営業さんに声を掛けてもらえることだった。同期くんのように仕分けを手伝ってくれる人もいて、話している間に仲良くなった。
それでも話してくれるのは3階にいる時だけで、2階のオフィスでたぬきやきつねたちがいるときはみんな目も合わなかった。
事務員さんに逆らうと仕事してもらえないからごめんねと3階で謝られた。それでも唯一話が出来るその時間がすきだった。


初任給が出ると、両親を食事へ誘った。両親はとても喜んでくれたけど、私は味のしない料理を食べていた。食事の終わりごろ、母親から「辛いんだよね」と切り出された。
こうしてくれるのは嬉しいけど、褒゜めが辛かったら仕事を辞めて良い、仕事なんていくらでも探せる。少し休んで、元気になって働けると思えたら、また働き口を探しても良い。と何度も言ってくれた。
父親も、まだ若いんだからいくらでもやり直せると言い続けてくれた。

それでも辞める勇気がなかった。

一緒に卒業して就職した友達たちも会社の洗礼を受けているのを知っていたし、自分が辞めることで母校に求人がいかなくなることも怖かった。
就職氷河期と言われた当時、高卒で雇ってくれる会社はかなり貴重で、自分の行動で後輩たちの就職先が減るのが怖かった。


初任給では両親への食事と、きつねグループ各一人一人にお菓子の詰め合わせを買った。
両親への食事は自分の意思だったが、きつねグループへの詰め合わせはほぼ強制だった。初めての給料日にきつねたちに呼び出され、日頃お世話してる私たちになにかお礼の品があってもいいんじゃない?と詰められた。
褒゜めさんはまるで仕事が出来ない、会社の役に立っていない。そんな褒゜めさんを見捨てないであげてるのは私たちだよ。私たちに見捨てられたら本当に終わりだからね、何か見返りがあってもおかしくないよね?と散々言われた。
もうすでにまともに考える力のなかった私は指定されたお菓子の詰め合わせを買い、それぞれに贈った。


日に日に増える電話のノルマは最大で一日120本にもなった。とにかくがむしゃらに電話に出た。


仲良くなった営業の人に、SさんとMさんという人がいた。彼らは30代前半で、私と同じ高卒だった。
「俺たちも高卒で入社したては辛かったけど、仕事さえ覚えちゃえば楽になるよ、今ではこの仕事気に入ってるし」とよく倉庫で話した。
この二人はたまにオフィスでも話しかけてくれて、それがとても嬉しかった。


入社して一ヵ月半ごろ、いつものようにお昼休みに他の女性社員のお弁当を温め、食堂に配膳していたときにMさんが「俺のお弁当も温めて~」と近寄ってきた。
そのお弁当の中身を見た時に、なんだかどこかで見たような既視感があった。私はいつもこのお弁当を見ている、それどころかついさっきこのお弁当を見たような気がする‥。



きつね②「え~!Mさん今日はお弁当なんですか~?まさかきつねさんの手作りお弁当!!?」

Mさん「そうだよ~」

きつね③「いつ式でしだった?」

きつね「今年の秋だよ~」


直後、全身から汗が噴き出した。仲良くしてくれていたMさんときつねが婚約関係にあった。全身かみなりで打たれたような痛みが走り、温め終わったMさんのお弁当を食堂に置いていつものように階段下の掃除道具が置いてある場所へ行こうとした。とにかくこの場を離れたかった。


Mさん「褒゜めちゃんどこ行くの?女の子って一緒に食べるんでしょ?」


手が震えた。とにかくすぐにこの場を離れたかったが、視線に気が付いてそちらの方向をみた。Mさんの後ろに立つきつねたちが私のことを見ていた。
きつねはニコリと笑って、「いつもみたいに一緒に食べようよ」と私を誘った。他のきつねたちもそれに同意した。


食事中にMさんは私にたくさん話を振ってくれた。新入社員の私が馴染めるよう気を遣ってくれたのだろう。


Mさん「俺、褒゜めちゃん頑張ってるよねって結構家でも話すよね~」

きつね「本当によく褒めるよね」

Mさん「そう、頑張ってほしくて。きつねも高卒で入社してきたときのこと思い出したよ~、もう10年目だもんね」

きつね②「そっか、Mさんはきつねさんの4年先輩ですっけ。それで結婚って運命的ですよね~!」

Mさん「結婚して子供が出来たらきつねは育休とか入るだろうし、きつね②ちゃんにもきつね③ちゃんにも頑張ってもらって!褒゜めちゃんにも頑張ってもらって!いい子たちが入ってよかったね、きつね」


そう話しかけるMさんの横に座るきつねの方を見ると、私を睨んでいる目と視線があった。
この時、全てに納得がいった。


始めはただ研修一位の女が気に入らずいじめていたのかもしれない。でも途中からMさんの婚約者として私のことが気に入らなかったんだ。
婚約相手が新入社員を褒めるのが、気に入らなかったのかもしれない。


いじめが激化したのは荷物の仕分け業務が始まってすぐのことだった。その仕分け業務の中で私はSさんとMさんに助けられ仲良くなった。
Mさんが私のことを家できつねに褒めていたとして、激化したタイミングとあまりにも一致する。
私の救いだったMさんの存在が、Mさんの親切心としての心遣いが、私がいじめられる原因となっていた。


翌日、いつも通り朝7時に出社して掃除をしているとたぬきがきた。
本当に朝早く来て掃除しているんだ、偉いねと言いながらたぬきが近寄ってきてモップを持ったまま固まった。たぬきと話していることがバレればきつねから怒鳴られる。
もう精神的に限界だった。ただでさえ、昨日のMさんときつねのことで頭がおかしくなりそうなのに今から何を言われるんだろう。


「褒゜めさんがいじめられてるの、助けてあげてもいいんだけどさ。私きつね嫌いだし」


思わぬ言葉にたぬきの方を見た。たぬきが私を手招く。近くに寄ると、手を握られた。私よりかなり小柄な彼女が私の顔を覗き込んだ。


「褒゜めさんって今までいじめられたことないでしょう?」


え?と顔を上げるとたぬきは微笑んだまま発言を続けた。

明るいもんね。今までいじめる側だった人間の顔してるもんね、学生時代にいじめられることなんてなかったでしょう?どう?社会に出ていじめられるのは。あなたにいじめられてきた子はもっともっと辛い思いをしただろうね。
だから、助けてあげないよ。せいぜい苦しんでね。


握られた手を振りほどかれたぬきはオフィスを出て行った。
モップが床に落ちて立ち尽くした。言われたことを理解するのに時間が掛かった。


保身ではないが、今までいじめをしてきた側に立ったことはないと思っている。中学生時代ではいじめられたことはあった。高校生活でも友達とけんかをしたりをしたが、それがいじめに繋がることはなかった。
明るいからという理由でいじめ加害者に仕立て上げられ、せいぜい苦しめと言われたのだ。
何度頭の中で考えても理解が出来なかった。


一ヶ月半続いたストレスと、この二日で起きた事象に限界がきたのか、仕事中に涙が止まらなくなった。
この日を境に、何をしていても涙が勝手に溢れた。会社でなんか泣きたくなかったのに、それでも溢れてきた。


休みの日に美容院に行くと驚かれた。入社前に切ってから一ヶ月半、私は髪の毛がまったく伸びていない状態だった。
美容師から、体に栄養がいきわたってないから髪が伸びないんじゃないかな、多分爪とかも伸びてないよ。髪や爪は余った栄養で成長するから栄養がいく順番が遅いんだよね。だから栄養がいきわたってないと伸びないよ。と言われてから、そういうばしばらく爪を切っていないと気が付いた。


覚えたはずの仕事でミスが続いた。頭がまったく働かなくて、同じミスを繰り返した。涙が溢れ、手が震えた。涙を強引にぬぐい、荷物の仕分けをして電話にもでつづけた。
仕事をこなしても同じ様なミスを繰り返した。涙を流しながら働く私を女性社員たちは「障害者」と呼んだ。


仕事が出来ない障害者

仕事を覚えられない障害者

突然泣く障害者

社会のゴミ

会社の役立たず


毎日まいにち「あなたは障害者なんだよ」と説得のようなものをされた。
「はい、私は障害者です」と言えないと更に怒られた。


入社してニケ月目。私は初めて会社を休んだ。

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