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チンピラの男登場 〖BEFORE 木曜会 #2〗

久しぶりにハイタッチの男(後の冷泉)が来ていた。彼は友人だという自称チンピラの男性を連れてハイボールを飲んでいる。チンピラの男の左腕には、エルンスト・チェ・ゲバラの見事なタトゥーが入っていた。もし話題がゲバラになれば、きっとヒゲの総帥と朝まで何時間も語り合ってしまうだろうと思い、お互いにゲバラの話題は控えた。

その二人と一緒にいたのが、どういうわけかフレイムハウスに迷い込んだ写真家の女だった。最初はハイタッチの男の席で談笑していたので、彼の友人かと思いきや、この店で初対面だという。

ハイタッチの男がヒゲの男に紹介してくれる。

「総帥、この女性、今出会ったのですが、星を撮影するのが仕事だそうですよ」(冷泉)

「えっ!そうなんですか?実は僕も星が好きなんです。明日の流星群は撮影に行かれるんですか?」(ヒゲ)

写真家の女はニッコリ笑いながら、「ええ、吉野方面に行く予定です」と答えた。

するとチンピラの男が口を開く。

「星を見て喜ぶ奴の気が知れない。そこに何があるのか?セクシャリティを感じているんじゃないのか?」

「そこにセクシャリティがあるのかないのか、その言葉が何を内包しているかによりますね」(ヒゲ)

「つまり?」とチンピラの男が言う。

「はい、つまり、セクシャリティが単純にセックスだけを意味するのであれば、それはNOですが、その中にエレガントさやノスタルジー、好奇心といった要素が含まれるなら、YESです。」

「なるほど」とチンピラの男はうなずき、さらに言葉と酒を注ぎ足す。

「兄さん(ヒゲの男のこと)と姉さん(写真家の女)は星を見に吉野へ行くという。オレは星はよくわからんが、吉野に行くのは共感できる」(チンピラ)

ハイタッチの男は電子タバコを吸いながら、ニコニコとみんなの会話を聞いている。

チンピラの男が続ける。「以前、『萌の朱雀』という映画を見たとき、その舞台が吉野だった。そこに描かれる吉野の風景に魅せられた。点というか線というか、そういった美しさを感じた。吉野ではありふれた風景でも、カメラの視点で巧みに切り取られていた。そのカメラワークはすごかった」

ヒゲの総帥は笑いながら共感する。「チンピラが見る映画にしては、意外と文化的ですね。普通なら『ワイルドスピード』とか『ミナミの帝王』とかじゃないですか?」

チンピラの男も笑いながら言う。「その映画を見て、俺もカメラを持って吉野に入ったよ。あまり撮りすぎるのも野暮だと思って9枚だけ撮ったけど、結果は残念だった」

その話を聞いてヒゲは言う。「いい映画って、フラクタルなんですよね」

即座にチンピラの男が応じる。「そう!それだ。フラクタル。マクロとミクロ、ミクロとマクロ。そのどちらにも通じる全体の流れを捉えきれなかったんだ。」

写真家の女と星師匠も時折会話に加わり、それぞれの持論を述べる。

その夜、ヒゲの総帥たちは星を見る理由について延々と語り合った。その会話は、自分の心の中の階段を下りていくような、愉快で深い経験だった。

最後にチンピラの男が僕に言う。「兄さん、いいメガネしてるね。モスコットのレミトッシュ?」

「正解です」とヒゲが伝えると、彼は自分のカバンからメガネを取り出す。それもまた素晴らしいメガネだった。

「俺はヘミングウェイが大好きでね、このメガネも彼に合わせてるんだ」(チンピラ)

ヒゲは笑って応じる。「やっぱり、ライオンになった夢を見ながら死にたいんですか?」

二人の間に『老人と海』の一節が浮かび、お互いにニヤリとする。

そのまま酔っ払い連中は、それぞれのメガネを交換してはかけ、かけては外す。結論として、やはりメガネは持ち主以上に似合う人はいない、という当たり前のことを再確認する。酔っ払いのすることはよくわからない。

どういう経緯か、万作とチンピラの男が腕相撲をすることになった。右腕は万作の勝利、左腕はチンピラの男の勝利。

その夜は深夜に散会となった。ヒゲと星師匠と写真家の女は星を見る準備をし、チンピラの男は翌朝の8時25分に出勤するため、ハイタッチの男は出張のため、万作は明日の営業のため、それぞれが寝床に戻った。

翌朝、ヒゲの男のヤフーメールにチンピラの男から連絡があった。

「メガネが無くなった」とのこと。ライオンに食われたのかもしれない。

アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)
アメリカの小説家、詩人

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